第3話:才能
「はぁ.....はぁ.....はぁ.....」
草薙は息切れをしながら布団の中で目を覚す。背中は変な汗でびっしょりと濡れ、気持ち悪い感覚に襲われる。だが草薙はその場から動かず放心状態に近い形になっていた。
「(おい、大丈夫か?草薙)」
そんな草薙を見てレギュが声をかける。その声を聞いて少し我に帰ったのか、草薙は慎重に息を整えた後ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「悪い、夢を見たんだ。本当に、悪夢だった.......」
草薙は頭を抱えて語り出す。自分の見た夢の内容をゆっくりと、レギュにも伝えていく。それを何も言わず聞いていたレギュは、全貌を語り終えたところで口を開く。
「(なるほど......。恐らくだが、俺の過去が見えたんだろうな。まぁ頭の中にいるんだし、記憶や他の何かが結びつく可能性は考えていた)」
レギュは平然とその事実を口にする。今の話も踏まえて考えれば、あれはレギュが引き起こした出来事と考えるのが妥当だ。なぜならレギュは、過去に世界を滅ぼしたと言っていたのだから。
「どうして、レギュはそんなに強いんだ?」
草薙は純粋に疑問だった。恐らくはあれだけの人数をほぼ1人で相手にしたのだろう。死体の多くは同じ鎧を身につけていた。ならば同じ組織の人間の可能性が高い。だとすると、一体レギュはどれだけ規格外な強さを持っているんだろうか?
「(強い......か)」
だが、草薙からの疑問を受けたレギュは言葉に詰まる。予想していたものと違った。普通の人間ならここでレギュに恐怖するか、人殺しをしていたことを咎めるだろう。なのに草薙と来たら、人を何万人と殺した事実を"強さ"だと表現し、俺に憧れの感情を抱き続けている。それを受けてレギュは確信した。草薙蓮華は、壊れている。昔から他者に害されたのが原因か、はたまた別の何かが原因か、ともかく草薙の生に対する感覚は他者とズレている。厳密に言えば、人の死自体に特別な感情を抱いていない。もちろん、草薙自身にとって大切な存在には一定数一般的な感覚が備わっているが、その他の有象無象の生死に対し一切同情する様子も憤怒する様子もない。完璧に壊れているかはまだわからない。だが草薙には少なくとも......。
「(まぁ、努力してきたからな)」
人を殺す才能が備わっている。加えて愚直に努力を積み重ねることもできる。間違いない、草薙蓮華は才能の塊だ。訓練中の様子を見ていて戦闘自体に光るものは感じなかったが、まさかこんなところに才能があったとは。それはレギュですら想定外の才能だった。
「努力か.....俺ももっと頑張らないとね!」
草薙は満面の笑みを浮かべ今日の分の訓練を始めた。ただどうやら筋肉痛になっていたらしく、全ての訓練を終えるのに想定以上の時間がかかった。
〜数時間後〜
「ダメだ.....身体中が痛い.....」
腕立て、腹筋、スクワットを約束の数だけ終えたレギュはその場で倒れる。本来筋肉痛の場合は普段の2分の1の数でよかったのだが、草薙はしっかりと47回ずつ終わらせていた。
「(まさか47回やるなんてな、根性あるじゃないか。今日は夜に追加の訓練を与える。それまではしっかりと体を休めておけ)」
レギュは草薙の姿を見て素直に賞賛し、訓練の追加を伝えて休むことを命じる。草薙がまだやれると反論したが、どうやら夜の訓練は相当難しいらしく、体を休めることが最優先とのことだ。
「(それにしても、草薙は学校に行かなくていいのか?今日は水曜日だろ?)」
草薙が体を休めていると、レギュはとある疑問を投げかけてくる。草薙はまだ高校生、水曜日なら基本的には学校へ行っている日だ。確かに最近まで入院していたが、体自体はとっくに完治している。
「それなんだけど、特異区間の学校って必要最低限の出席数さえあれば休んでも良いんだよね。まぁもちろん毎日行ってた方が内申点は高くなるけど」
「(大学に近い形なんだな。ちなみにあと何日休んでいられるんだ?それ次第で訓練内容を変える)」
「最大あと10日間は行けるよ。しっかり今まで毎日学校行ってたからね」
「(3日以上あるなら十分だ。それが確認できただけで安心だな)」
「なんで3日以上なの?10日間学校休んでみっちり訓練した方が強くなれない?」
草薙のその問いに対し、レギュはため息を吐きながら説明する。炎を操る草薙をいじめ、母親の命を奪ったであろう能力者。あの男は何日も草薙が学校を休もうものなら痺れを切らすだろう。だからこそ、その前に草薙を強くし登校させる。それがレギュの最優先事項だった。
「なるほど。なら3日で....強くならないとね」
草薙は拳を握りしめる。確定ではないが、草薙は確信に近いものを感じている。あの男が、母親を殺した犯人なのだと。沸々と怒りが湧き上がる。憎悪と殺意で気が狂いそうになる。そんな草薙を見たレギュは冷静に言葉をかける。
「(落ち着け。確かに憎悪や殺意は努力の原動力になり得るが、絶対に長続きはしない。感情をコントロールしろ、これも訓練だ)」
レギュの言葉を聞き一度大きく深呼吸を行う。草薙は自分の感情をコントロールとまでいかなくとも抑えることができ、いつも通りの声色に戻る。
「ありがとう、冷静になれたよ」
「(草薙は自分で思ってるより頭の回転が速い。感情に飲まれたらその長所が消えるからな)」
「頭の回転が速いか.....あんまり自覚ないけどね」
それを聞いたレギュは自己肯定感の低さも草薙の課題点だと感じつつ、そこから何気ない雑談を交わし続け夜を待つ。
〜真夜中〜
「(しっかり眠れたか?)」
ちょうど真夜中に差し掛かった頃、目覚まし時計の音で草薙は目を覚す。意識をはっきりさせるべく洗面所で顔を洗い、外に出る用のコートに袖を通す。
「よし、バッチリだ」
草薙は完全に目を覚まし、その場で軽く体を動かす。草薙の能力の力もあり、あれだけ酷かった筋肉痛が嘘のように無くなっている。草薙は人生で初めてこの能力に感謝することとなった。
「(なら訓練内容を説明する。しっかりと頭に叩き込んでくれ)」
レギュはそんな草薙の様子を確認し、訓練内容を説明を始める。
「(今回、草薙には俺が今から指定する住所へと向かって貰う。指定する住所は合計5箇所、それぞれの住所は俺が口で言うからスマホに打ち込んで道案内をして貰え)」
それを聞いた草薙は案外簡単そうな訓練内容だと感じつつ、言われた通りに最初の住所をスマホに入力しその場所へ向かっていく。
「ここ.....だね」
草薙は再度スマホで住所を確認し、レギュに指定された場所だと確信する。ここからどうするのか草薙が疑問に思っていると、レギュはすぐさま口を開く。
「(よし、次の住所だ。一回で覚えろよ?)」
それを聞いた草薙が驚く、てっきり指定の住所で何かやるものだと思っていたからこそ、ますますこの訓練内容が疑問で仕方なかった。
「(この訓練内容はその内理解できる。今は黙って言う通りにしてみろ)」
そんな草薙の心を見透かしたように、レギュは草薙が何か言葉を紡ぐ前に強引に話を進める。だが草薙もレギュをある程度信頼している。文句を言うなら訓練終了時にしようと考えながら言う通りに訓練を続けていく。
「.........」
それから残りの4つ中3つの住所へと向かったが、そのどれもが一度目と同じ結果になった。だが草薙も文句を言うのは終わった後だと決めているため、特に何も言わずに最後の住所へと向かっていた。
「(止まれ、来たぞ)」
最後の住所へ向かうため人気のない道を進んでいる最中、レギュは突如として口を開いた。その言葉を聞き草薙も即座に足を止めるが、「来た」と言う言葉の真意をわからずにいる。
「(いいか?草薙。今から少しだけ大きな声で「出てこい」って言ってみろ。この訓練の意味がわかる)」
それを聞いて草薙は一気に嫌な予感に襲われる。レギュの言葉を聞いて、一体どういうことか少なからず予想できてしまった。だが今更逃げることもできない。草薙は腹を括って言われた通りに言葉を発する。
「出てこい!」
案の定と言うべきか、草薙の通って来た道の曲がり角から1人のフードを被った人間が姿を現す。草薙は瞬時に警戒を引き上げるが、あまりの緊張感に心臓が高鳴る。
「(草薙、訓練内容のおさらいだ。今回の訓練の合格条件は指定された住所へ向かうこと、それ以上でもそれ以下でもない。だからこそ、いきなりあいつに勝てとは言わない。ただ指定された住所まで、殺されずに生き延びて見ろ)」
レギュは説明を終えた瞬間、どれだけ話しかけても返答を返さなくなった。恐らくは自分の力でなんとかしろと言うことなのだろう。草薙は震える体で必死に思考を回しつつ目の前のフード人間を見据える。
「っ.......本当に!これなら想像してた訓練の方が良かったよ!」
両者その場から一歩も動かないでいると、フード人間は懐から何かの紋章の入った短剣を取り出す。それを見た瞬間だった、草薙は指定された住所の場所へ一直線に向かって走る。
「(今回の合格条件は指定の住所まで逃げ延びること......。なら、戦う必要自体はない。とにかく今は、生き残らないと!)」
草薙が走り出したとほぼ同時、フード人間もスタートをきり迫り来る。フード人間は思った以上に速く、草薙との距離をどんどんと詰めていく。
「(ダメだ。このままじゃ追いつかれる!何か、何か周りに使えるものは....)」
草薙はすぐさま辺りを見渡し使えるものを探す。だがここは住宅街、草薙が使えるすぐに使えるものは道端に落ちている石ぐらいだ。ただ石を拾おうとすれば少なからず減速が必要だ。下手にそんなことをすればフード人間はあっという間に草薙へ追いつくだろう。
「(クソッ!指定の場所まで走る体力自体はあるけど、全力疾走は長く持たない!)」
草薙は必死に思考を回していると、目の前に曲がり角がやってくる。指定の場所へ最短距離で向かうのならここを曲がるしかないが、今あまり減速するような真似はしたくない。
「.......賭けてみるか」
そこで草薙は何かを思いつき、減速することなく曲がり角へと向かっていき.....。
「痛ってぇ!」
そのまま曲がり角に差し掛かったタイミングで前のめりに転ぶ。全力疾走だったためかなり盛大に転んだが、即座に立ち上がりながら逃げる方向を変える。これにより、なるべく減速することなく曲がり角を曲がることに成功する。
「..........」
フード人間は一言も発することなく草薙を追っていく。そうしてすぐに曲がり角まで辿り着き、少し減速しつつ安全に曲がり角を曲がる。まさに、その瞬間だった。
「うぐっ!?」
その声を発したのはフード人間だ。曲がり角を曲がった瞬間にとてつもない衝撃を頭に受け、意識が一度飛びかける。だが心得はあるのだろう。即座にバックステップを行いその場から距離を取り冷静に状況を分析する。そうしてフード人間は意識をなんとか保つことができ、目の前の光景を目にすることとなる。
「くそっ.....一撃じゃダメだった.....」
そこには拳に握れるサイズの石を手に持った草薙の姿があった。あの時だ。角を曲がるために転けたあの瞬間に草薙は石を回収していたのだ。更には角でフード人間が現れるのを待っていた。あれだけ怯えていたのにだ。
「でも、やっぱり強くなるには.....こう言うのも経験しないとダメだよね」
確かに草薙は最初怯えていた。だからこそ、逃げることしか考えていなかった。だけど、結局恐怖を乗り越えなければどんな相手にも勝つことはできない。それを理解した草薙は途中からわざと恐怖で怯える演技を行い、フード人間が曲がり角を警戒せず曲がるように仕向けた。
「悪いけど、まだ死にたくないんだ」
草薙はすぐさま地面を蹴ってフード人間との距離を詰める。時間を与えては最初の一撃で与えた隙を逃してしまうと考えたのだ。やはり草薙蓮華はレギュの言う通り、頭の回転が速く他を殺すことに迷いがない。
「........調子に乗るな」
フード人間は未だズキズキと痛む頭を抑えながら、短剣を構えて草薙が間合い内に来るのを待つ。
「(この人、絶対に慣れてる人の構え方だ。真正面から戦ったら絶対に勝てない...)」
だからこそ、草薙はコートの懐に入れていた石を取り出し投擲する。それはフード人間にとって想定外。ほんの少しだけ対応が遅れてつつ横っ飛びで回避する。強引に回避した結果体勢は悪いが、草薙の間合いに入るよりは早く体勢を立て直せる。致命的なミスというほどではない。
「頼むよ」
本来なら、そのはずだったのだ。だがフード人間の予想よりも早く草薙は目の前に居た。確かに回避してからそちらの方向へ走っていたら間に合わなかっただろう。だからこそ、草薙は先にフード人間が避ける方向へと向かっていた。
「な.......」
フード人間は驚愕した。この世界は能力の強さがかなり重要となる。故に男、女、大人、子供、などの指標で実力を測る事はできない。だとしても、覇気もなく"あの学園"の生徒でもない高校生に負けるなど、想像してすらいなかっただろう。その慢心が、その油断が、この結果を導き出した。
「これで死んでくれ!」
フード人間は体勢を崩しているが故に、その一撃を回避できない。そうして容赦無く、草薙は石を強く握り頭目掛けて振り下ろした。
「グッ............」
相手を殺すかもしれない。という躊躇が一切なく振るわれた渾身の一撃は、ついにフード人間の意識を刈り取った。意識を失ったフード人間は重力に従い後ろへと倒れ、手足を痙攣させ頭から血を流した。
「......はぁ、はぁ」
そこで草薙は緊張の糸が切れ腰が抜ける。その場で尻餅をついて息切れする草薙だったが、顔には達成感に満ちた笑みを浮かべていた。
「(草薙、なんであいつの回避先がわかった?)」
しばらく時間が経ち草薙が息を整え終わると、今まで口を開かなかったレギュが話しかけてくる。草薙は嬉しそうに笑いつつ理由を話し始める。
「最初に石を顔面に当てた時、咄嗟に右に動いてたんだ。だからまた予想外をつけば同じように避けてくれると思って....」
なんの根拠もない、なんの確実性もない。だとしても草薙はその可能性に命を賭けたのだ。本人に自覚があったのかはわからない。だがますますレギュは感じてしまう、草薙蓮華は壊れていると。
「(理由はわかった。ただ訓練合格条件は指定の住所まで行くこと。さっさと最後の住所の場所に行って訓練終わらせて家に帰るぞ)」
「OK、流石に疲労感がすごいから最後でよかったよ.....」
人を殺したと言うのに、草薙は特に気にする様子もなく死体を放置して最後の住所へと歩いて行った。草薙蓮華は心が壊れかけているが故に、他者を壊すことに躊躇がない。その事実が、その才能が、あまりにも残酷なものだとレギュは思った。
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