第7話 ​喜多方・猪苗代編:霊障と銀幕の貴公子

 芥川治の「天命の旅」は、中国の地から突如として日本の、それも福島県・会津へと舞台を移します。中国での「放伐」と「仁」の洗礼を受けた治でしたが、彼の脚本脳は予測不能な飛躍を遂げたようです。

 喜多方:啜り込む「混沌」

​ 中国での血生臭い逃走劇から帰国した治は、疲弊した精神を癒やすべく、なぜか福島県喜多方市に立っていた。

「…『仁』も『法』も、腹が減っては書けぬ。今はただ、多加水麺の喉越しが必要だ」

​ 早朝の喜多方。人気店『坂内食堂』の行列に並びながら、治はノートを開く。しかし、そこには中国の兵法家ではなく、東北の湿り気を帯びた怪異の予感が滲み始めていた。

​「麺が黄金色に輝いている…まるで、猪苗代湖に沈む伝説のようだ。…待てよ。この地には、あの**『亀姫』**が眠っているのではないか?」

​ チャーシューを口に運んだ瞬間、治の脳内に「最凶のヒロイン」の構想が降りてきた。

 猪苗代城跡:亀姫の襲撃

​ 腹を満たした治は、導かれるように猪苗代城(亀ヶ城)跡へと向かった。

 そこは、猪苗代湖を見下ろす静謐な廃城。しかし、治が足を踏み入れた途端、周囲の気温が急激に下がり、湖から吹き上げる風が女の啜り泣きに変わった。

​「…脚本家よ。わらわの眠りを妨げるのは誰じゃ?」

​ 霧の中から現れたのは、巨大な亀の甲羅を背負い、青白い炎を纏った女の怨霊――亀姫。その姿は、治がかつてドラマで見た、冷酷な美しさを持つ名女優(イメージ:寺島しのぶ)の形をしていた。

​「な、なんだ君は! 私はロケハンに来ただけだ!」

「お前のノートに、わらわの悲劇を書き加えよ。さもなくば、その命、湖の底へ沈めてくれよう!」

​ 亀姫の放つ冷気が、治の指先を凍らせていく。中国での物理的な暴力とは違う、抗いようのない「霊的暴力」。治は絶体絶命の窮地に陥った。

 救世主召喚:天命のメロディ

​ その時、治の脳裏に、この東北の地を象徴する「陽」のエネルギーが閃いた。

「…陰の気には、圧倒的な『スター性』と『明るさ』をぶつけるしかない! 召喚せよ、銀幕の御三家!」

​ 治が凍えそうな手でノートに**「橋幸夫」**と書き殴った瞬間、猪苗代城の石垣が黄金色にライトアップされた!

​(BGM:『いつでも夢を』の軽快なイントロ)

​霧を切り裂いて現れたのは、完璧に整えられたヘアスタイル、眩いばかりの着流し姿。

 **橋幸夫(本人・全盛期の輝き)**が、マイク代わりに十手を握りしめ、颯爽と現れた。

​ 橋幸夫:「おやおや、お嬢さん。そんな怖い顔をしちゃ、せっかくの美人が台無しだよ」

​ 治:「は、橋幸夫さん! 助けてください! 亀姫が、僕を脚本ごと飲み込もうとしています!」

​ 決戦:『潮来笠』の放伐

​ 橋幸夫は、爽やかな笑顔を浮かべたまま、亀姫に向かって一歩踏み出した。

​ 橋幸夫:「潮来の伊太郎、ちょっと通らせてもらうぜ。ハッ!」

​ 橋幸夫が十手を天に掲げると、その声が音波の壁となって亀姫の冷気を押し戻す。

 亀姫は、その圧倒的な「スターのオーラ」と「朗々たる歌声」に、言葉を失って後退りする。

​ 橋幸夫:「脚本家さん、今のうちにトドメを! 彼女の孤独を、僕の歌で包んであげるから!」

​ 治:「わかりました! 脚本修正! 亀姫は、橋幸夫のコンサートを最前列で見て、成仏する!」

​ 治は震える手で、ノートに新たなシーンを書き込んだ。

「亀姫は、その怨念を、ペンライトを振る情熱へと昇華させるのである!」

​ 光の中に、亀姫の姿が透けていく。彼女は最後に、うっとりと橋幸夫を見つめ、満足げに消滅した。

​ エピローグ:次なる舞台は「幕末の狂気」

​霧が晴れ、静寂が戻った猪苗代城跡。橋幸夫は、治にウィンクをして、再び光の中に消えていった。

治の手元には、太公望、孔子、そして橋幸夫のサイン(?)が混在する、カオスな脚本ノートが残された。

​「…次は、この『スター性』と『思想』を融合させねばならない。幕末だ。幕末の京都で、あの男を召喚する」

​治はノートの次ページを捲り、新たな名前を書き込んだ。

​「新選組・土方歳三。演じるは――岡田准一」

​ 治は、喜多方ラーメンの余韻と、橋幸夫の歌声を胸に、次なる戦地・京都へと向かう列車に飛び乗った。

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芥川治の冒険 鷹山トシキ @1982

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