第4話:成長

「はぁ.....本当に死ぬかと思った.....」


草薙は訓練を無事に終え、自分の部屋へと戻って来ていた。ただ流石に疲労感が限界に達したのか、ベッドへダイブしてから起き上がれなくなる。


「(お疲れ様だ。ちなみに明日も特別訓練があるから、楽しみに待っていてくれ)」


草薙はそれを聞いて身を震わせる。今回だって一歩間違えたら死ぬような状況だったのに、同じようなのが続くかもしれないのだ。恐怖を抱くのは当たり前だと言えるだろう。それでも、草薙は笑顔を作ってみせる。もちろん恐怖はある、だがそれ以上に自分の成長を感じられた。今までの自分ならフード人間に勝つなんて不可能だっただろう。今日草薙は、過去の自分を明確に超えたのだ。


「(良いぞ。成功体験は成長に必要不可欠だ。草薙、それがお前の力だ。お前は今日、大きな一歩を踏み出した。それを過大評価も過小評価もせず、適切に評価しろ)」


レギュの言葉がより草薙の達成感を刺激する。本当にレギュはずるい、人のやる気にさせるのが上手すぎる。


「もちろん、しっかりと評価して頑張るよ」


そうして草薙は強烈な眠気に襲われる。脳内に分泌されていたアドレナリンが沈静化したのだろう。気づけば草薙は意識を手放していた。


〜次の日〜


「1、2、1、2」


起きてすぐにいつもの訓練内容を終わらせた草薙は、朝から外に出てランニングを行っている。これはレギュに言われたわけではない。草薙が自らの意思で起こっている訓練方法だった。


「(朝からレギュの返事がないし、人間と同じでずっと起きてるわけじゃないのかな?まぁ、とりあえず暇だし少しでも体力作りしないと)」


草薙はランニングをしながら、昨日のフード人間との戦闘を思い返し思考を巡らせる。草薙は疑問だったのだ。なぜフード人間が固有能力を使わなかったのか。もちろん固有能力を持たないなんて事はない。そしたらこの特異区間に入って来れるわけがないのだ。ならやはり固有能力を使わなかったか、もしくは使えなかったかだ。


「(能力の発動条件を満たしていなかったから使えなかった。今のところこれが最有力候補だね。ただ、もちろん能力によっては魔力消費だけで発動できるものもある。というか、それの方がよくある。もしフード人間がそう言う能力者だったら、俺は確実に勝てなかった)」


そう、草薙の能力は自然治癒力の向上。炎を操るなどの能力にはどう頑張っても能力で太刀打ちできない。故に、基礎的な身体能力を上げるしかないと言う結論に至った。


「おや、この時間にランニングとは珍しい。学生かな?」


草薙が思考を巡らせながらランニングしていると、隣から凛とした女性の声が聞こえる。全く気づいていなかった草薙は素っ頓狂な声を上げながら、即座に声のした方向へと目を向ける。


「驚かせてしまってすまない。この時間にランニングする仲間がいなかったもので、つい声をかけてしまった」


よく見るとその女性はジョギングスーツを着てランニングを行っていた。正直ランニング中考えることが終わると暇だったのでありがたいのだが、初対面の相手と上手く話すこともできず草薙は言葉を返すことができない。


「おっと、1人で黙々とやるのが好きなタイプだったか?もしそうならすまない、悪いことをした」


少し悲しそうにそう呟く女性を見て、草薙はものすごい罪悪感に襲われ必死に声を絞り出す。


「いえ!その.....嬉しい、です......」


咄嗟に声を絞り出したため色々とおかしいことになってしまったが、目の前の女性はそれを見て笑顔を浮かべてくれた。


「それなら良かった。私は時間がある時はここでランニングをしているんだ。これからランニング仲間としてよろしく頼む」


女性は草薙と並走しながら握手を求めて来る。特に断る理由もなかった草薙は右手を差し出して握手を交わす。どうやら悪い人ではなかったようだ。フード人間の件のせいで少し周りを疑っていたが、そんな心配は杞憂だった。


「そうだな......せっかくだし自己紹介でもしよう。まずは相手の名前を覚えるところから始めなくてはな」


女性は変わらずに凛とした声で話す。それを聞いて草薙は驚いていた。提案の内容自体にではなく、走りながら話しているのに一切息苦しさが混ざっていない点に。相当に体力がある人なのだと草薙は即座に理解した。


「まずは私から行こう。私の名前は黒妖 響。辛い物全般が大好きだ」


黒妖響と名乗った女性は端的に自己紹介を終え、今度は草薙に会話のバトンを渡した。


「俺は草薙蓮華です。好きな食べ物は......お寿司です」


草薙は緊張しつつもしっかり会話を行っていく。草薙にとってレギュ以外の人と話すのは久しぶりで、かなり新鮮な時間だった。そこから数十分雑談を行った後、草薙は体力の限界が来て公園のベンチに座った。


「はぁ.....はぁ.....黒妖さん。よくそんな......元気ですね......」


会話量は明らかに草薙より多かったと言うのに、黒妖の方は一ミリたりとも息切れを起こしていない。体力が多いなんてレベルではない。むしろ無尽蔵なのでは?と思ってしまうほどだ。


「草薙君もかなり体力があるじゃないか。今の時代、基礎を身につけない能力者が多く困っていたのだ。こうして草薙君と出会えて嬉しいよ」


あまりにも眩しかった。こんな人が自分の学校に居たら、俺はいじめられずに済んだのだろうか?俺を、もっと早く救ってくれたのだろうか?今更考えてもどうしようもないことを、草薙はぐるぐると頭の中で逡巡させる。


「さて、私はそろそろ学園へ向かう。一度ここでお別れだ」


黒妖さんは手に持っていた新品のスポーツドリンクを草薙へと投げ渡し、なんとかキャッチした草薙は感謝を伝えながら黒妖を見送る。


「またすぐに会えるだろう!その時はよろしく頼むよ!草薙君!」


最後に元気よく手を振った黒妖に手を振り返し、草薙はある程度体力を回復した後に家へと戻った。もう時間はお昼近くになっていたため冷蔵庫の食材で軽く昼食を作ると、ついに今まで喋っていなかったレギュが話し出す。


「(おはよう.....なんか久しぶりに爆睡した)」


「おはようレギュ。俺はレギュに寝るって概念があったことに驚きだよ」


「(頭に中にいるだけで俺は通常の人間と変わらん。それで、俺の寝てた間に何かあったか?)」


レギュは未だ眠そうな声色で問いを投げ、草薙はそれに対し今朝起きた出来事を話し始める。いつもの訓練を終わらせランニングを行っていたこと、そしてそこで黒妖響と言うランニング仲間ができたことを。


「(良かったじゃないか。ぼっちのお前に友達ができて)」


「事実だけどひどくない?いや、そもそもレギュがいるしぼっちじゃない」


「(それ側から見たらぼっちと同じだから、むしろイマジナリーフレンドと話してるやばい奴だから)」


草薙は言い返そうとするも事実なので上手く返せず言葉に詰まる。レギュもそれを理解しているのか勝ち誇ったような口調で煽って来る。


「本当にレギュって性格悪いよな」


「(まぁ極悪人だからな)」


そんな雑談を続けていると、突如として玄関のチャイムが鳴る。今の草薙にとって特段チャイムを鳴らされるような用事はない。なら一体なぜチャイムを鳴らされた?思考すればするほどとある可能性が高くなる。まさかレギュの予想よりも早く、炎を操る男子生徒が押しかけてきたのか?草薙は逃げる時用にベランダの窓を開けながら、ゆっくりと玄関の扉を開ける。


「こんな時間にすまない.......って、草薙君かい!?」


扉を開けると、別に意味で草薙は驚愕した。なぜならそこに居たのは今朝ランニングを一緒に行った黒妖だったのだから。両者驚愕で目を見開いていると、先に我に帰った黒妖が一度咳払いをして話し出す。


「すまない。まさか草薙君がこんなに近くに住んでいたとは......。とにかく、要件を伝えなくてはな。まずはこれを見て欲しい」


そう言って黒妖は一枚の写真を草薙の前に差し出す。写真にはとある人間の死体が写っていた。それを見た草薙は一気に心臓が高鳴る。人間の死体を見たからではない。その死体が、昨日自分が殺したフード人間のものだったからだ。結局死んでいたのかどうかは確認しなかったが、どうやらあのまま死んでしまったようだ。となれば、もちろん罪に問われる。いくら強さが全ての特異区間と言っても、無法地帯というわけでは決してない。


「ごめんなさい。あまり気持ちのいいものじゃなかったわよね。でも私は今この事件を追ってるの、私の手で犯人を捕まえるために」


それを聞いて草薙は冷や汗を流す。まずい、一応犯行に使った石は川の中に投げ捨てたが、もしかしたら目撃証言が出て来るかもしれない。だからこそなるべく慎重に、少しでも話を反らせるように草薙は言葉を紡ぐ。


「でも大学1年生でそういう事件解決とかを行ってるってことは、黒妖さんは王制学園の生徒だったんですね」


王制学園。それは特異区間の中で一番と言っていいほど実力者が集まっている学園だ。それだけの学園ということもあって、王制学園にはよく事件解決のための協力要請がされているそうだ。学園内は完全実力主義であり、それ故に学園内で生徒会長と呼ばれるトップはとてつもない実力者だと噂されている。1人で一国家と同等の戦力なんて話もある。


「そうだね。騙すつもりはなかったのだが、黙っていてすまないね」


「いえいえ、気にしないでください。俺も自分の学校のことは言ってなかったですし......」


草薙は目を逸らして話す。そもそも草薙自身嘘をつくのが得意ではなく、黒妖が良い人だと知っているが故に、騙してしまっている罪悪感に押し潰されそうになる。


「.......草薙君。1つだけ君に聞いていいかい?」


草薙は内心焦っていると、黒妖は急に声色を低くする。それに嫌な予感を覚えつつも、断ることもできず草薙は承諾する。


「写真を見た瞬間から草薙君の様子がおかしい。死体を見てしまったことによる精神的疲労の可能性もあるが、何かこの事件について知っているのかい?」


黒妖の目が鋭く光る。王制学園には実力者が多く揃うが、何も戦闘能力に限った話ではない。とてつもない知識量と頭脳や、規格外とも言える洞察力を持つものも、実力者に分類される。黒妖はこの洞察力に加え、無尽蔵とも言える体力。恐らく戦闘能力もずば抜けているだろう。故に、草薙は焦る。確かに人殺しが悪だと言うことは草薙自身理解している。だがあれは確実に悪人だった。ならば、手加減なんてできるはずもない。そんな思考が草薙の脳を支配していると、突如として草薙の意識はぼやけ、そのまま闇の中へと落ちていった。


「すみません。実は昨日、その写真と似たような人物に襲われてしまって......その時のトラウマが.....」


草薙の体は小刻みに震えている。それを見た黒妖はすまなかったとすぐに頭を下げて謝罪をした。どうやら嘘を見破ることはできなかったようだ。


「本当にすまなかった。まさか君がこの事件の被害者だったなんて......」


「気にしないでください。黒妖さんが事件を本気で解決したいって気持ちは伝わりました。頑張ってください、陰ながら応援してます」


「おぉ.....なんて草薙君はいい子なんだろうか。私は感動してしまったよ」


なぜか感激されたが、会話を続けた場合見抜かれる可能性があるのですぐに話を終わらせようとする。


「すみません。そろそろ昼食を作らないといけなくて......」


あくまで申し訳なさそうに、かと言って時間がないことをしっかりと伝えるように、完璧とも言える声色で会話を終わらせる一文を言い放った。


「おっと、気が利かなくてすまない。草薙君も、色々と頑張ってくれ!」


完璧だ。黒妖はその言葉を聞き話を終わらせ、その場からしっかりと去って行った。相手をなるべく傷つけず、さらには秘密を守り抜く手腕。流石はレギュと言ったところだ。


「ふぅ、流石に草薙には荷が重かったな」


レギュはリビングの机に頬杖をつきながら、その意識を完全に手放した。


「(黒妖響、又理病院。少しわかってきたな。この世界のことが.......)」


最後にレギュは楽しそうに口角を上げる。その笑顔にどんな真意があるのか、それは未だ誰にもわからない。

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