LESSON 7 相合傘をしよう!
7-1
「ちょっと
「えっ……ええ? ありがとう。でも
「
「あっ……ああ、ありがとう。うん、だから城咲さんの家には行ってないんだって」
「あら、言ってなかったっけ? 私、中学から|
「はっ……はあああ!? 聞いてないよ! 初耳だよ!」
ゴールデンウィーク明けの初日。久しぶりの校庭でのランチにて、城咲さんからとんでもない爆弾発言が投下されました……。
城咲さんのご両親は現在、海外を拠点に仕事されているそうな。
中学入学直前になって、家族で本格的に海外に移住することが決定したんだけど、城咲さんはイヤだとごねて暴れて激しく抵抗したらしい。ついには、『どうしてもと言うなら留佳も一緒に連れて行く!』って宣言して、有瀬くんと自分の手を接着剤でびっちり固めるという暴挙にまで及んだんだとか。
うわー、想像できるわー。想像できすぎて怖いわー。
で、ご両親は仕方なく諦めて、お隣さんだった有瀬くんの家にお願いして、娘を預けることにしたんだって。
そういえば有瀬くんの隣、とんでもない敷地面積の大豪邸だったなぁ。
ひぇー、もしやあれが城咲さん家だったのかなぁ。
「離れて暮らす交換条件として、長期休暇の時は両親と過ごすことになっているのよ。ロスにある二人の家に行ってから、三人で旅行するのが恒例なの。今回はフランスだったんだけど、なかなか良かったわよ」
ああ……だからエッフェル塔型のペンとエッフェル塔型の歯ブラシをお土産にくれたんだ。使うのはもったいないから大事に飾っておこう。
いただきますと挨拶をし、私はやたら可愛い二段タイプのお弁当箱を開いた。
メモの筆跡は有瀬家一同が着用していた専用スウェットとは違ったから、あちらは
隅々まで舐めるようにして平らげると、私はメモの裏に『美味しかったです。豆知識もありがとうございます』とお返事を書いて有瀬くんに託した。
「あー、美味しかった! 一緒に暮らしてるなら、城咲さんも真央さんに作ってもらえばいいのに。何で自作にしたの? もったいない」
「ただ作ってくれるだけなら、私も素直に受け取ったわよ。なのにあの野郎、教えてやるから弁当作りを手伝えって言うのよ。少しは料理ができるようになった方がいいって……あんな鬼畜野郎に毎朝教わってたら、命が幾つあっても足りないわ。それに毎日自分の指入り飯を口にしなきゃならないなんて、ただの拷問じゃない。ああ、腹が立つ。不可能なことを条件にするなんて、本当に根性の悪い奴よ!」
吐き捨てるように言って、城咲さんは固形栄養補助食品をギリギリ噛み締めた。
そういえば城咲さん、料理が全くできないみたいだったなぁ。指入り飯かぁ……指を切り落とすことは前提なんだぁ……うえぇ、グロじゃん。想像しちゃいけないやつだった。
真央さんのお弁当を胃の中に守るため、私は話題を転換した。
「ねえ、城咲さんも連絡先交換しようよ。有瀬くんとはこないだ交換したんだ」
「何ですって!? 聞いてないわよ、留佳!」
「聞かれなかったから」
有瀬くんが興味なさそうに答える。彼は今、味噌和えポン菓子パチパチキャンディチーズスナックをスプーンでよそって食べることにお忙しいのだ。
となると俄然、城咲さんの矛先は私に向かう。
「真央さん対策もあって……そ、それに恋人なのに連絡先を知らないのはおかしいでしょ? 何かあった時に困るじゃん?」
が、私の言い分は聞き流され、城咲さんは私からスマホ奪い、トーク内容を確認し始めた。
「ちょっと、何スタンプ送り合ってるのよ! 私がゴールデンウィーク中に何度電話しても出てくれなかったのに!」
「寝てた」
「だったらかけ直してよ!」
「面倒臭い」
何て不毛なやり取りなんだ……と、私はひっそり涙した。
赤ちゃんに恋するとこんなに大変なのね。城咲さん、よく精神が保つよ……私なら、と考えると胸が痛くなった。
うん、自分に置き換えて想像するのはやめよう。私って感情移入しすぎるタイプだから、漫画でも小説でも自分と登場人物の境目がわからなくなってちょっとした鬱展開でも心に瀕死の重症を負っちゃうんだよね。
「あのぉ、城咲さんの連絡先は教えてもらえない方向です?」
ダメ元で再度確認してみると、城咲さんはキッとこちらを睨んだ。
「いいわよ、教えるわ! 留佳も教えてるんだから、私だって教えてお揃いにするのが正しいものね! ちょっと待ってなさいよ……ええと、どうやってコード出すんだっけ? 前にやったのは留佳のスマホが大破して全データ吹っ飛んだ時だったから……んんん? 機能が増えてる? あれ? これ? どれ? どうなってるの、さっぱりわからないわ!」
え、ええ……? えええええ……?
仕方なく、私は城咲さんに寄り添い、ラインのQRコードの出し方から登録まで、手取り足取り教えた。城咲さんは登録完了するや、私の名前を早速お気に入りに登録してピン留めまでしていた。
何となーく、そうじゃないかとは思っていた。
有瀬くんに関する以外の話題はほぼないし、同級生の話とか他の友達の話とか全く聞いたことないし、そういえば誰かと何かを貸し借りしたこともないって言ってたし。
でも今、ラインの友だちの欄を見て確信した。
表示されたのは、有瀬家の三人と『パパ』『ママ』……そして、新たに加わった私の六人のみ。
城咲さんって、友達一人もいなかったんだ……。
こみ上げる嗚咽と戦いながら、私は難しい顔をしてスマホを眺めている城咲さんに告げた。
「城咲さん、何かあったらいつでも連絡してね……用事がなくても、愚痴とか貸した本の感想とか、ちょっとした話がしたい時があれば、私で良かったら聞くから……」
「えっ? 借りた漫画の感想とか小説の見解とかドラマの考察とか映画の評価とか、それぞれ文書にしたためてる最中だったんだけど……テキスト形式でトークに投稿していいの?」
「いいんだよ、いいんだよ……そんな難儀なことしなくて。面白かったとか合わなかったとか、その程度でいいんだよ……気持ちを軽く伝えてくれればいいんだよ……!」
「あ、ありがとう、柊さん。自分の感じた思いを適切に表現できる言葉を模索しながらまとめるのって、実はとても大変だったの。そう言ってもらえて本当に助かるわ!」
輝くばかりの美貌をさらに輝かせ、城咲さんは笑顔を満開に咲かせた。
ううっ、何て頑張り屋さんなの……方向が間違っているとはいえ、健気すぎるでしょ。有瀬くんのことも含め、報われない努力に殉じる美少女とか、泣ける要素しかないじゃない、こんちくしょうめ……。
ほろり涙が落ち着くと、私は立ち上がって、ベンチの向かいでヤクルトを底から飲むチャレンジ中だった有瀬くんに進み寄った。
「有瀬くん、はい、これ」
「何だ?」
底に歯で穴を空けようとして失敗したらしく、半ばまでがっつり噛み切られた無残なヤクルトの容器から口を離して、有瀬くんがこちらを見上げる。
「青飴だよ。好きなんでしょ? ママの実家からまた大量に送られてきたの。いろいろプレゼントもらったし、そのお礼も兼ねてお裾分け。ちゃんと言ってなかったけど、ありがとね」
美しすぎる顔圧にもそろそろ耐性がついてきたので、私はしっかり彼の目を見て、改めてお礼を告げた。
差し出された紙袋と私に、視線を交互に動かしてから、有瀬くんはやっと長い腕を伸ばして受け取ってくれた。
「……俺も、ありがとう」
「ちょっとちょっと!? いろいろって何!? プレゼントはあの一回きりだったわよね!?」
有瀬くんの小さなお礼の声をかき消し、城咲さんが吠える。
「あ、予鈴鳴った。じゃあまたねー!」
あれこれ突っ込まれる前に、私は猛ダッシュで校庭から立ち去った。ふっふーん、こういう時は逃げるが勝ちなのだ。
中間テストも待ってるし、もう授業に遅れるわけにはいかないからね!
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