最終話 女王誕生

 その夜。カジノが閉店した後、私とニックは二人きりでテーブルに座っていた。


「やったな、マーヤ」

「ええ」


 勝利の高揚感はもうない。ただ静かな、冷たい何かが胸の奥にある。


「あのときのカードのイカサマ、本当にクラウゼがしたのかな?」

「なに言ってるんだ。実際したから証拠が出てきたんだろ」

「そうね……」


 足音が近づき、ジュランテが現れた。


「勝者が浮かない顔をしてるわね」

「もしかしてあなたがあのイカサマを仕組んでいたの?」

「さあどうだか。それともそうだとしたらどうする? カジノの経営権利証は捨てる?」

「いいえ。手段が何であれ、私はここに辿り着いた。それが全て」


 ジュランテは満足そうに笑った。


「正解よ。勝者は結果だけを見ればいい」


 彼はニックに視線を向けた。


「彼女を支えなさい」

「……ああ」


 ジュランテは消えた。


「ニック、私……変わったわね」


 私はテーブルの上の指輪を手に取った。クラウゼから奪ったイカサマの指輪。

 ギャンブラーからすればまさに悪魔の指輪。


「村を出た時、私は努力すれば報われると」


 指輪が光を反射して煌めく。


「でも違った。この街では力がなければ、踏みにじられる」

「だから私はこの道を選んだ。イカサマでも、裏切りでも、勝つために」

「後悔してるのか?」

「いいえ。ただ、もう戻れないんだなって」


 翌週。私は初めて、カジノのオーナーとして「仕事」をした。

 借金を返せない客がいた。若い男。震える声で命乞いをした。


「頼む、もう少しだけ待ってくれ。家族が……」


 昔の私なら、同情したかもしれない。村にいた頃の私なら。


「ニック、この人の財産を差し押さえて」


 私は冷たく言い放った。男は泣き崩れた。


「お、お願いします! 子供がまだ小さいんです!」


 その光景を見ても、私の心は揺れなかった。

 これが私の選んだ道。踏みにじる側に回る道。

 その夜、私は村にいるフェルに手紙を書いた。


『フェルへ

 元気にしてますか?

 お姉ちゃんは王都で順調よ。約束、覚えてるかな。15歳になったら会いに来てね。待ってるから。マーヤより』


 短い、当たり障りのない内容。

 本当は書きたいことがあった。

『ごめんね、フェル。あなたが知っている私は、もういない』

 でも、それは書けなかった。書く資格もない。

 私はフェルに会う資格があるのだろうか?

 こんなに汚れた手で、あの子の手を握れるのだろうか?


「マーヤ、本当に平気なのか?」


ニックが心配そうに尋ねた。


「平気。これがこの世界のルールでしょう?」


 私は平然と答えた。だが、ニックは首を横に振った。


「お前は強がっている。だが、それでいい」

「……どういう意味?」

「完全に冷酷になれる奴は、最初から心がない。お前は違う」


 ニックは私の肩を掴んだ。


「お前は痛みを感じながら、それでも前に進んでいる。それが強さだ」


 私は言葉に詰まった。


「ニック……私、このままでいいのかな」

「いいも悪いもない。お前はもう、この道を選んだ」


 そうだ。私は選んだ。

 村の少女としての私を捨て、この闇の中で生きる道を。

 カジノの中央に立ち、私は改めて周囲を見渡した。

 ここが私の城。魂を売って手に入れた場所。

 テーブルには、今夜も客が集まり、金と運を賭けて勝負している。

 その中には破滅する者もいるだろう。

 昔の私ならそれを止めたかもしれない。

 でも今は違う。

 私は指輪を指にはめた。クラウゼから奪った、イカサマの証。


「フェル、いつかあなたが王都に来る時……」


 私は小さく呟いた。


「私はもっと強く、もっと大きな存在になっている」


 真実を知った時、あなたは私を見て何を思うだろう。

『マーヤお姉ちゃん』と、まだ親しげに呼んでくれるだろうか。

 それとも、恐れと軽蔑の目で見てくるのだろうか。


「どちらでもいい」


 私は静かに言い切った。


「私は前に進む。それだけよ」


 ニックが隣に立った。


「行くぞマーヤ。新しい客が来た」


 私は頷き、カジノフロアへ向かった。

 光の中にいた少女は、もういない。

 闇の中で生きる女が、ここにいる。

 それが私の選択。

 カジノの扉を開くと、喧騒と欲望の渦が私を迎えた。

 私はその中に、ためらうことなく歩み入った。

 次のギャンブル勝負へ。

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デッド・ライン・ディール ~王都の闇を飼い慣らす、背徳のギャンブラー~ レブラン @reburan

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