6-9


「わああ、すっごーい! これ全部真央さんが作ったんですか!? どれもこれも美味しそう!」


「那由多、いいから座れ」


「美味しそうじゃなくて、美味しいんだよ、那由多ちゃん! この照り焼きの輝きを見てよ、目から美味しさが伝わるだろう!?」


「志貴、お前もとっとと座れ」


「良かったな、那由多。舌も魂も尻子玉も抜かれなくて。おかげで飯が食えるぞ」


「留佳、お前はそこで正座だ」



 広いダイニングテーブルには、所狭しとお料理が並んでいる。彩りもさることながら、お皿のチョイスまでセンスが良い。

 これが全部真央さんの作だなんて、すごすぎて言葉も出ない。見た目だけじゃない。お米一つ取っても、ほっぺが落ちそうなほど美味しい。


 ちょいとムチってた頬肉が気になってたから、ちょうどいいや! 食べて顔痩せできるなんて、最高じゃーん!



「那由多ちゃんは本当に美味しそうに食べるなぁ。真央もこんなに幸せいっぱいな顔で食べてくれると嬉しいでしょ?」


「…………まぁな」



 入浴して『母専用』スウェット姿になった志貴さんに肘でつつかれ、『父専用』スウェットの真央さんが、伏し目がちになって答える。


 あ、この角度からだと、確かに有瀬くんと目元がそっくりだ。表情筋の動きが乏しいところもよく似てる。こうして落ち着いて見ると、真央さんもやっぱりイケメンだなぁ。怖すぎてイケメン要素が全然入ってこなかったけど。


 そう、本当に怖かった。何なら今もまだ怖い……んだけど。



「那由多、ご飯のおかわりは?」


「ありがとうございます。いただきます」


「志貴、味噌汁よそうか?」


「うん、ちょーだーい」


「留佳、千切りキャベツまだあるぞ」


「食う」


「ドレッシングかけるか? おい零すな。ほらティッシュ。ゴミ寄越せ。俺が捨てとく」



 食事中も甲斐甲斐しく皆の世話を焼く真央さんを前にしていると、くっと胸から目にこみ上げるものがあった。


 裏社会の魔王みたいな目付きと表情してるのに、やってることはまるで苦労人のオカンみたいじゃないの……!



 食事後の片付けを終えると、真央さんが淹れたコーヒーを飲む、というのが有瀬家の家族団欒ルールだそうで、今夜だけは私もご一緒させていただくことになった。



「で……那由多。お前は留佳のどこが良くて付き合ってるんだ? こいつのどこに惹かれたのか、親としては知りたい」


「おっいいねいいね! 私もそれ聞きたいと思ってたんだ! 真央、気が合うね!」



 目の前で隣り合って座る二人が、片手ハイタッチをする。

 真央さん、こっち見たまんまなのにタイミングピッタリだったよ。これがおしどり夫婦というやつか。


 ……って悠長にほっこりしてる場合じゃない!


 どうしよう? 有瀬くんが口から出まかせかましたせいで閻魔さんに舌を抜かれそうになったから、って正直に打ち明けるのはやっぱりまずいよね?

 有瀬くんのどこが魅力かなんて、そんなの考えてなかったよ!



「えっ、えっと……た、たくさんありすぎて、どれが一番かわかんないなぁ〜?」


「ほう? じゃあ全部聞かせてもらおうか」



 が、真央さんの眼光が研ぎ澄まされた刃物のように冷たく煌めく。

 志貴さんは期待に満ちた目をキラッキラにして輝かせてるし……ああ、ダメだ。具体的な部分を語るまで解放してもらえないやつだ、これ。



「そ、そっすね? 強いて挙げるなら……あのその、そ、そう、お、お菓子を上手に食べるとこ、かな? ほ、ほら、有瀬くんってお菓子あんまり落とさないし? 落としたらちゃんと拾うし? 好きなものに対する姿勢が……何かいい感じだなー、と……」



 …………ちょっと、何この空気。


 真央さんは肺から全ての息を絞り出すように長い長い溜息ついてるし、志貴さんは椅子ごと引っ繰り返りそうな勢いで笑い倒してるし、隣の有瀬くんは相変わらず何考えるのかわかんないようで実は何も考えてないだけって顔してるし。有瀬家の人々、揃いも揃って失礼すぎない?


 聞かれたから答えたのに! 一生懸命頑張って捻り出して答えたのに!



「じゃあ次は留佳だ。先に言っとくが、お菓子をくれるからという答えはナシだぞ。それがアリなら、どんな奴でも事足りるだろうからな。那由多にしかない、那由多だけの強みをちゃんと言え」



 私はごくりと息を飲んだ。


 私の強み、そんなのある?

 外見も中身も平均値、突出してるところなんてどこにもない。青飴を持ってる点だけは評価してくれてるみたいだけど、お菓子系がNGなら家の玄関が素敵って言うしかなくない?

 有瀬くん、どうするの? ぼへーっとした表情してるけど、ピンチだよ? ぼへーっとした表情もイケメンだけど、まさか閻魔さん保証の話をするつもりじゃないよね?



「那由多の強みといったら、当然、眼球だ。父も見ただろ、あれだけ泣いても溶けない。普通ならとっくに目玉がなくなっているはずだ。類まれなる特異体質だと思う。俺はドライアイ寄りだから羨ましい」



 有瀬くんの言葉に、真央さんの長い溜息と志貴さんのバカ笑いが再来した。


 あっ……あー、ああ。皆様、こんなお気持ちだったのね。なるほどなるほど、これは溜息つきたいような笑いたいような無になりたいような、何とも微妙な空気にもなりますわ。



「…………何というのか、もう……お互い様すぎて言葉もねぇな」


「ファーヒャヒャヒャヒャ! こ、これぞ真のバカップル……アヒャー!」



 全ての感情が抜け落ちた無の顔で、これからはこの眼球をもっと大切にしよう、次はもう少しお高い目薬を買ってあげよう……と、私は密かに決意した。

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