始まりの日
星も月も見えない轟轟とうねる猛吹雪の中、LEDの青白い光が周囲を照らしている。
人間の居住区からも離れ、殆どが自然の中へと還ってしまった旧文明の遺跡、辛うじて原形を保っているヘリコプター発着場の上に、二人の男女が立っていた。
一人は黒い髪に細長い目をした細身の女だった。目の下にはクマがあり神経質そうな表情で目の前を掠めていく雪から顔を守る様に、寒冷地用コートのフードを目深に被る。
そしてもう一人は、女とは対照的に黒い肌をした上背の高い男だった。縮れた髪をドレッドにまとめ側頭部は短く刈り込み、雪山の白い山の中で目を爛々と輝かせて空を見上げている。
「アーノルドさん……本当にこんな天候の中で救援がやってくるのでしょうか」
「オフコースさウェイシャンちゃん。何しろ彼女は旧時代、彼の地での大戦を生き残った歴戦の戦士だからねぇ!」
「旧時代……
「ハッハッハ! 亡霊上等じゃないか! 普通じゃない連中が参加してくれるなら願ったり叶ったりだ! 何しろこれから始まるのは、この世界始まって以来最高最大の興行なのだから!」
「それもここで死ななければの話ですがね……」
ウェイシャンのため息は止まらない。アーノルドの楽観的な話は聞く分には面白いが実行する身としてはあまりにも骨が折れる。
二人が今いる場所は、旧世界の基準で言うのならカザフスタン西部に位置する旧バイコヌール宇宙センターと呼ばれた場所だった。しかし現在は宇宙開発の為に開発された軌道エレベーターと、いくつかの施設の遺構を除きその殆どが風化して自然へと還っている。
当然人間などおらず、電気も存在しない。なんならここまでに搭乗していたドローンは、吹雪の影響で墜落して山中に消えた。現在は緊急用のバッテリーで無線を起動し、なんとか救援を呼んでいるところだが、果たして自分たちが凍り付いてしまう前に助けが間に合うかどうか。
「あーもう……私ここで死ぬのでしょうか」
「はは! 大丈夫さウェイシャン! いざとなったら君と私で裸で温め合えばいいんだ!」
「……遺忘界の文献だと、そういうのセクハラっていうらしいですよ」
そんな軽口を叩けるのもあと少しかと軽く絶望しそうになったその時、不意に風の音が止んだ。顔を上げると雪が止み、さっきまでの吹雪が嘘のように周囲の風が凪いでいる。
「これは……」
「ほうら見たまえ。私の言った通りだろう? 私達は死なないのだよ」
そう言ってアーノルドは空を指差した。
「迎えだ」
その瞬間、空を覆い尽くす雲が一瞬にして切り払われた。雪に閉ざされた白い闇が吹き飛び、切り裂かれた雲の上、宝石を砕いて散りばめたような星空の天蓋が広がって、周囲一帯の景色を星の灯りが浮き上がらせる。
その中央、星空の中心に、月と見紛う程に美しい一機の竜がいた。
「すごい……本当にこの吹雪の中を容易く……」
ゆっくりと降下するそれは、星の光を受けて幾重にも色を変える美しい翼をもつ機械だった。大きさは十五メートルにも達し、その巨体からは想像もできないぐらい優雅に、まるで重さを持たない羽毛のように空を舞う。
かつては様々な呼ばれ方をした自立思考飛行兵器達。この時代に生きる人々は彼らを見たままに、竜と呼んでいた。
「助かったよウシュムガル君! 危うく永久に凍結保存されるところだったよ!」
『ちょっとおじさん? その呼び方は可愛くないからやめてってば!』
雪の上に降り立った竜の胸部が開き、一人の少女が姿を現す。
年齢は十五そこらといったところ。ところどころにダイヤがあしらわれた黒いドレスを身に纏い、竜の躯体と接続する為の合金製の腕を持ったブラウンのショートカットの少女だった。その右目に眼帯をつけており、残った左目いっぱいに無邪気さを浮かべて笑顔を見せる。
「ボクの事はもっと可愛く、ウーシュちゃんって呼んでね!」
「おおすまない! そうだったね!」
気軽に竜と軽口を交わすアーノルドを横目にとりあえず命は助かりそうだと安堵するウェイシャン。その時竜の躯体の背中から一人の少年が降りるのを見つける。
「貴方は……まさか彼女のナビゲーターなのですか?」
「はい。クルタ・アズライトです」
寒冷地用のフライトスーツに身を包んで丁寧にお辞儀をする少年。しかしその年齢はどう見てもまだ十歳にも満たない少年に見えた。褐色の肌、しかしアーノルドとは違いアジア系の見た目である。肌の色を際立たせるような銀髪の髪は、またその他の人種の血を連想させる。
「すごいですね。その年齢でこんな悪天候の中を……」
「……どうも」
「おーい、ウェイシャンちゃん行くよ」
クルタとの話もそこそこに、アーノルドに急かされてウェイシャンは歩を進める。
雲が晴れたその場所にあったのは、文字通り天までつながる長大なワイヤーだった。その先は遥か天空の彼方に消えて見えない、しかしその太さはたった二メートルにも満たない。
そしてその根元には、軌道エレベーターを管制する施設の遺構が残されていた。
「どう? 使えそう?」
「ふうむ、どうかな? まずは中を見てみないと」
そう言ってアーノルドは足元をコンコンとブーツのつま先で叩く。すると次の瞬間、ウーシュが足元の鉄板を掴み、カサブタでも剥がす様に雪を散らして引っぺがした。
白い雪煙に目を細めるウェイシャン、だが次の瞬間その向こう側から何かが飛び出した。
「ッ⁉」
「おっと」
金属がひしゃげる重たい音がすぐ目の前で響いた。見るとウーシュに殴り飛ばされた四本足の四角い機械が、ぎしぎしとエラーを吐き出して停止した。
「無人防衛機(オートマトン)……? まさか、まだ動いているだなんて」
「それだけ期待できるって事だね。行こっか」
地下へと歩を進める四人。いくつかの隔壁をウーシュがこじ開け、辿り着いたその場所を見てアーノルドは歓喜の声を上げた。
「素晴らしい! 最高の状態じゃないか!」
かつて、地球全域を汚染して破壊し尽した大戦から七千年、地球が本来の機能を取り戻し古い時代の何もかもが風化していく中で、それでも旧世界から残り続けた物があった。
それこそがかつて兵器として運用された竜と、その根幹をなす半永久的に稼働する動力炉、水素を無尽蔵に電力へと変えるパラジウムリアクターである。
目の前にあるのは軍用に製造され今なお稼働する巨大なリアクターだった。
周囲の計器は淡く発光し稼働状態が良好であることを示していて、それを目の前にしてアーノルドは目を輝かせる。
「これで最後の中継地点が揃った……ウェイシャン君! ここをラピスラズリコロニーと名付ける! すぐに移民を集めろ! ここの電力を使い五年以内に居住区を作る!」
「了解いたしました。それでは……」
ウェイシャンの声が興奮で上ずった。
骨を折る大変な夢物語だった。だがそれが実現可能だと分かった途端全身に鳥肌が立つ。
「ああ、ここから十年以内にドラグーンフラッグを開催する」
「ドラグーンフラッグ?」
首を傾げるクルタに、アーノルドは抑えきれない笑いを浮かべて答えた。
「そう、この惑星を舞台に開催される史上最大の興行……竜達のエアレースだ!」
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