2 付与術師のFさんのケース【ざまぁ編】

 パーティ追放から一ヶ月後――


 冒険者ギルドの受付嬢は目を丸くしていた。


 その視線の先には、俺が持ち込んだモンスターの死体があった。


 長年誰も手を出せないでいた洞窟の主、レッドドラゴンである。


「またAランクのクエストに成功したんですか。絶好調ですね、フリッツさん」


「俺なんて大したことないですよ」


 そう答えたのは、決して謙遜というわけではなかった。


 受付嬢に理由を説明するため、また本人に感謝の気持ちを伝えるため、俺は背後の人物に目をやる。


「ただ組んでる相手に恵まれただけです」



          ◇◇◇



「元のパーティを見返したくないですか?」


「そりゃあ、できるものならしたいですよ」


『ざまぁ代行』を名乗る男に、俺は愚痴っぽい返事をかえしていた。


【攻撃力増加Lv1】のような初歩的なスキルを、【多重詠唱】というレアなスキルで重ねがけすることで、高レベル並みの強化を行っていた。


 しかし、そう説明したにもかかわらず、パーティメンバーたちは誰も信じてくれなかった。それどころか、「追放されたくないからって下手な嘘をつくなよ」と嘲笑さえしてきたのである。とても許せそうになかった。


いにしえの賢人がこんな言葉を残しています。〝最高の復讐とは、幸福な人生を送ることだ〟と。

 ですから、フリッツ様がすべきことは、元のパーティよりも居心地のいいパーティを作るということになるでしょう。そのために、あなたにぴったりの冒険者を弊社がご紹介させていただきます」


 追放されてしまった冒険者のために、業者が代わりにもっといいメンバーを見つけてくれる。社名の『ざまぁ』とは、そういう意味だったようだ。


 早速とばかりに、男は持っていたかばんから書類を取り出す。


「今回フリッツ様におすすめしたいのはこちらの方です。彼女はずっとゲストメンバーとして活動されていました」


 ゲストメンバーとは、普段はソロで活動し、依頼された際にだけ一時的にパーティに所属する冒険者のことを指す。スポット参戦者などとも言う。


「それのどこが俺にぴったりなんですか?」


「まだ若いのに、何人もの付与術師と組んだ経験があります。それだけに、フリッツ様の付与魔法が、ただの【攻撃力増加Lv1】ではないと理解してくれるはずです」



          ◇◇◇



『ざまぁ代行』の見立ては完璧だった。


「組んでる相手に恵まれたのは私。フリッツの【多重詠唱】は最高のスキル」


 俺の話に対して、槍術士のソニアはそう答えてきたのだ。


 ゲストメンバーには群れたり馴れ合ったりを嫌う者が多い。実際、顔合わせの時には、ソニアもいかにも一匹狼という様子だった。


 しかし、俺が初クエストで【多重詠唱】を使って以来、先程のように態度がガラリと変わっていた。おそらく、実力を認めてもらえたからだろう。


「付与魔法は能力を強化するだけだからな。ソニアの素の実力が高いおかげだよ」


「何十回も強化してもらえれば、どんな凡人でも英雄になれる。フリッツと組めてよかった」


 俺がソニアを褒めると、ソニアは俺を褒めてくる。だから、いつものように「ソニアがすごい」「フリッツがすごい」と褒め合いが始まる。


 けれど、今日はほどなくして中断されてしまった。


 隣のカウンターから、険悪な雰囲気が漂ってきたからである。


「また失敗したんですか? 達成できないクエストを受注するのは、迷惑行為として罰金を請求するって言いましたよね?」


「あ、新しい付与術師が使えないのが悪いんだ。【攻撃力増加Lv5】とか言ってたくせに、【Lv1】よりしょぼいんだから」


 そう受付嬢に言い訳をまくしたてる男を、俺はよく知っていた。


 元いたパーティのリーダーだった。


 リーダーやメンバーたちは、一人残らず負傷していた。受付嬢の言う通り、モンスターに返り討ちにされて帰ってきたらしい。


 そのくせ、まだ俺のスキルを、単なる【攻撃力増加Lv1】だと思い込んでいるようだ。まったくどうしようもないな、こいつらは。


 ……と、呆れるような憐れむような視線を向けたのが失敗だった。リーダーと目が合ってしまったのである。


「フリッツ、お前が頭を下げて頼むなら、パーティに戻してやってもいいぞ」


 お前ら全員が束になっても、ソニア一人の足元にも及ばない。


 それにお前らと違って、ソニアは【多重詠唱】の話を信じてくれた。


『ざまぁ代行』に真の仲間を紹介してもらったあとで、元のパーティに戻る理由なんて何一つなかった。


「もう遅い!」

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