二話目 姉妹の場合─小さな女の子─ ①
パン屋の煙突みたいだなと思った。
白い煙がもくもく溢れ出して空へ昇っていく。
いつでも私の味方でいてくれる心強い家族がギュッと手を繋いでくれるから私は大丈夫。
胸に強い決意を抱いた。『私は変わるんだ』。そう思えば笑顔で眠りにつくことができた。
──週明けの高校は、平凡極まりないほど何も変化がなかった。
日常なんてこんなもんか。なんとなく週明けには違った世界が見えると思っていた私としては肩透かしをくらった気分でつまらない。
それでも友達と集まって食べる昼ご飯は楽しいものだ。
今日はどこで食べようか、なんて会話しながら私たちは校舎から外へ出ていた。
お昼ぐらい開放的な外の空気が吸いたかったが、すぐに後悔した。
体育館の外階段。その隅っこで一人、影を背負って弁当を広げようとしている姉を発見したからだ。
「おねぇちゃん! またこんなところで一人でいる!」
私の声に気づいて顔を上げた姉は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「ごめん! みんなは先に行ってて。私はおねぇちゃん、ほっとけないからさ」
「お姉さんって」
「いいじゃん。仕方ないって」
「姉思いも大概にしなよ~」
友達の方も慣れっこだ。いつものように私をからかって先に行ってくれた。
私は姉の横に並んで座り、不機嫌に弁当を広げる。
「恥ずかしがり屋で臆病で、女子にも声をかけられないっていうのはもうわかっているけどさぁ、友達の一人くらい作ってよ。私がほっとけないじゃん」
「……ごめんね」
か細い声で謝りながらも、私を見る表情はニッコニコの笑顔だ。
妹がシスコンなら姉もシスコンである。ほっとけないから同じ高校を選ぶ私。
同じ高校を選んでくれるように適度に勉強は手を抜く姉。
どうしようもないシスコン姉妹。
変わるはずだったんだけどなぁと、同じおかずを口に運びながらため息を漏らした。
とはいえ、私たちを取り巻く環境は全く同じではない。そこは全然違う。理不尽なほどに。
姉は清楚で美人だ。友達はいなくても、告白であれば何度も受けてきた。
単に姉の方に恋愛や男性に対して今のところ興味が無いだけで、作ろうと思えば明日にでも彼氏ができてしまう。
むしろ、作ってもらえばいいんじゃないか。彼氏様が姉の面倒を見てくれれば私の負担は軽くなる。
「おねぇちゃん、彼氏を作ろう! そしたら独りぼっちじゃなくなる!」
「え~、興味ないよう……」
「そのうち楽しみ方もわかるから! 今度の休みはめっちゃオシャレになりに行こう!」
彼氏を作ることに関してはものすごく嫌そうに顔をしかめた姉だったが、私と休日に買い物に行けるとわかるとすぐに上機嫌になった。
私も面倒ごとを片付ける方向性が決まれば心も軽くなるもんだ。その日から部活でも体がいつもより軽やかに動いた。
ただ、家に帰ると少し両親の様子がおかしかった。父親はおしゃべりな方ではないが、それにしても仏像かと思うほどリビングに居ても何も喋らないし動かない。
母親は家事についてはいつも通りしっかりやってくれて大助かりだけど、夕食の後に真っ赤な血のように赤ワインを呑むようになった。母親がお酒を嗜む姿など初めて見た。
「おねぇちゃん、ものすごい大富豪の息子から求婚でもされたの?」
「されてないよ~。でも、パパもママも元気ないね。どうしたのかな?」
私が姉に聞いているのに、聞き返されても困る。
「喧嘩しているんじゃない?」
「やっぱり、恋愛は嫌だなぁ……」
いけない。姉の恋が始まってもいないのにネガティブな印象が根付いてしまう。
「今日はアニメ視よう! おすすめの恋愛アニメを視させてあげる!」
「アニメなら楽しそう」
深夜にはボロボロ涙を流しながら感動して鼻水を啜る姉の姿があった。
どうやら恋愛に対する感情は普通に持ち合わせているらしい。安心した。
それからあっという間に休日になって、姉とショッピングモールにやってきた。
「少しは華やかな服装もした方がいいよ」
「派手じゃない……?」
「これくらいは普通!」
ほっておくと喪服かと思うくらい黒か白か紺か、とにかく無地で地味な色の服しか姉は選ばないので、今回は爽やかなレモンイエローのスプリングコートに、小花柄のロングスカートを合わせてみた。
トップスを白のブラウスにすることで派手過ぎず、無地のスプリングコートの色合いに、小花柄の華やかさが際立って、姉の美人度が二段階は上がった。
これで銀のパンプスを履けば完璧だ。髪はサイドを編み込むだけでオシャレに見える。
「わぁ……! あたしじゃないみたい!」
鏡を見た姉自身すら驚く垢ぬけっぷり。清楚な印象は薄れたが、都会のイメージが付いた。
「ちょっと上級者向けにし過ぎたかな?」
「ううん。可愛い。あたしこれ買ってくるね」
あれは、あの笑みは、この格好なら誰も気安く声をかけてこないだろうと、わかっていて買いに行ったな。
選んだのは自分だが、姉に嵌められた気分だった。
「まぁいいか。デート本番に気合を入れるのは女子として当然だもんね」
「お待たせ~」
「次はメイク道具を買い揃えよっか」
「うん!」
とはいえ、私たち高校生のお小遣い程度じゃ高級なメイク道具は買えない。
下手に安いファンデーションを顔に乗せると、すぐにメイクが崩れたりする。
なので、買うのは皮脂を抑える下地とマスカラ。アイライナーと薄いチーク。
これだけで十分、高校生の表情は明るくなる。私たちはギャルを目指しているわけではないし。
それに姉の雰囲気にはこれで十分だし、ピッタリなのだ。
買ったコスメでメイクをしてあげると、また鏡の前で姉が喜んだ。
「すごいね~! メイクは魔法みたいだね!」
「おねぇちゃんは元がいいからでしょ」
そこは否定しない姉である。そりゃ小さい頃から可愛い、美人だと言われていれば当然か。
「もう終わりだよね? おねぇちゃん、お腹空いちゃったよ」
「はいはい。じゃあ、パスタ行こっか」
「やった!」
食事の好みは姉妹揃って同じ。ご飯のメニューで喧嘩したことはない。
なので、おしゃれなカフェレストランに着いても、注文するメニューまで同じだ。
結局、学校でも家でも休日でも、私たち姉妹は毎日同じものを食べている。
──なのに、この違いはなんなのよ。
食事が終わってすぐに可愛らしいラテアートされたカフェオレが運ばれてきた。
「お姉さんが美人だからプレゼントです」
「わぁ! 嬉しいね!」
「……うん」
一応、私の前にもカップは置かれたけど、男性店員の視線は姉に固定されている。
それにお姉さんたちじゃなくて、お姉さんが美人だからプレゼントだ。
私はおまけだ。姉だけに限定された美人という賞賛の声とギフト。同じ姉妹なのに。
そりゃ、今日は姉だけオシャレをしているし、私はいつもの動きやすいスポーティーな恰好ではあるけれど、それだけが理由じゃないのも長年差別されてきてわかっている。
両親は分け隔てなく愛してくれたけど、親戚は明らかに姉の方は可愛いともてはやす。
頭の方は同程度だ。姉が手を抜いているせいもあるけれど。それでも、私は中学からテニス部で運動能力も鍛えてきたし、ポテンシャルは私の方が高いはず。
なのに、姉は清楚で美人というだけで、ただそこに居るだけで、私より優遇されている。
──こんなの理不尽だ。
美味しそうにカフェオレを飲む姉を見ながら、早くどっかにいってくれないかなと思った。
翌日から私は露骨に姉を避け始めた。彼氏を作ってよね、とだけ言い放ち、あとは独りぼっちの姿を見かけても声をかけない。
後ろから追いかけてきても無視して足早に次の教室に移動する。
周囲も喧嘩しているの? とは聞かなかった。姉離れしているんだと思ってくれているんだろう。
実際は本当にうんざりしているだけだけど。
だから休日でも避けようと思って友達と遊びに出かけた。
ところが、遊び疲れてくたくたの日曜日の夜に姉は私の部屋に押し掛けてきたのだ。
「なによ?」
「あの、あのね。……好きな人ができたの」
「マジ!?」
そういう話なら大歓迎だ。私の関心を引きたいでまかせでも、そのままくっつけてしまえばいい。
「誰だれ? 私も知っている人?」
「それが、隣のクラスの図書委員の人ってくらいしかわからないの……」
この情報の少なさは逆に本当っぽい。姉もついに男子に興味を持ったのか。
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