私は人間

音無來春

I am human

 私は目覚まし時計の音と共に、朝7時30分に起きて、カーテンを開けました。人間らしく会話できるようニュースを流しながら、朝食の準備をしていきます。

 トーストを焼き、イチゴジャムを塗り、コーヒー牛乳で胃に流し込みます。

 規則正しく人間らしく、毎朝の食事を同じ時間に取る事を心がけています。

 歯を磨き、顔を洗い、作業着に着替え、寮を出て、職場に赴きます。

 社会人は10分前行動が基本です。本当は8時15分からですが、8時5分。同僚たちと同じ列に加わり、朝礼を開始します。

 まず班長が前に出て、社訓を読み上げます。

 そしてみんなで社歌を歌い、ラジオ体操を開始します。軽快なリズムが流れ、音声に従って体を動かしていきます。

 周囲の人はあくびをかいたり、気だるそうに手足をふにゃふにゃとさせています。

 それに対して、私はしっかりと手足を伸ばしていきます。キビキビとハキハキと勢いよく、左右上下に体を動かします。

 朝礼が終われば、私たちはいつもの作業工程に入ります。

 組み立てるのはロボットのパーツ。

 私のラインは右腕。流れてきた部品を組み立て、ねじを締め、外装を取り付けます。

 出来上がった腕をラインに流して、次にやってきた腕を組み立てます。

 何百回も何千回も何万回も繰り返してきた、作業工程であります。

 ミスは許されません。ですが、私は人間なので、ごくたまに間違えます。

 その場合即座に機械が検知して、失敗を周囲に知らせます。

 すると班長がため息をつき、冷ややかな目を光らせながら、私に詰め寄ります。

 なぜまた間違えたんだ。原因は。改善点は。もうやるなよ。

 などと散々言われた後、私は再び作業工程に戻ります。

 言葉には出していませんが、出来損ないのポンコツと言われているようでした。

 そして繰り返します。

 12時の昼休憩まで延々と同じ工程を繰り返し繰り返し繰り返し、繰り返します。


 ここでやっと昼食を取ります。

 社員食堂が配備されており、いつもそこで注文しています。私は健康に気を付けているので、魚を食べるようにしています。

 アジのフライ定職を頼みました。ベジタブルファーストで付けわせのキャベツを先に食べます。ソースをかけて、アジフライをかじり、ご飯をかきこみ、みそ汁を飲みます。

 とってもおいしいです。


 昼食を取った後は同僚の皆様と会話します。

 我が社はSDGsを尊び、ポリティカルコレクトネスを信条にしていますので、男女問わず様々な年齢の方々がいます。

 若い20代から6,70代の高齢の方。何年もこの職に就いているベテランの男性からパート勤務の主婦の女性まで。国籍も多様で、ベトナム人の方やフィリピン人の方までいて、多くの人種にも配慮されています。

 みんな私にやさしく、失敗を気にするなと励ましてくださいます。

 とってもいい人たちです。

 そんな方々と一緒に働けて光栄に思います。


 午後になると私は組み立てからのローテーションで、検査作業に入ります。実際にロボットを動かし、ちゃんと起動するか命令を聞くかを確認します。

 確認出来たらシートに書いてあるチェックをペンで付けていきます。ここで不備を見落としてしまっては、会社の信用に拘わってしまいます。 手を抜くわけにはいきません。

 しかし私は出来損ないのポンコツなので、手を抜いているわけでは無いのに、誤作動を見落としてしまいました。ダブルチェックの人が気付いてくれてよかったです。

 再び班長が顔を曇らせて、私に小言を浴びせます。

 使えない、ロボット以下、もう辞めちまえ。そう言われているようでした。

 しかし近頃就職難でろくに仕事がありませんので、辞めたくても辞めるわけにはいきません。

 私はぺこぺこと謝って、許していただき、再び作業工程に戻ります。

 ロボットの手を動かして足を動かして胴体を動かして頭を動かします。

 そして繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し、繰り返して午後の工程は終わります。

 一日の仕事を終えた私は、コンビニで夕食を買い、社員寮に戻ります。スパゲッティとソーセージ、ビールを買って帰ります。

 家に帰りました。

 人間らしく食事を取り、人間らしく酒を飲み、人間らしく風呂に入ります。

 人間らしい作業工程を全て終え、パソコンの前に座ります。


 それから私は、神になる事ができます。

 仕事中に考えていた思考を全10万字の文章に一瞬で生成し、小説サイトにアップします。

 すると一瞬で莫大なPVが付き、感想やレビューが付いて、コンテストの大賞に受賞します。そしてワンクリックで書籍化、コミカライズ、アニメ化が決定し、電子データ上にアップされます。視聴者数はうなぎのぼりで、すぐに日本の人口を超えた数字に達します。

 膨大な賞賛と、祝福と、いいねに見舞われた私の脳にドーパミンが生成されて、アルコールと共にとっても気持ち良くなります。

 麻薬じみた多幸感に包まれた私は、人間らしく午後0時を回る前に床へ着きます。


 そして朝がやってきて、人間に戻ります。

 ニュースを流しながら、トーストを焼き、イチゴジャムを塗り、コーヒー牛乳で胃に流し込みます。歯を磨き、顔を洗い、作業着に着替え、寮を出て、職場に赴きます。

 朝礼を開始。班長が前に出て、社訓を読み上げ、社歌を歌い、ラジオ体操を開始します。

 朝礼が終われば、私たちはいつもの作業工程に入ります。

 組み立てるのはロボットのパーツ。

 私のラインは右腕。

 繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し、繰り返します。


 永遠に続く繰り返しの毎日の一瞬、一秒、この時間こそが。

 まさに私が人間である証拠なのでございます。

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