一話目 凪咲の場合─サンタクロース─

 真新しい園児の帽子。ようやく腰まで伸びた髪をおさげにして俺を見上げていた。


「サンタクロースさんはおじいちゃんじゃないの?」


 子供らしい純粋な疑問だ。


 しかし、それ以上に興味深い。俺のことが“サンタクロース”に見えているのか。


凪咲なぎさ、お前くらいの年齢から見たら俺は十分おじいちゃんだと教わらなかったのか?」


 そういうと、凪咲なぎさは納得したのか、サンタクロースさんバイバーイと元気良く手を振って去って行った。


 それから数年後──


 雪のように真っ白なランドセルを背負う少女。


 肩で切りそろえた髪を風になびかせながら俺を見上げて問う。


「サンタクロースさん、一ヶ月早くないですか? 今はハロウィンですよ」


 三年生くらいになるとハロウィンも知っている少女。


 だが、未だに俺の姿は“サンタクロース”に見えている。


 知らず口許に笑みが浮かんだ。


「あわてんぼうのサンタクロースを教えてもらわなかったのか? 凪咲なぎさ


「じゃあ煙突から落っこちちゃうんですか!?」


 身を乗り出してあまりにも真剣に──


「っぷ、っく、くくく」


「お、お兄さん? もしかしてもう落ちちゃったんですか? お尻痛いですか? 足をくじいちゃったんですか?」


 ふうむ。懐から煙草を取り出して考える。


 今のままでも十分好みだが、欲を言えばもう少し成長してもらいたい。


 煙草に火をつけて、肺に深く吸い込み、青い空へ紫煙を吐き出す様子を凪咲なぎさはじっと心配そうに眺めていた。


 ──永遠と呼べるほどの時間を生きてきた。


 役目もあるし、暇だったわけじゃない。


 しかし、一人でずっといるのは飽きるのだ。


 そこは人間のというべきか、たまに刺激が欲しくなる。


 だが、それすらも今は飽きてきた。いわば飽食状態だ。


 たまに摂取する刺激ではなく──永遠を共に生きられる恋人が欲しい。


 人間たちと接するたびに思う。


 ──愛ほど刺激的なものはない。


 狂っていようが、執着していようが、依存していようが、支配されていようが、支配していようが、憎んでいようが、呪っていようが、殺していようが、死んでいようが、食っていようが、腐っていようが──愛は刺激的だ。


 これなら永遠に楽しめそうじゃないか。


 実際、人間は生涯、楽しんでいるものも多いだろう。


「ねぇ、サンタクロースさん。大丈夫?」


「忘れろ凪咲なぎさ。クリスマスにはまだ早い。じきに迎えに行くから今は


 凪咲なぎさはそこに何も見えず、何も起こらなかったように興味を失い去って行った。


 それからまた数年後──


「見て穂香! サンタクロースさんがあんなところで一服してる。クリスマスの時期はサンタクロースさんもお疲れなのね」


「街中サンタクロースだらけで、どれかわからないわよ」


「ほら、あそこの街路樹の──」


 髪は肩甲骨の辺りまで伸びていた。また伸ばし始めたのか。


 紺のセーラー服に薔薇色のリボンがよく似合っている。


 ──青い果実も悪くない。


 一瞬、手を伸ばしかけたが、やはりやめた。


 果実には適した食べ頃がある。


 凪咲なぎさにも訪れるだろう。


 何かに縋るほど、願うほど、祈るほど、救いを求める──その時期が。


「穢れ落ちた血と魂ほど旨い果実はない──」


 凪咲なぎさの後ろ姿を恍惚とした表情で見つめ続ける。


 口に含めば鮮血が口内に溢れ出し、引き裂いた内臓から抉り取った魂はどろりとした粘液で光り、艶めいていることだろう。


 ──嗚呼、食べたい! 凪咲なぎさの血を啜って魂を飲み込んで、くちゃくちゃに肉を咀嚼して、骨まで噛み砕いて、俺のものにしたい!


「──けどなぁ、一度そうしたら人間は死ぬよなぁ……」


 深い悩みだ。深淵だ。恋煩いだ。どうしても一度はそうしたいが、凪咲なぎさに限っては永遠に、二度も三度も何度でもそうしたい。


 愛の欲望は果てしない。凪咲なぎさが可愛いから仕方ない。すべてが欲しい。


 とはいえ、妄想に浸って煙草をふかしていても何も始まらない。


 俺の禁忌に触れるほどに凪咲なぎさが愛おしいので、凪咲なぎさのためならタブーも犯して問題ない。


 つまりは、凪咲なぎさが見ているになることもやぶさかではない。


 プレゼントを届けているうちにヒントも見つかるかもしれない。


 何も見つからなければ、理の方を変えればいい。


 ──世界の見え方なんてものは所詮、個人の主観に過ぎないのだから。

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