第5話:イレギュラー

黒妖の訪問を乗り切った草薙は、今日の分の特別訓練を行うために軽い準備運動を行なっていた。草薙の能力によって筋肉痛も何もない、まさに万全の状態だ。


「(準備運動してるところ悪いが、今からお前には眠って貰うぞ)」


草薙はレギュの言葉を聞いてその場で固まる。かれこれ緊張しながら10分ほど体をほぐし、完全なコンディションを引き出せるようにネットで調べながら頑張ったと言うのに、あの時間はなんだったのだろうか?


「(いや、すまない......www。すごく真剣だったから、止めるのも悪いと思ってなwww)」


「よし、明日のメニューはピーマンの炒め物にするか」


「(やめろッ!!)」


レギュは全力で声を張り上げる。どうやらレギュはピーマンが大の苦手らしい。これは雑談時にさらっと言っていたことだ。


「(まぁとにかく、茶番はこれぐらいにしてやるぞ)」


草薙はレギュの言葉を聞き、言われた通り布団を用意し睡眠の体勢に入る。今日は濃い1日だった。ランニング仲間ができたと思ったら特異区間で最高峰の学園の生徒であり、さらにレギュが好きなタイミングで体の主導権を握れることもわかった。そしてレギュが体の主導権を握っている際は完全に意識が途切れることも。そんなことを考えながら、草薙はついに意識を手放した。


〜狭間〜


「........どこだ?ここ」


草薙が次に目を覚ました時、そこは見知らぬ空間だった。前に見た夢のように何かがあるわけでもなく、ただ単に真っ白な空間が広がっている。草薙が困惑しつつ辺りの探索をしようとすると、突如背後から声をかけられる。


「草薙、ようこそ。現実と夢の狭間であるこの世界へ」


聞き覚えのある声だが、それは頭の中から響いたものじゃない。紛れもなく、草薙の背後から放たれている。謎の緊張感を抱きつつ、草薙はゆっくりと後ろを振り返る。


「レギュ.....なのか?」


草薙の目には白い空間内に似つかわしくないほど黒く、派手な装飾の施された玉座のようなものに座るレギュの姿が映っていた。レギュ自身は長く綺麗な白髪を持っていて、瞳は青く輝いている。身長は180cmほどだろうか?玉座に足を組んで座り頬杖をついているため正確な身長はわからない。


「それ以外に誰がいる?と言っても、この姿は初めてだったな。草薙」


草薙は圧倒されていた。その異様なまでの存在感と威圧感によって......。レギュと関わってきて、何気に面倒見が良いところや真摯に自分と向き合ってくれるところに深く感謝していたというのに、そんな意思とは無関係に体が震える。本能が今すぐ逃げろと警告を鳴らす。


「この狭間内なら俺は姿を顕現させることができる。まぁ精神世界みたいなものだからな。今日の訓練はここで行う。わかったな?」


レギュは玉座から降りて草薙の元へと一歩ずつ歩いていく。草薙はその場から動けない。声を出すことも、息を吸うことさえも上手くできない。


「おいおい、返事がないな」


その瞬間だった。草薙の目の前まで接近していたレギュが、拳を振りかぶり一直線に顔面目掛けて振り下ろした。


「ッ!?」


草薙は命の危機を感じ反射的に後ろに転がり回避する。すぐに立ち上がりレギュを見つめた草薙はその事実を受け止める。今あの攻撃を喰らっていたら、確実に死んでいた。心臓がうるさい、過呼吸が治らない。いじめられていた時など比にならない。正真正銘、死への恐怖心。


「訓練内容は簡単だ。俺の全力の一撃を耐える、ただそれだけだ」


レギュは草薙を見つめ楽しそうに言い放つ。その不可能とも思える特別訓練内容を。草薙は息を飲む。できるわけがないと逃げ出したくなる。だけど、できるわけがない。人を殺してしまった時点で、もう楽な道なんて許されていない。強くなるんだ、誰にも負けないほどに。誰にも、奪わせないほどに。


「やってやる......」


草薙は地を踏みしめて立ち上がる。その覚悟と決意を胸に、レギュを力強い目で睨む。それを見たレギュは心底楽しそうに口角を釣り上げ、高らかに両手を広げ宣言する。


「(草薙は死への感覚が壊れていると思ったが、そう言うわけでもないらしいな。善悪の天秤を自らの中に持ち、それを踏まえて殺すことに躊躇がない。と言った感じか.......?面白い、もっと草薙蓮華と言う人間を俺に教えてくれ)」


「世界を滅ぼした極悪人はここに居る!死にたくないなら抗ってみろ!草薙蓮華!」


レギュがその宣言をしたと同時だった。草薙はまず一気にレギュへと向かっていく。もちろんレギュは草薙が間合い内に入った瞬間拳を振り上げ、ゆっくりと草薙へと振り下ろす。その動作は簡単に目で追える程度の速度、だが一切と言って良いほど耐えられる気がしない。


「っ....!」


草薙は後ろに飛びその拳を回避する。息を整え、草薙はとある疑問を解決するべく思考し続ける。そもそもとして、なぜあそこまで遅い拳に生命の危険を感じるのだろう?いくら能力者と言えど肉体は生身の人間だ。遅い拳で人間を殺すことなどできるわけがない。もちろん例外的に能力を使用した場合が存在するが、そうなった場合耐えることはほぼ不可能だ。そんな訓練をレギュが与えるとは思えない。つまるところ、恐らくあの一撃を耐える方法が存在する。


「おい、流石に隙がありすぎだ」


草薙が思考を続けていると、突如としてレギュの方が動き出した。地を蹴り一直線に草薙へ向かっていくのだが、異常なのはその速度だ。目で追うことはほぼ不可能。草薙の目には青い線が走ったようにしか見えない。


「(いくらなんでも速すぎるッ!)」


草薙はその攻撃を避けることができず、全力で腕をクロスして自分の身を守る。そうして数秒もかからぬ内に、クロスガードした腕の上から圧倒的な衝撃が伝わる。完璧に防御した場所に当たったにも関わらず、腕がミシミシと嫌な音を立てて軋み、草薙の体は後方に6,7m吹き飛んでいった。


「はぁ...はぁ...はぁ...はぁ...はぁ」


草薙は追撃を警戒し即座に立ち上がりレギュを探す。だが草薙の予想とは裏腹に、レギュはその場に立ったままニヤニヤと馬鹿にするような笑みを浮かべていた。


「勘だけは良いんだな。尊敬するよ」


完全な挑発を受けた草薙だが、しっかりと呼吸を整え冷静に思考を巡らせる。明らかに今のは生身の人間が出せる速度ではない。となると能力を使った可能性が高いのだが、そうなるとほぼ勝ち目がない気がしてしまう。この疑問を払拭するべく、敢えて草薙は煽るように言葉を返す。


「能力使っておいて随分自慢気だね。それでそこまで調子に乗れるのは俺も尊敬するよ」


草薙の煽りに対し、レギュから帰って来た言葉は想定通りのものだった。


「能力?ハッ、まぁそう思いたいならそうしてろ」


この反応で草薙は確信する。レギュは能力を一切使っていない。そもそもレギュの目的は俺を鍛えること。能力を使って圧倒するのは意味がない。ならばやはり、今の俺の力で訓練を突破する方法があるはずだ。その前提を元に草薙が思考を巡らせていると、とある違和感に気が付く。いや、よくよく考えれば明確におかしい点があった。なぜ自分は、先ほどの一撃を受けて生きている?そしてなぜ、この訓練は終わっていない?


「(訓練の合格条件はレギュの全力の一撃を耐えること。今の一撃を受けても訓練が終わってない時点で、確実に全力のものではなかったと言うこと。ただ、なんで全力で放たなかった?この訓練では、わざわざ時と場合によって全力で打ったり手を抜いたりする意味がない。なら、今の一撃は......)」


「全力を出せなかった?」


それが草薙にとって一番納得できる結論だったが、そのカラクリがわからない。なぜ全力を出せなかった?最初と今の違いはとてつもない速度だったかどうか、まさか足に力を込めたから拳に力を込められなかった?いや、仮にそうだとしてもあそこまで極端に威力が変わるものなのだろうか?草薙は少しでも情報を得ようと、目に魔力を集中させてレギュの魔力を視認する。


「.........ん?」


魔力持ちは目に魔力を一定数集めることで相手の魔力を視認することができる。本来なら魔力と言うのは体を包み込み、炎のように揺れているものなのだ。だが草薙が視認したレギュの魔力は、左手に全て集まっていたのだ。


「どうした?変な声をあげて」


レギュは余裕の笑みを浮かべたまま草薙へと歩いて行き、また間合い内に入った瞬間左拳を振り下ろす。その一撃は最初のものと同様、喰らえば死ぬと感じるものだった。


「(まさか......)」


草薙は自らが立てた仮説を確かなものにするため、その拳を避けた後に全力疾走でレギュから離れる。


「鬼ごっこがご所望か?なら追いかけてやる」


すると案の定、レギュは草薙に追いつくため先ほど同様常人離れした速度で草薙へと接近し、その背中に拳を叩き込んだ。両手をガードに使ってようやく防げるほどの威力なのだ。背中に喰らった草薙は多少吐血しながら吹き飛んでいく。


「(......死んだか?)」


レギュは吹き飛んだ草薙の方向へと歩いていく。今ので終わったかもしれないという失望とほんの少しの期待感を胸に。


「なるほど.....わかったぞ。レギュ!」


草薙はゆっくりとその場で体を起こす。どうやらまだギリギリで動ける状態であり、気合いで体を支え立ち上がった。


「良いぞ。草薙蓮華」


それを見たレギュの口角が吊り上がる。期待通り.....いや、期待以上だ。なぜなら草薙の目にはまだ、希望の炎が絶えず灯っているのだから。


「(間違いない、俺の仮説は恐らく当たってる。)」


草薙は立ち上がりながら情報をまとめる。草薙は今の一撃を受ける直前、目に魔力を宿しレギュの魔力を視認していた。今回レギュは今までのように拳に魔力を纏っていたわけではなく、魔力を足に宿していたのだ。このことから、恐らくレギュは魔力を体内で操作し宿す場所を変更している。拳に宿した場合は全力で一撃を、足に宿した場合は速度特化の一撃を。レギュはその両方を使い分けていたのだ。


「(レギュの攻撃のカラクリはわかったけど、あれを防ぐにはどうすればいいか....)」


草薙は今一度思考する。レギュの全力を生身で受けるのは不可能だ。自身の能力を最大出力にしても回復する前に即死するだけだ。ならばやはり、自身も魔力を操作して防御に利用するしかない。だが草薙はそんなことをした経験が一切ない。そもそも魔力を自身の体に宿し基礎身体能力を超強化するなんて聞いたことがない。


「(魔力を宿す.....でも、そんな方法......)」


そこで草薙は気づく。今自分は目に魔力を宿し、レギュの魔力を視認していると。なぜ今まで気づかなかったのだろう。草薙はすでに、魔力を宿す術を知っている。それがわかれば簡単だ。目に魔力を宿す時の感覚を、今度は腕に応用する。


「ほう?(ようやく気づいたか......)」


レギュは草薙の腕に宿った魔力を視認しながら、自身の左拳に魔力を集め歩み寄っていく。


「さぁ、耐える覚悟はできたか?」


そうして草薙が間合い内に入った瞬間、今まで通り容赦無く左拳を振り下ろす。とてつもない魔力が宿った左腕だ。生身の人間が喰らえば原型すら残さないだろう。


「グゥゥゥゥゥゥ!!」


だが草薙はその全力の一撃を、全魔力を宿した両手のクロスガードで受け止めた。流石に威力を0にするなんてことはできず、筋力も総動員することでなんとか耐える。そうして拳のぶつかった音とは思えない轟音が鳴り響いた後、レギュはゆっくりと口を開く。


「よく耐えたな。ごうかk」


その瞬間だった。草薙は両腕全体に宿していた魔力を拳に移動させ、そのまま渾身の右フックをレギュの顔面へと放つ。


「(こいつは.....本当に.....)」


レギュはそれを回避することなく、草薙の拳はレギュの笑みを浮かべた顔面に直撃する。レギュほどではないが魔力を宿した拳だ。重々しい打撃音が響き渡った後、草薙は言葉を溢す。


「一撃......お返しだ......」


それが限界だったのだろう。草薙はついに意識を失い前のめりに倒れた。レギュはその体が地面に激突する前に支え、満足気な笑みを浮かべた草薙の顔を見て笑う。


「文句なしの満点だ。草薙」


レギュは優しくその体を寝かせ、狭間が崩れ去る光景を見ながら思考を巡らせる。


「(まずは基礎的な身体能力向上のため筋トレを行わせ、持続的に努力するよう前提を作り上げる。次に実戦経験を積ませつつ成功体験を与える。そして最後に魔力の使い方と応用方法を自ら思考し習得させる。これでいい、ようやく基礎の部分は終わりだ)」


レギュは今後の草薙に期待しながら、確信にも似た未来予想を口にする。


「ここから草薙は飛躍的に成長する。そうして最後には......」


そこで、狭間は完全に崩壊した。

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