第6話:黎明
狭間が崩壊した後、草薙は布団の中で目を覚ます。あの世界がどういう原理で出来ているのかわからないが、しっかりと体は疲労して痛みも残っている。ただ傷自体は消えていて、吐血しているわけでもなかった。
「身体中痛い....それに、今は夕方?」
草薙は布団の中から近くの目覚まし時計を見ると、時刻は既に6時を回っていた。どうやら狭間での時間経過は現実と大差無いらしい。
「こんな状態じゃ買い出し行けないし、今日の夕飯は手抜きにするね......」
傷がなくても痛みは絶えず続いている。流石に買い出しに行くほどの余裕は無いらしい。
「(......まぁ仕方ないか。俺は気分が良いからな、許してやる)」
「なんでそっちが上から目線なんだ.....」
草薙はため息を吐きつつ、自身の体の魔力を操作する。すると狭間の時と同様、しっかりと一箇所に集めることができた。
「(今日の残りの時間は魔力操作に集中するんだな。それならボロボロの体でも可能だ)」
レギュに言われた通り、草薙は布団で横になりながら魔力を一箇所に全部集めたり、足と腕に半分ずつの割合で集めたりと、色々試行錯誤を繰り返した。
「それにしても、魔力操作にこんな使い方があったなんて驚いたよ。魔力操作って魔力消費量を極力抑えるための技術って感じだったし、目に魔力を宿すのは当たり前だったけど、他の部位に魔力を宿すなんて聞いたことないし、不可能だと思ってた」
草薙は魔力操作を行いながらレギュに話しかける。本当に思い込みと言うのは恐ろしい、本来ならできるような可能性も全て閉ざされてしまうのだから。
「(この世にある不可能って言葉は、固定概念に縛られた凡人が言い訳の為に口にするものだ。草薙は頭が良い、だからこそ.....固定概念なんかに縛られるのは勿体無い)」
草薙はそれを聞いてなんとも言えない幸福感に満たされる。ただ、レギュの声から段々といつもの覇気が無くなっていく。次第に声色は柔らかくなり、今にも眠りそうな程に言葉が途切れ始める。
「(ただまぁ......流石に体力を使い....すぎたな。これから明日の....特別訓練の内容を....話す)」
今度はどれだけ難しい訓練が来るのだろうか?そしてそれを乗り越えることで、自分はどんな成長を遂げるのだろうか?訓練への恐怖と自分への期待で胸を満たしながら、草薙はレギュの声に集中する。
「(明日学校に行け、そして俺が起きる前に.....ケリをつけろ.....)」
その言葉を最後に、レギュの声は完全に途切れた。草薙は特別訓練内容をしかと理解し、明日のために魔力操作の上達に集中する。
「(正直に言って....少し怖い気持ちはある。だけど.....それでも)」
「俺は、乗り越える覚悟をしたんだ」
勝てるかどうかはわからない。それでも草薙は、自分に期待してくれるレギュを信じることにした。そうして草薙蓮華は、ついに決着を付けるため動き出す。
〜次の日〜
その日はいつもより静かだった。レギュが完全に眠っていると言うのもあるのだろう。だがそれ以上に、草薙自身が一言も発さず淡々と朝食の準備をしてるのが大きいだろう。学校の制服に袖を通し、学校へ登校すると言う旨を伝える電話を行う。
「ふぅ......」
そこでようやく音を漏らす。草薙は胸に手を当てゆっくりと深呼吸を行う。もう覚悟は決めた。あとは進むだけだ。
「(行ってきます。母さん)」
そうして草薙は玄関の扉を開け、その足で学校へと向かって行った。歩き慣れたはずの通学路が、今や久しぶりに感じてしまう。
「.........何日振りかな?ここに来るの」
ついに草薙は校門を潜り、学校へと足を踏み入れた。良くも悪くも草薙はこの学校で有名人だった。何人かの生徒達が草薙の存在に気づき、小さな声で口々に同情や憶測を吐き散らす。
「(とりあえず、まずは職員室に行かないと......)」
草薙は吐き出された言葉を気にも留める事なく、一直線に職員室へと向かって行った。職員室に入り担任だった先生と少し話すと、ホームルーム時に草薙の無事を祝うことになった。草薙自身もいきなり教室に入ると面倒だと考えていたため、その提案を承諾した。
〜ホームルーム〜
「よし、今日の連絡は以上だ。ただ最後に皆へ報告したいことがある」
担任は必要事項を話し終えた後、改めてクラス全員の注目を集める。
「ついに草薙が無事学校へ通学できるようになった。皆、草薙の無事を祝ってやってくれ」
担任が話し終えた瞬間、草薙は扉を開けて教室内に入る。クラス全員の視線が一気に草薙に集まるが、今の草薙はその程度で狼狽える精神性じゃない。そのまま担任の横まで歩いて行き、クラスメイト達へと向き直る。
「久しぶりだね。皆」
草薙はなるべく優しい笑顔を向けてクラスメイト達へ言い放つ。だが流石にクラスメイトも気まずかったのだろう。草薙の言葉に何か返せるわけもなく、誰かが始めた拍手に便乗して教室全体が拍手に包まれる。
「草薙、久しぶりだなぁ......」
そんな中、1人の男子生徒が草薙に向かって馬鹿にするような笑みを浮かべる。案の定と言うべきか、その男子生徒は草薙をいじめていた張本人だ。男子生徒の言葉によって両者の視線が交錯する。本来ならここで草薙は子鹿のように震え出し、無理やり笑みを浮かべ返事をするのだろう。だが、今の草薙は.......。
「久しぶりだね。濡れた制服は大丈夫だった?」
草薙は男子生徒に見下したような笑みを浮かべ言葉を返した。流石にその返しは男子生徒にとって予想外であり許せるものではなかったのだろう。即座に席から立ち上がり草薙の元へと歩いていく。クラスメイトも、担任すらそれを止めることができない。だがそれを草薙はとうに理解している。初めから期待などしていない。
「おいおい、ちょっと見ない間に自分の立場を忘れたのか?サンドバッグ」
男子生徒は草薙の目の前に立ち肩を掴んで言葉を紡ぐ。次第に肩を掴んでいる手に力が入り、確実に痛めつけようとしていることがわかる。だが草薙はすでに魔力を肩に集中させ防御をとっている。男子生徒の握力は確かに強いが、生身の人間程度の握力では痛くも痒くもない。
「(すごい......ここまで軽減できるものなんだ.....)」
草薙は魔力操作の恩恵に驚きつつ、痛がる素振りも見せず言葉をしっかりと返していく。
「そんなサンドバッグに負けた君は、何になるのかな?」
その言葉にクラス全体が震える。まるで別人だ。クラスメイトにとって草薙蓮華とは落ちこぼれであり、いつもいじめられていた可哀想な人間。言い返す度胸も実力もない。真の意味で無害な人間。そういう認識だった。だからこそ、そのギャップは凄まじいものとなる。
「んだと.....テメェ.....」
草薙の返答を聞いた男子生徒は青筋を立てながら自らの手に炎を集約させていく。一触即発の空気がクラス内を支配したその瞬間、朝のホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「........まぁいい。放課後校庭で待ってろ。俺の手で直々に処刑してやる」
チャイムを聞いて一度冷静になったのだろう。男子生徒は炎を引っ込めて草薙から離れて行った。草薙も男子生徒の提案を承諾し、自分の席へと着席した。
「(ふぅ......)」
草薙は内心でホッと息を吐く。もちろん男子生徒への未だ消えない恐怖心の影響もあるが、一番は決着を学校の校庭でつけられることに対する喜びだった。学校の校庭というのは嫌でも目立つことに加え、野次馬がその光景を視認しやすい。言わば放課後の校庭はコロシアムにも似た状態となるのだ。そんな中で男子生徒に勝利を収めることができれば、言い訳も何もすることができず、完膚なきまでに相手のプライドをズタズタにすることができる。
「(殺す気はないよ。ただ落ちこぼれに負けた烙印を、一生背負って生きてもらう)」
草薙は本来優しい人間だ。優しくあれと親に育てられ、それを守って生きてきたが故に。だがそんな草薙でさえ、あれだけのことをされればドス黒い何かは生まれる。今まで溜め続けていた憎悪が、ゆっくりと心の穴から溢れ出す。男子生徒はついに、草薙蓮華の開けてはいけない部分を開けてしまったのだ。
〜放課後〜
放課後が訪れるまでの授業時間。それは驚くほど快適に進行した。特段男子生徒からの嫌がらせがあるわけじゃなく、まさに普通の学校生活を一瞬だけ経験した。だが刻一刻と時間は迫り、ついに帰りのホームルームが終わり放課後となった。
「逃げねぇよな?草薙」
学校の生徒達がチャイムと同時に学校から去っていく中、男子生徒は草薙を連れて校庭へと向かっていく。クラスメイトの何人かは野次馬として残り、学校の教師達や他クラスの物好きも2人のことを窓から見る。
「さて、今土下座して謝るなら半殺しで済ましてやるが?」
校庭の中心地で2人は向き合い、両手に炎を集約させた男が草薙へと言い放つ。それに対し草薙はゆっくりと口を開き、地を這うような低い声で男子生徒に問う。
「俺の母さんを殺したのは、お前か?」
ここは校庭の中心地、会話内容はどう頑張っても周りの人間に聞こえない。それを理解した男は口角を吊り上げ、醜悪な顔で返答する。
「そうだぜ。まさか気づいてなかったのか?俺に逆らったんだ。当然の報復だろ?あぁそういえば最後に言ってたぞ。「蓮華には手を出さないで」って、泣きながらなぁ」
男子生徒は腹の底から笑い声を上げる。それがどうしようもなく気持ち悪くて、許せなくて、草薙から紛れもない殺気が溢れる。
「っ.....」
普通に生きてきて殺気なんてものを経験する人間は少なく、それは男子生徒も例外ではない。男子生徒がそれを殺気だと認識することはないが、異様とも言える圧力を草薙から感じる。
「もういい。御託は聞き飽きた。さっさと来い」
草薙は挑発するように人差し指を動かす。それを見た男子生徒は声を張り上げ、手に集約させていた炎を球体にして草薙へと投擲する。
「望み通り!さっさと殺してやるよ!!」
何十という数の炎の球体が草薙へと迫る。もはや男子生徒に手加減はなく、全力で草薙を殺そうとしているのがわかる。それほどまでに、プライドを傷つけられたのだろう。
「なんだ......燃えてるだけのボールだと思えば簡単じゃん」
それに対し、草薙は笑みを浮かべたまま全ての炎を回避していく。足に魔力を少しだけ宿し敏捷性を向上させ、目にも魔力を宿し動体視力を向上させる。さらに草薙はレギュの人外とも言える速度を一度目にしているのだ。この全ての要素が合わさった結果、草薙はその炎がとても遅く感じていた。
「(なんだこいつ.....動きが全然ちげぇ.....)」
ご自慢の能力が落ちこぼれだと蔑んでいた男に容易く対処される。それは男子生徒を恐怖させるのには十分すぎる事実だった。
「そろそろ、こっちから行こうかな」
草薙は男子生徒が放った全ての炎を回避した後、足に全魔力を宿し一直線に男子生徒との距離を詰める。レギュほど規格外の速度にはならなかったが、男子生徒の反応速度を凌駕するには十分な速度だった。簡単に間合い内まで接近した草薙は、勢いを殺すことなく全力の蹴りを男子生徒の鳩尾へ直撃させた。
「ガハッ!?」
その蹴りをモロに喰らった男子生徒は3mほど吹き飛び、地面を転がることとなった。男性生徒は臓器が痙攣しているせいか息が上手くできない。必死に呼吸を行いながらも、草薙のことを恐怖と絶望に歪んだ顔で見上げる。
「.........」
既に蹲る男子生徒の目の前まで移動していた草薙は、なんの感情も感じさせない冷淡な目で男子生徒を見下ろす。その光景に周りの野次馬達が絶句する。間違いない、誰がどう見ても、男子生徒が草薙蓮華に負けている。
「お前は.....」
男子生徒が体を震わせながら声を絞り出す。人は未知のものを本能的に恐れる。男子生徒にとって、今の草薙蓮華はまさに未知そのものだった。
「ハッピーバースデー、落ちこぼれ」
それを聞いた瞬間、男子生徒の中で何かがヒビ割れて砕け散る。今まで格下だと見下してきた存在に圧倒され、最強だと思っていた能力も簡単に突破され、男子生徒のプライドは、綺麗さっぱり崩れ去った。
「(終わったよ、母さん。やり遂げたよ、レギュ)」
草薙は蹲り放心状態となった男子生徒を置いて自分の荷物を持つ。そうして野次馬達の歓喜を背に、草薙は達成感に包まれ学校を去った。草薙はついに復讐を終え、新たな人生を歩き始める。
暗闇に差し込んだ黎明は、何よりも強く草薙蓮華を照らしていた。
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