第2話 ​閑話:九鼎の秘密

​ 夏王朝初代皇帝、**(阿部寛)**の治世。

​ 黄河のほとり、治水事業の拠点であった場所には、今や壮麗な宮殿が建ち、中華最初の王朝の威容を誇っていた。宮殿の一室には、禹が全国の金属を集めて造らせたという伝説の**「九鼎きゅうてい」**が並んでいる。九鼎は、天下九州の象徴であり、天命が夏王朝にあることの証であった。

​ 禹は、壮年となり、その顔には長年の治水事業で培われた苦労と、民を愛する深みが刻まれている。彼は、九鼎を前に、深く息をついた。

​「この九鼎がある限り、夏は安泰。これは、父が、祖父(黄帝)が残してくれた知恵と秩序の結晶だ」

​ 彼の前には、武骨な甲冑を纏った一人の将軍が控えている。夏王朝の筆頭将軍、羿げい

 演じるは、その鋭い眼光と力強い体躯を持つ北村一輝。

​ 羿は弓術の達人であり、後の世には太陽を射落とした英雄として伝説に残る人物だが、今はただ、禹に忠実な将軍であった。

​「陛下、九鼎の守りは万全でございます。しかし、最近、東方の部族が不穏な動きを見せております。彼らは未だ、黄帝様の定めた秩序に従おうとはせず、独自に力を蓄えている模様」

​ 羿の言葉に、禹は静かに首を横に振った。

​「彼らもまた、この中華を構成する一部だ。力で屈服させるのではない。治水と農業の恩恵を広め、自ら秩序の中に加わりたいと思わせるのだ。羿よ、それが父祖の教えだ」

 ​禹と羿は、文明の黎明期における「武力」と「文治」のバランスを象徴していた。しかし、この平穏は、長くは続かなかった。

 第三章:暴君の誕生と退廃

​ 約三百年後。

​夏王朝は末期を迎え、最後の帝、**けつ(窪塚洋介)**の治世にあった。

​ 宮殿は、豪華絢爛にして退廃的な雰囲気に満ちている。九鼎は、かつては神聖な天命の象徴であったが、今やただの巨大な装飾品と化し、その周囲では、裸に近い美女たちが、酩酊した桀の周りを踊り狂っていた。

​ 桀は、端正な顔立ちをしていたが、その眼差しには理性を欠いた狂気が宿っている。

​「愚かな!朕は、天の太陽だ!朕の命こそが、この世の全てだ!」

​ 彼は、宮殿の中央に造らせたという**「酒池肉林しゅちにくりん」で宴を張っていた。肉を吊るした森、酒を満たした池。彼の周りには、忠臣はいなくなり、媚びへつらう側近たちと、愛妾の末喜ばっき(菜々緒)**だけがいた。

​ 末喜は、妖艶で残酷な笑みを浮かべ、桀をさらに退廃へと誘う。

​「陛下は、太陽。太陽の力は、衰えぬ。気に入らぬ臣は、あの九鼎のそばで、八つ裂きにしてしまいましょう」

​ その頃、夏王朝の威光は衰え、東方の諸侯たちは、桀の暴政に苦しみ、離反の機を窺っていた。

​  

 第四章:湯王の出現と天罰

​ 東方の一諸侯、いん

 ​その地を治めるのは、湯王とうおう(堺雅人)。彼は、落ち着いた佇まいの中に、深い知性と民を思う慈悲の心を持つ、傑出した人物であった。

​湯王の領内は、桀の暴政から逃れてきた人々が集まり、豊かさと秩序を保っていた。彼は、質素な服装を好み、宮殿よりも農地を視察することを重視した。

​ 湯王は、心から憂いていた。

​「桀王の暴虐、もはや天の怒りを知らぬ域に達している。人々は苦しみ、夏王朝の天命は尽きようとしている」

​ 彼に仕える宰相、**伊尹いいん(香川照之)**が静かに進言する。

​「殿、天は暴虐を許しません。今こそ、東方の諸侯を糾合し、放伐ほうばつの大義を掲げる時です。人々は、殿こそが、新しい秩序をもたらす指導者だと信じております」

​ 湯王は、まだ踏み切れずにいた。夏王朝は、黄帝以来の正統な「天子」の系譜だ。その天子を討つことは、天命に逆らう行為ではないか。

​「しかし、禹王が築かれた夏王朝を、私がこの手で滅ぼして良いのか…」

​ その時、衝撃的な知らせが届いた。

​「報!大将軍・羿が、桀王によって処刑されました!」

​ 羿は、桀の暴政を諌めたために、ついに疎まれ、無残にも殺されたのだ。九鼎のそばで、その血が流されたという。

​湯王は、静かに目を閉じた。

​「秩序の守り人であった羿を、暴君が討ち取った。これは、夏王朝が、もはや自ら秩序を放棄し、『混沌』を選んだことを意味する」

​彼は、ゆっくりと立ち上がった。その目は、迷いを断ち切り、強い決意に満ちていた。

​「天命は、我が殷にある。伊尹よ、兵を起こせ。この湯、天に代わって、暴君・桀を討ち、新しい秩序をこの大地にもたらす!」

​  

 最終章:鳴条の戦い

​ 紀元前1600年頃。

​湯王が率いる殷の軍勢と、桀王が無理やり招集した夏の残兵は、**鳴条めいじょう**の地で激突した。

​ 湯王は、兵士たちを前に、檄を飛ばす。

​「我が軍は、私欲のために戦うのではない!暴君から人々を救い、新しい『秩序』を築くために戦うのだ!天が、我々を見ている!」

​ 桀王は、酒に溺れた末の狂乱状態で、残った側近たちを鼓舞する。

​「全軍突撃せよ!朕に逆らう者は、一人残らず酒池肉林の肥やしにしてやる!」

​ しかし、兵士たちの士気は低かった。皆、桀の暴政に苦しんでおり、戦う意義を見出せない。

​(堺雅人演じる湯王が、馬上で冷静に指揮を執る姿と、窪塚洋介演じる桀王が、狂気的な表情で敗走する兵士を斬りつける姿の対比)

​ 鳴条の戦いは、殷の圧勝に終わった。桀は、愛妾の末喜とともに宮殿を脱出し、南へ逃亡を図る。

​湯王は、宮殿に戻り、九鼎が並ぶ広間へと入った。九鼎のそばには、大将軍・羿が殺された際の血の跡が生々しく残っていた。

​「禹王よ、羿将軍よ…」

 ​湯王は、九鼎に向かって深々と頭を下げた。

​「夏は滅びたが、あなたがたが築いた『知恵と秩序』の精神は滅びぬ。私が、その魂を引き継ぎ、新しい時代を築きましょう」

​ 彼は、九鼎を大切に守らせ、都を殷に移した。

​ ここに、中華二番目の王朝、**いん王朝が誕生した。湯王は、暴君を討ち、民を救った「武力」と、民の心をつかんだ「徳」によって、史上初めて「易姓革命(えきせいかくめい)」の思想を実践し、後世に語り継がれる「聖王」**となった。

​そして、時は流れる。殷王朝もまた、暴君の出現により、滅亡の時を迎えることになる。

​ この後、殷王朝末期の帝・紂王ちゅうおうの暴虐と、周王朝の始祖・周文王、周武王の登場を描く「殷周編」へと続きます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る