第2話:極悪人
「極悪人....?」
草薙はその言葉に反応する。「極悪人」それは過去にニュースでよく聞いた言葉だ。まだ「特異区間」という処置がされていない時、能力を使って一般人に危害を加えた存在が「極悪人」と定義されていた。
「(まぁ別にそこはどうでも良い。とにかくお前は俺の鍛錬を受ける気があるのか?まずはそれを聞かせてくれ)」
頭の中の存在は真剣な声色で草薙に問う。その声を聞いた草薙は自然と背筋を伸ばし、緊張したまま言葉を紡ぐ。
「それで、俺は強くなれるんですか?」
「(当たり前だ。なんだったら約束までしてやる。俺は約束を必ず守るからな)」
なんの確証もないが、草薙はこの声の主が嘘をついていないと確信する。なぜそんな思考になっているのか、自分でもよくわからぬままに。
「なら、お願いします。俺が強くなるために、教えてください」
草薙は前に進むことを決める。今までのようにその場で立ち止まり涙を流すことはもうやめた。落ちこぼれでも、才能が無くても、強くなると誓ったのだから。
「(よし、ならまずは......)」
その返答を聞いた頭の中の存在は満足気に言葉を紡ぎ.......
「(ハンバーグを食べろ)」
そんなとんでもない命令を下すのだった。
「.......はい?」
草薙は困惑する。それはそうだ。草薙本人はこれからとてつもなく過酷な稽古が始まるのだと思っていたのだから。だが頭の中の存在がした最初の命令はハンバーグを食べること。自分は揶揄われたのではないか?という不安感すら募っていく。
「(まずは腹拵えだ。体を作るのは食事とトレーニングだ。どちらか片方でも疎かにしたら強靭な肉体は完成しない。それと、お前が食べると俺も味を感じることができる。久しぶりに好物の味を感じたい)」
「な、なるほど.....」
草薙はその説明で納得し、言われた通りハンバーグを食べるため料理を始める。幸い帰宅途中で食材の買い出しは終わっていた。その食材を使って完璧とはいかずともそれなりに整ったハンバーグを作り上げる。
「それじゃあ、いただきます」
「(いただきます)」
2人ともしっかりと食事前の挨拶を行い、(頭の中の存在も多分)手を合わせハンバーグを食べ始めた。口に広がるはジューシーな肉汁と中に入れたチーズの味。昔から料理を行っていた草薙の腕はなかなかなものに仕上がっていた。
「(お前、料理の才能あるぞ)」
「別に、少し好きだっただけだよ。それに、レシピを見れば大体誰でも同じものが作れるからね」
「(お前は今、世界中の料理苦手を敵に回したぞ)」
「ご、ごめんなさい......」
草薙はそれを聞いて少しシュンとなり、それを見た頭の中の存在は確信する。この草薙蓮華という存在の問題点を。圧倒的な自己肯定感の低さ、逃げることと謝ることに慣れてしまっている事実。確かに謝罪をすぐに行えることは人としての強みだ。だが草薙の行う謝罪は自らの罪をしっかりと認めたものではなく、あくまで逃走のための手段となってしまっている。そんな精神の人間が強くなれるはずもない。だからこそ、頭の中の存在は言葉を紡ぐ。
「(お前は謝罪の意味を履き違えている。良いか?これから謝罪は本気で悪いと思った時以外するな。これが次の命令だ)」
「っ........はい」
草薙自身も少しは心当たりがあったのだろう。今度は素直に頭の中の存在の言葉を飲み込んだ。
「(それと、これからはそのご機嫌取りみたいな敬語のやめろ。話しにくいし、何より三下感が板につくぞ)」
頭の中の存在は的確な指摘を続ける。そのどれもが草薙自身心当たりのあるものばかりで悔しかったが、それと同時に嬉しかった。この存在もまた、自分自身を理解してくれているような気がしたから。
「わかり.....わかった」
「(よし、それでいい)」
そうして草薙は食事を終えて食器を片付けた後に洗う。家事全般を習得している草薙にとって、一人暮らしで困ることはそこまで存在しない。
「そういえば.....イレギュラーがあなたの名前なの?」
草薙は食器を洗い終わった後、ふと気になったことを頭の中の存在へと質問する。
「(まぁそうだ。昔からよくそう呼ばれてたからな)」
「う〜ん。じゃあさ、イレギュラーだと言いにくいから略して「レギュ」ってこれから呼んでいい?」
その提案を受けてイレギュラーは数秒間沈黙する。気に入らなかったのだろうか?それとも怒ったのだろうか?草薙がそんなことを思考していると、ついにイレギュラーから返答が返ってくる。
「(まぁ.....レギュ......別にいいか.....)」
すっごく不満気な声が返ってくるが、他にいい案がなかったことで名前は「レギュ」で決定された。
「これからよろしくね、レギュ」
「(あぁ、よろしくな。「草」)」
「なんか根に持ってない!?」
「(当たり前だ!レギュなんて、一生の不覚ッ!)」
「じゃあやっぱ他のにする?」
「(それはなんか負けた気がする)」
「えぇ......」
その後に2人は笑い出す。この状況がおかしくて、この言い合いが面白くて、ひたすらに2人は笑い合った。まだ問題は山積みだが、草薙はこの瞬間を心から楽しんでいた。
〜次の日〜
「32……33……」
次の日から訓練が始まった。レギュが言うにはまず戦闘技術や能力の熟練度を上げるよりも、先に基礎となる肉体を仕上げた方が良いらしい。戦闘技術を学んだ方が確かに短期間での成長幅は大きいが、基礎が固まっていなければ簡単に崩れさってしまうほど脆い強さだ。とレギュは話していた。結果として、今は腕立て伏せ100回を行なっている最中だ。
「はぁ……はぁ……46……もう、ダメ……だ」
だが草薙は46回の腕立て伏せで限界が来た。息切れをしながら倒れた草薙に対し、レギュは口を開いて話し出す。
「(まぁ十分だ。最初から100回できるとは思っていなかったし、今まで強くなろうとしなかった高校生がいきなり46回できただけで儲けものだな)」
「これでも……バイトを……掛け持ち、してたから………体力には、自信が……ある」
草薙の言葉を聞いてレギュは満足気に納得し、数秒間の思考の末言葉を紡ぐ。
「(よし、訓練メニューが決まった。草薙は今日から腕立て、腹筋、スクワットを46回ずつ行って、次の日には1回ずつ数を増やしていけ)」
「えっと……てことは明日はそれぞれ47回ずつ、明後日には48回ずつってことだよね?」
「(そういうことだ。ただし具合が悪かったり筋肉痛の場合は数を半分にして良い。その代わり絶対に毎日欠かさずやること。忘れるなよ?)」
レギュは少しだけ草薙へ圧をかける。だが草薙はそれに臆することなく元気の良い返事をした。
〜数時間後〜
「いただきます……」
「(いただきます)」
草薙は今日の分のトレーニングメニューを終え、無事に夕飯を作ることが出来ていた。まぁ、あまりの疲労感に夕食を出前で済まそうとしていたのだが、レギュに「(強靭な肉体にはバランスの取れた食事が重要だ!)」と怒られてしまっていた。
「そう言えばさ、レギュってどれぐらい前からこの世界に居るの?聞いてる感じだと結構昔から居るみたいだけど……そもそも、俺の頭にいつから居たの?それと、なんで俺の頭の中に居るの?」
草薙は疑問だった。レギュは自らを極悪人だと名乗った。だけど草の目に極悪人して映らなかった。だがらこそ気になったのだ。レギュ本人のことについて。
「(そうだなぁ。俺が草薙が通じて世界を見れるようになったのは、草薙が高校生になってすぐぐらいだ。過去を含めて俺がどれだけ生きてるかは……もう忘れた。あと草薙の頭の中にいる理由はわからん。そこも含めてイレギュラーだ)」
「なるほどね……。いや、ちょっと待って?てことはレギュはずっと前から俺がいじめられてるの見てたってこと?」
レギュの言葉に草薙は引っかかる。草薙がいじめを受け始めたのは中学からだが、高校になっても毎日のようにいじめられていた。つまり、実質的にレギュは2年半草薙のいじめを目撃していた事になる。
「(そうだな。俺はずっと草薙がいじめられているのを見て、何もしなかった。そもそも草薙に干渉する気自体無かったからな)」
「干渉する気が無かったって、じゃあなんで今更俺と関わったんだよ」
「(お前が力を求めたからだ。あのままいじめ続けられて、心を壊して生きるなら干渉する気なんて無かった。たが、お前は力を欲して立ち上がる覚悟をしようとした。だからこそ、少し背中を押した)」
「(そこで恐怖に負けて折れるなら特に手を貸す気なんて無かったさ。結果そうはならなかった。お前は最終的にしっかりと立ち上がり前を向いた。どんなことにも最初は気持ちからだ。進み続ける覚悟のない奴にいくら強さを解いたところで、成長なんてするはずもない)」
草薙はレギュの言葉に何も言い返せなかった。なぜなら納得してしまったから。確かに覚悟がなければ意味がない。きっと過去の俺にレギュが同じ提案をしても断っていただろう。それほどまでに、覚悟というのは大切なものだ。
「(さて、覚悟の重要性についてわかったところで一つ提案だ。草薙は俺の過去に興味があるんだろ?だったら、俺より強くなった時に全てを教えてやる。と言ったらどうする?)」
それは草薙にとってあまりにも好都合。自分が強くなる理由が、また一つ増えることになるのだから。
「だったら全力で、俺はレギュを超えるよ」
だからこそ、草薙は躊躇うことなくその提案に乗っかった。草薙の返答を聞いたレギュは満足気に笑い、草薙の覚悟を称賛した。
〜数時間後〜
草薙は無事に眠りについた。訓練による疲労もあったのだろう。布団に入って数秒後には意識を失って居た。だからこそ、ゆっくりと草薙の体が起き上がる。
「なるほどな。意識が無くなっている時は体の主導権を奪えるのか」
明らかに雰囲気が違う。なぜなら今、体の主導権を握っているのはレギュなのだから。どうやらレギュは草薙が意識を手放している時限定で、体の主導権を握れるらしい。
「さて、情報収集を始めるか」
レギュは近くにあった草薙のスマホを手に取り、当たり前のようにパスワードを入力しロックを解除する。そうしてSNSなどを活用し、この世界の情報収集を始めた。
「近くで事件でも起きてたら楽なんだけどな(まぁいい。一旦はこの世界の基礎的な情報を集める。それ次第で今後の動き方も大きく変わる)」
レギュがこの世界について情報収集を行った結果。いくつか有益な情報を得られた。特に有益だった情報は魔力と固有能力についてだ。
魔力と固有能力の関連性について。
魔力を持つ人間にだけ固有能力が現れると言うが、そもそも魔力が無ければ固有能力は使えない。なぜなら固有能力を使用する際、大なり小なり魔力を消費する必要があるからだ。そのため魔力総量が多ければ多いほど、固有能力を連続で使用したり出力を跳ね上げることができる。故に、固有能力を強くしたいのなら、魔力の鍛錬は必須科目と言えるだろう。だが魔力の鍛錬と言っても、いくつかの項目が存在する。まずは魔力総量、これは文字通りその人間が持つ魔力の総量だ。次に魔力操作、確かに固有能力に魔力を思いっきり込めれば出力は上昇するが、無駄に魔力を消費している場合がほとんどだ。魔力操作は無駄に消費する魔力を減らし、必要最低限の魔力消費量で最大出力を出す上で必須技能と言える。最後に魔力出力、これにより一度にどれだけの魔力を込めて固有能力を使用できるかが決まる。どれだけ魔力総量が並外れていても、魔力出力が普通の魔力持ちと変わらないなら一度の固有能力で放てる威力は他と変わらないことになる。決定打の少ない能力ほど、この魔力出力は重要な要素となる。
「長ったらしく書いてあったが、まとめるとこんな感じか?はぁ、これだから論文は読むの嫌いなんだ」
レギュは文句を言いつつスマホを閉じて眠りにつく。必要な情報はある程度揃ったようだ。レギュは次の訓練メニューを思考しながら意識を手放した。
〜???〜
「...........え?」
草薙は目の前の光景に絶句する。眼前に広がるのは無数の死体と血溜まりだ。死屍累々、まさにその言葉が当てはまるだろう。そんな中で、草薙は自らの体を見る。
「俺は.....眠ったはずだ。なんで.....こんなところに?」
返り血か自分の血かわからないほど、草薙の体は血に塗れていた。ベッタリと、未だ体温のある血の温もりを感じる。それがあまりにも気持ち悪くて、草薙はその場で膝をつき嘔吐する。
「うぐッ.....おごぇ.....なん....なんだ?」
吐瀉物の匂いと血の匂いが混ざり合ってさらに胃を刺激するが、流石に吐いたばっかですぐに嘔吐することはなかった。だが人間というのは恐ろしいもので、次第にこの状況にも慣れ始める。草薙は冷静な思考を行えるようになった段階で、周りを今一度見渡した。
「死体.......だよな?」
地平線まで続く死体、臓腑、血液、それが地上を埋めている。本当にどういうことだ?夢にしてはあまりにも全てがリアルすぎる。まさに一度自分が体験しているような現実感。
「.......ぇ.....もの.....」
そんな時だ。草薙の近くから誰かの声が聞こえる。こんな場所に来て精神が疲労していた草薙にとって、誰か話ができるかもしれない人間がいることは喜ばしいことだった。だからこそ必死に探した、その声の主を。そうして辺りを探索して数分後、ついにまだ息がある人間を発見した。
「あの!大丈夫ですか!?」
草薙は必死に声の主へと呼びかける。だが帰ってきたのは、想定外の言葉。
「.....化け物が、地獄に落ちろ」
その言葉を聞いた瞬間だった。草薙の意識は暗闇へと落ちる。薄れゆく意識の中最後に映ったのは、声の主の息の根を止める自分の姿だった。
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