第二章 目覚め ―― 悲しみに寄り添う影が、彼女を選んだ。
目を開けると、天井があった。
白い。高い。
けれど、見覚えがない。
——それだけで、ここが“前とは違う場所”だと分かった。
指先が、動く。
ゆっくりと、確かめるように。
感覚がある。
冷たさも、重さも、ちゃんと伝わってくる。
(……動く。)
胸が、わずかに息を吸う。
声を出そうとして、一瞬だけ躊躇した。
それでも、唇が開く。
「……」
音が、喉を通った。
意味を持たない声。
けれど、“出た”という事実だけが、胸の奥に残る。
立ち上がれる。
ふらつきはない。
足が、床を捉える。
歩ける。
それなのに。
(……おかしい。)
身体は、戻っている。
けれど、心が置いていかれたままのような感覚があった。
そのとき、低い声がした。
「……起きたか」
振り向くと、一人の男が立っている。
近い。けれど、踏み込んではこない距離。
「——
その言葉は、淡々としていた。
名を名乗られたのに、こちらの名は呼ばれない。
それが、なぜか自然に感じられた。
蒼真は、一度だけ視線を外し、続ける。
「あなたは——この国の“影姫”だ」
影姫。
聞き慣れない言葉なのに、否定する気持ちは浮かばなかった。
理由は、分からない。
ただ、そう呼ばれる“場所”に立たされている気がした。
「……私は」
口を開いて、言葉を探す。
名前を、言おうとした。
けれど。
音になる前に、その考えが途切れた。
なぜか、今はそれを口にしてはいけない気がした。
蒼真は、何も聞かない。
名を問うことも、戸惑いを確かめることもなく、ただ立っている。
それが、この場所の“正しさ”なのだと、身体のどこかが理解していた。
「……問題は?」
蒼真が尋ねる。
短い問い。
天音——
まだ、その名を持たない私は、一瞬だけ考え、首を振った。
「……ありません」
その言葉が、思いのほか自然に出て、自分でも驚く。
蒼真は、小さく頷いた。
それで十分だと言うように。
生きている。
立っている。
歩ける。
声も出る。
それなのに、“私”はまだ、ここにいない。
目覚めたのは、身体だけ。
この世界で、何として生きるのか。
その答えは、まだ、与えられていなかった。
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