第一章 宝石となった世界
第1話 目覚め
まず最初に働いた感覚は聴覚だった。暗闇の中、ゆっくりと起き上がる意識の中で誰かが話している声が聞こえてくる。
「いやーまさかラピスラズリコロニーの真下にまだ人が残っていただなんて……」
「僕が見つけなかったらどうするつもりだったんですか。きちんと仕事をしてください」
「ひ、酷い!」
意識の端で若い男女のそんな会話が聞こえてくる。
次いで彼は自分が今ベッドに横たえられていることに気づき、僅かに手足をよじらせて拘束されていない事を確認する。
――なんだ……? ここは一体……?
上下の感覚さえもあいまいなままゆっくりと目を開ける。数秒かけてぼやけている視界がはっきりとし始め、目の前の光景がはっきりと輪郭を帯びていく。
目の前に茶色がかった髪をした少女の顔があった。
「おはよ。目、覚めた?」
「……?」
こちらと目が合うと、にっといたずらっぽく笑う。年齢は十五歳にも満たないぐらいの、右目に黒い眼帯をつけた幼い雰囲気の少女だった。
残った左目でじいっとこちらの顔を覗き込むと、動けずにいる少年に対して親し気に問いかける。
「こんにちはー。初めまして……でいいのかな?」
「……誰、だ。お前は」
「あはは、そーだよね? ボクの顔なんて知ってるわけないもんねー」
そう言うと少女はよいしょと立ち上がり、話し込んでいた二人の男女に声をかける。
「おーい、目を覚ましたよ彼」
「っ! よかった! 無事だったんですね!」
そう言ってこちらに駆け寄ってきたのは、細い目をした髪の長い女性だった。
一目でアジア系と分かる黒い髪と顔立ち。年齢は二十代後半から三十代前半というところだろうか。白いシャツに黒のスラックスを履いた、事務官らしい服装をしている。
「初めまして! ご気分はいかがですか⁉」
「……」
「あの……気分は……」
「いいわけがないでしょうが。代わってくださいウェイシャンさん」
反応がない事に不安を覚えるウェイシャンを押しのけ、前に出てきたのは浅黒い肌をした少年だった。
グレーを基調としたシャツを身に纏い、銀色の髪と赤い目をした極めて整った容姿の少年。身長は目測でも180センチを優に超えている。
だがその顔には、右あごの付け根辺りから頬にかけて大きな目立つ古傷があった。
「僕の名前はクルタ・アズライトといいます。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
年齢に見合わない丁寧な口調。恐らくこの場にいる人間の中で最も立場が上の人間であることが推察できる。
「……ナグモ・ヨウだ」
「貴方はどこから来たのですか? 何か覚えている事はありますか?」
「……いや」
自分の名前を名乗って、その時点でヨウは違和感に気づいた。
自然と口をついた自分の名前。しかしそれ以外の情報が何一つ思い出せない。どこで生まれたのか、家族はいるのか、自分が誰なのか。何もかもが空っぽで開示できる情報が自分の中に一つとしてない事に困惑する。
「なになに? きおくそーしつ?」
「……と言ってもいいものか。ウシュムガル、本当にこの人は貴女が生きた遺忘界の人間なのですか?」
「くーるーたーちゃん? ボクの事はウーシュって可愛い方の呼び方で呼んで欲しいんだけど? もしくはウーシュ様でも可!」
「……ウシュムガル・ダイヤ・テンペストさん。この人の事はご存じですか?」
「一番かわいくない呼び方にしたなコイツ……」
むーと膨れるウーシュだったが、自分の意見を変える気配のないクルタに折れたのか、ため息交じりにウーシュはヨウの顔を見下ろして答えた。
「間違いないよ。この子の顔は大戦の中で何度か見てきたし、印象に残ってるもん……まあこんなに若い姿じゃなかったけどね」
「ま、間違いないんですか? 私は未だにそんな人がいただなんて信じられないんですけど」
「ウェイシャンちゃんまでボクの事疑うのー? 信用無いなぁ」
半信半疑の様子のウェイシャンに、視線をヨウから外さないままにウェイシャンは言った。
「この子の名前はナグモ・ヨウ。七千年前の大戦を戦い抜いた歴戦の空兵だよ」
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