6-10
帰りは志貴さんが車で送ってくれるというので、それに甘えさせていただくことになった。
「おい、那由多」
「なーにー?」
靴を履き終えてから振り向いて、私は仰け反った。有瀬くんかと思ったら真央さんだったからだ。
うわやば、有瀬くんと間違えて気安く答えちゃった! そっか、有瀬くんは真央さんと声も似てるんだ。
「すすすすみません。有瀬くんと間違えて」
「そんなのはいい。それよりお前、昼は自分で弁当を作ってるんだってな? 明日香から聞いた」
真央さんがずいと私に寄って睨み付ける。
うひぇー、やっぱ怖ぁ……。
「え、ええまあ。真央さんほど料理上手じゃないし、時間もないんでほぼ冷食ですし、週の半分は作り忘れて買って済ませてますけど」
「そうか。だったらこれからは俺が作る。留佳に持たせるから受け取れ。不要な日があれば、弁当箱にメモを入れといてくれればいい」
親切すぎる申し出に、私は慌てて首を横に振った。
「いえ、そんなお気遣いなく! 真央さんだってお忙しいのに、そんなお手間をおかけするわけには」
「うるせえ。冷食じゃ栄養が偏るだろうが。お前らの年齢はもっと食に気を遣うべきなんだよ。わかったらしっかり受け取ってきっちり食え。苦手なものやアレルギーがあるなら前もって留佳にラインか何かで伝えとけ。だから残すなよ、いいな?」
胸倉を掴まれて壮絶な眼力で凄まれ、私は半泣き……というか全泣きで頷いた。
「有瀬くん、スマホ持ってる?」
「うん」
「連絡先、交換しとこう。恋人なのにラインも知らないのはちょっとまずいっぽい」
「うん」
真央さんが離れたところを見計らって、私と有瀬くんはラインと電話番号を伝え合った。
想像していた通り、有瀬くんのプロフ画像はデフォルトのままだったのは言うまでもない。
「……来週からは、起きれたら迎えに行く。行けそうだったらライン送る」
連絡先を交換し終えると、有瀬くんが小さく告げた。
「えっ!? お、お迎えはいいよ。お家が遠いんだからその分ゆっくり寝るべきだよ。授業中に居眠りしたら困るでしょ? それにどうせお昼になったら会えるじゃん?」
迎えという単語から、腕組み登校での肩と脇の痛みが蘇り、私は必死にご遠慮した。
まだ良さげなショルダーアーマーが見付かってないんだよ……それに、お小遣いもらえるまで超金欠だし。
「そうか……そうだな、うん」
私の言うことを大人しくきいて、有瀬くんは引き下がってくれた。
早起きは苦手だって聞いてるし、形式上の恋人というだけなのに無理させるのは私だって気が引けるもの。
と、考えて、ちくりと胸が痛んだ。
何だろう、この痛み……良心の呵責、ってやつかな?
うん、きっとそうだ。志貴さんが仲良くしてくれたのも、真央さんがお世話を焼いてくれたのも、私を息子の本物の恋人だと思ってるから。本当なら、私なんかがここにいていいはずない。私じゃなくて、有瀬くんの本物の恋人がいるべき場所なのに。
そう思うと、ますます胸が痛んだ。
うう……罪の意識がこんなに苦しいとは。志貴さんと真央さんには、いつか真実を話そう。息子さんの舌を守るためだったと言えば、二人だって理解してくれるよね。
志貴さんが車で玄関にやってきたので、私は胸をシクシク苛む痛みを振り切って助手席に乗り込んだ。
時刻はもう午後九時。いろいろありすぎて時間の感覚がなかったけど、随分と長居してしまったようだ。
「じゃあね、有瀬くん。真央さんにもよろしく伝えておいて」
玄関の外までお見送りに来てくれた有瀬くんに、窓を開けて笑顔で手を振る。
「うん。今日は楽しかった。これ、那由多にやる」
私の手に小さな何かを握らせて、有瀬くんは静かに微笑んだ。
「え、これ」
「じゃあまた学校でな、那由多。母、スピード出しすぎんなよ」
「りょーかーい! 息子の大切な恋人に傷をつけるわけにはいかないからね。そんじゃ那由多ちゃん、行っくよー!」
志貴さんは元気良く答えて、勢い良くアクセルを踏んだ。
ちょっと、首がグインってなったじゃん! 息子さんの注意、ちゃんと聞いてたの!? 有瀬くんも志貴さんの雑極まる運転を知ってるなら、もっとしっかり言い聞かせてやってよ!
恨みがましい目をリアウインドウに向けると、手を振る有瀬くんがみるみる遠く小さくなっていくのが映った。
見ていると何故か泣きそうになって、私は彼の姿が消える前にフロントガラスに向き直った。
変なの、妙に感傷的な気持ちになっちゃった。こんなふうにお別れする恋人達の映画のシーンを思い出したせいかなぁ?
ああ、今日めっちゃ泣いたから、涙腺崩壊指数がいつもより低くなってるのかも。泣ける話を立て続けに読んだ後って、葉っぱがはらりと落ちても泣けるよね。
私を早く家に帰してあげようと気遣ってくれたんだろう、志貴さんの運転は、行きより帰りの方がスリリングな通りゃんせ方式だった。それでも何とか無事故無違反で、無事に帰宅できたんだから良しとしよう……。
志貴さんとお別れして自室に戻った私は、文字通り手に汗握る状態でずっと握り締めていた掌をやっと開いた。
そこに鎮座していたのは、有瀬くんが別れ際にくれたもの。
お菓子の空き箱でも空き袋でもない――恐らく食玩だと思われるミニフィギュアだ。それもシークレットレアっぽい、ゴールドのやつ。
これって……ちゃんとしたプレゼント、だよね? でも、どうして?
う、うん。有瀬くんのことだからお菓子に釣られて買ったけど、おまけで付いてくる食玩の方には興味がなかったんだろうね。食玩はゴミと同じ扱いなのかも。
なんて、わかっていても…………どうしよう、何故かすごく嬉しい。
いやいや、プレゼントは普通に嬉しいものじゃん? どうしようとか何故とか、要らないじゃん? 素直に喜んどけばいいじゃん?
別に相手が有瀬くんでなくても……ううん、有瀬くんだから余計に嬉しい、んだよね、きっと。だってほら、ゴミ箱から人に昇格したって証だからね? そう、変な意味じゃなくてね!?
クッションに顔を埋めて懸命に自分に言い聞かせ終えると、私ははぁ、と息をついた。
ゴールデンウィークは、残り三日。学校が始まるまで有瀬くんには会えない。
あーあ、つまんないなぁ……なんて思って、私はまたはっと我に返った。
もう、本当にどうしちゃったの、私。今日一日で有瀬家の皆様からイケメン成分を多分に摂取しすぎたせいで、イケメン中毒にでもなったのかな?
やっぱイケメンって怖い。普通の女の子が下手に関わっちゃならない存在だわ!
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