ざまぁ代行「モーオソイ」

蟹場たらば

1 付与術師のFさんのケース【追放編】

 もしかしたら、あいつらが謝りにきたのかもしれない。


 宿屋のドアをノックされた時、真っ先にそんな考えが俺の頭をよぎった。簡単に許す気はないことを示すため、わざとゆっくりドアを開けに行く。


 しかし、来客の顔に見覚えはなかった。


 年は十八の俺より、上に五つか六つ離れている程度だろう。ただ、格好は大きく離れていた。


 仕立てのいいスーツ、よく磨かれた靴、なでつけた髪…… モンスター討伐者冒険者の俺とは縁遠そうな紳士だった。


「フリッツ様、あなたはパーティを追放されたそうですね」


 男は開口一番にそう言った。話題が唐突すぎるだろう。そして、それ以上に無礼すぎるだろう。


「冒険者ギルドの方から聞きましたよ。フリッツ様はいわゆる付与術師だそうで」


 付与術師とは、【攻撃力増加】や【火属性付与】といったスキルで、パーティメンバーの能力を強化する職業である。直接モンスターと戦う剣士や魔術師に比べて地味だが、彼らを実力以上に戦えるようにするという役割は重大だった。


「ただ使えるのは【攻撃力増加Lv1】を始め、低級なものばかりだとか。そのことが原因で追放されたんですよね?」


 話を聞いてもらえない悔しさは、つい最近味わわされたばかりである。そのため、最後まで聞いてから判断しようと、これまではエセ紳士に何を言われても我慢していた。しかし、さすがに今の発言に対しては黙っていられなかった。


「それは――」


「レベルの低さを補うために、【多重詠唱】のスキルを使って、一度の詠唱で何回も付与魔法をかけていたというのに」


 俺の反論を遮ったかと思いきや、男は俺の反論を代弁し始めた。


 驚いたことに、彼は【多重詠唱】の話を信じてくれているらしい。


「パーティの皆さんには、説明されなかったんですか?」


「したさ。でも、誰も信じてくれなかったんだ。〝【多重詠唱】なんて聞いたことない〟ってな」


 通常の【攻撃力増加Lv1】単体とは、明らかに強化の度合いが異なる。それにメンバーたちとは新人時代からずっと組んできた仲だった。だから、前例のないスキルとはいえ、話せば分かってもらえると思っていた。


 だが、そうはならなかった。「追放されたくないからって見苦しいぞ」「もう少しマシな言い訳をしたら?」「無能は何をさせても無能ですね」…… メンバー全員から嘘つき扱いされてしまったのだ。


「確かに【多重詠唱Lv7】で、一度に十回以上も重ねがけができるなんて驚きです」


「……なんでレベルまで知ってるんだ?」


【多重詠唱】の時点で、メンバーたちはすでに俺の話を聞く気をなくしていた。だから、レベルまでは伝えていなかった。この男が情報を入手するのは不可能なはずだろう。


 かといって、偶然【Lv7】だと言い当てたとも考えにくい。スキルのレベルは1から9まで存在するからである。


「フリッツ様には及びませんが、私もそれなりのスキルを持っているんですよ。〝他人のステータスを鑑定できる〟というね」


 男は自身の目を指で示す。一瞬、瞳に閃光が走る。


 しかし、攻撃力や所持スキルなどが表示されるステータスウィンドウは、本人にしか確認できないというのが、この世界の常識だった。また、他人のステータスを確認できるスキルがあるという話も聞いたことがなかった。


「フリッツ様は、他にも【開墾】のスキルを持ってらっしゃいますよね?」


 農業向けのスキルを持っていると周りに知られたら、農民になるように勧められるかもしれない。けれど、幼少期にモンスターから村を救ってもらったことのある俺としては、冒険者以外の仕事に就く気はなかった。


 そのため【開墾】のことは、これまで誰にも教えていなかった。どうやら「他人のステータスを鑑定できる」という男の話は真実のようだ。


「そんな人が、俺に何の用ですか?」


 相手の大物ぶりを察知して、俺は思わず敬語になっていた。


「申し遅れました。私はこういう者です」


 待ち構えていたかのように、男はよどみなく名刺を差し出してくる。


 この若さで彼はすでに経営者だったらしい。また初めて来たので知らなかったが、この街に店を構えているようだ。


 だが、何をする店なのかは、社名を見てもさっぱり分からなかった。


『ざまぁ代行「モーオソイ」』


 パーティを辞める意思を代わりに伝えてくれる『退職代行』なら聞いたことがある。しかし、『ざまぁ代行』とはいったい……?


 俺が訝しんでいると、男は底知れない笑みを浮かべてくるのだった。


「元のパーティを見返したくないですか?」

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