ミオ・アイオライト③
「ヨウ! 返事をして! ねえ!」
くぐもった意識の中、必死に名前を呼ぶミオの声で僅かに意識が揺り戻される。
――ああ、そうか……どうしてあんな昔の事を思い出したのかと思ったら。
もう四十年以上も前の、ミオと結婚を約束をした日の事を思い返していた。腹の焼けつくような痛みに気づき、ふと腹部を見ると幅十センチほどの鉄骨が腹を貫通していた。
笑えるほどに分かりやすい致命傷。もうすぐ落命しようという老人に必死に縋りつくミオ。それを見てヨウの頭に過ったのは、どうしようもないぐらいの申し訳なさだった。
「……ん、な」
「ヨウ⁉ 気が付いた⁉」
「……め、ん…………やく、そく……」
「どうしたの⁉ 何が言いたいの⁉」
消え入る様な言葉を何とか拾おうとぴたりと耳を口元に近づける。ヨウは喉の奥からごぼりと血をこぼして、その言葉を振り絞った。
「約束……ずっと一緒……って、いった……のに……ごめん……な……」
「……っ! そんなこと……そんなこと言うなあ! なんで! こんなの嫌だよ! 死ぬな死ぬな死ぬな!」
血と共に命が流れていく。もう指一本動かす力もない中で、ミオ一人を残して逝くことだけがどうしようもなく心残りだった。
――だけどまあ……よく頑張ったよなぁ。
ミオと出会ってから半世紀。こんな時代の中で齢六十を超えるまでよく戦えたものだ。
もう既にこの地球は限界に近い。地球最後の日などという陳腐な言葉が、今やすぐそこにまで迫ってきている。
ミオとは喧嘩もしたし共に泣いたり喜んだりもした。出来る事なら生きて一緒にこの世界の終わりを見届けたかったが、そればっかりは人間である自分にはどの道無理だっただろうから諦めるしかない。
それにやっぱりミオが生きていてくれて良かったとも思ってしまう。共に戦って敗北し、本来ならば二人そろって殺されてもおかしくなかったが、ヨウを失ったミオを戦う相手と見做さずそのまま飛び去ってくれたのは、ありえない程の幸運だった。
一つだけ心残りがあるとすれば、ミオとの間に子供が欲しかったということだけだ。
――はは、馬鹿な事言ってら……。
いい加減何かを考えるのも疲れてきた。このまま眠ってしまおうと目を閉じたその時、そっとミオがヨウの頭を撫でた。
「……ヨウ、大丈夫だ。君は死なせない」
そう言うとミオはふっと笑みを見せた。涙で泣き腫らしたくしゃくしゃの顔で、血の気が失せて真っ白になったヨウに囁く。
「ずっと考えてた……私と君との間にもしも子供が生まれるのならどんな名前がいいか」
「……み、お?」
「レノ、それが私達の子供の名前だよ」
そこで視界が急激に暗くなっていく。最後までミオの顔を見ていたいのに、ミオの姿はどんどんと遠ざかり、その中で声だけがくっきりと耳に届いてくる。
「きっと私に似て甘えん坊さんで泣き虫だから……だから、この先の世界で面倒を見てあげてね」
やがて意識が消失する。その直前、陽だまりの様に温かな声が最後に耳に届いた。
「おやすみヨウ。ずっとずっと……いつまでも愛してる」
そうしてヨウの意識は途切れ、そのまま肉体は活動を停止した。
その後間もなく、人類は滅びの道を選び、地球上から人間という生物は一人残さず消え去ってようやく大戦は終わりを告げる。
そしてそれから、七千年の時が流れた。
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