第3話 リベンジマッチ
一週間は瞬く間に過ぎた。
私たちはジュランテから前借りした軍資金で準備を整えた。イカサマを見破るための魔道具。心理戦の訓練。そして何より、クラウゼの癖を徹底的に分析した。
そして運命の夜。
再び私は、あの闇カジノのポーカーテーブルに座っていた。
近くにはニックが護衛として立っていた。
「あれだけ無様に逃げ出して、よく顔を出せたな」
「あなたにリベンジしにきたの」
「ほう、前回のようにはいかないぞ? 今回は対策もしているからカジノ全体を暗くして逃亡なんて不可能だ」
「分かっているわ。だけど今回は証拠を持ってきたの」
私は宝石をテーブルに置くと、映像が宙に浮かび上がった。
前回勝負したイカサマの記録。一通り流すと映像は消え去る。
クラウゼはクククと笑いが込み上げる。
「その証拠には確かに私がイカサマした様子が映っているようだな。私が今ここで潰すこともできるというわけだ」
「ええ一つならそうね。それが二つなら?」
ブラフ。二つなんて当然ない。
だがこの男には効果てきめん。顔が険しくなる。
私たちに指をさした。
「誰か早くこいつらを捕えよ」
クラウゼの私兵が私たちの前に立ち塞がり、取り押さえようとする。
だがニックが私兵を倒してくれた。
「仮に彼女たちを倒しても無駄よクラウゼ」
護衛と思しき数名を連れ、ジュランテが現れた。
「お前は、ジュランテ……まさか協力者はセブンズミラー!?」
「そう彼女たちはわたくしの協力者。あの証拠がボスの手に渡ったらあなたどうなるでしょうね」
「あの女に……」
「そこで、良い事を教えてあげるわね。もし彼女に勝てれば今回の件は不問にして証拠も握りつぶしましょう。だけど負けたら――この闇カジノの経営権を彼女たちに譲渡しなさい」
クラウゼは反論しようとするものの、口には出さず。周囲を見回すも誰一人、助けに入ろうとする者は当然いない。
セブンズミラーの影響力の大きさが伺える。
そうして準備は整った。
テーブルの上には、二枚の紙と一つの指輪が置かれていた。
一枚目はこのカジノの経営権利の紙。
二枚目は私が負ければジュランテは今後一切手を出さない念書。
念書の紙は破ると呪いが降り注ぐ契約書のようなものであった。
指輪は前回、勝負したときに魔石の指輪――カード操作用の魔道具。
指輪は事前にジュランテが動作確認していた。
指輪をはめ、魔力を込めるとカード模様が変わるという幻影を見せる仕組み。これで不利なカードを有利に仕掛けるというわけだ。弱いカードの時は毎回変えていたのだろう。
通りで前回勝てるわけがなかった。
テーブルの向かい側には、憔悴した表情のクラウゼ。彼の両脇にはジュランテの部下が立ち、監視している。
私の人生史上、一世一代の勝負が始まった。
「始めましょうか」
私は冷静にカードを手に取った。今回はイカサマなく完全に公正な勝負。
あの指輪は今、テーブルの上に置かれたまま。クラウゼはもう使えない。
ギャンブルする種目は【ファイブドローカード】。
これは初手が五枚となり、手札を捨てた枚数分を山札から一回だけ交換可能なもの。
ディーラーが5枚ずつカードを配る。
第一ラウンド。
私の手札は♥9♠9♦4♣7♠2のワンペア。
悪くない。
私は♦4♣7♠2の3枚を交換する。
クラウゼも3枚交換。
弱い手だったのか指を触れる。
前回までは、指輪を触ってカードを変えていたのだろう。
だが今はその手段がない。
新しく引いた札と合わせても何も揃わず、ワンペアのまま。
小さく賭けて様子を見る。
クラウゼもコール。
そしてショーダウン。
私の♥9♠9のワンペアに対し、クラウゼもワンペア。
ただし♦10♣10と数字が大きく、クラウゼの勝ちだ。
最初の
クラウゼは少しだけ安堵したような表情を見せる。
だが、その額には汗が滲んでいる。
「どうした? もう終わりか?」
彼は強がるように言うが、声が震えている。
「いいえ、まだ始まったばかりよ」
私は冷静に次のラウンドへ向かう。
クラウゼの手が、無意識にテーブル上の指輪の方へ伸びかける――が、すぐに引っ込める。
もう頼れるものは何もない。
第二ラウンド。配られた手札は♠7♥7♦7♣J♥2のスリーカード……これは強い。
私は♣J♥2を交換してフルハウスを狙う。
クラウゼは4枚交換。相当弱い手だったのだろう。
彼の顔に焦りの色が浮かぶ。
私が引いた札は♠Q♦K。フルハウスにはならなかったが、それでもまだスリーカード。
強いカードには間違いなく、私は自信を持ってレイズする。
クラウゼの額に汗が流れる。彼の視線は指輪だが悔しそうな表情。
彼は歯ぎしりして、フォールド。
私はポットを獲得した。
第三ラウンド、第四ラウンドと続く。
私は徐々にクラウゼの本当の癖を読み取っていく。
指輪に頼っていた彼は、純粋な心理戦の技術が未熟だった。
強い手を持つ時、呼吸が浅くなる。
弱い手で降りる時、舌打ちをする。
ブラフを張る時、そもそもブラフを張れない。すぐに降りてしまう。
この一週間、ニックと何度も訓練した成果が出ている。
観察力、判断力、そして度胸。
全てが研ぎ澄まされている。
第七ラウンド。私の手札は♠3♥6♦9♣J♥K。
何も揃っていない最悪の手。だが私は1枚だけ交換する。強い手を持っているように見せかける。
私が引いた札は♦2。何も変わらない。
だが……。
「レイズ!」
私のレイズ宣言でクラウゼの目が泳ぎ、自分の手札を何度も見る。
そしてフォールド。
私は手札を見せずにポットを回収した。
ブラフが成功したのだ。
周囲の観客がざわめく。
あのクラウゼが、完全に押されている。
クラウゼの賭けに使える
彼の顔は蒼白で手は震えている。
「くそっ……くそっ……」
彼は小さく呟き続ける。
イカサマなしでは彼は私に敵わない。
第十ラウンド――コインの残り枚数からしてもこれが最終ラウンド。
クラウゼは残り全てを賭けると宣言した。
私も同額を出す。
勝者が全てを得る。敗者は全てを失う。
ディーラーが5枚のカードを配る。
私はゆっくりとカードを手に取った。
♠5♥5♦5♣8♥8のフルハウス。
前回、イカサマで負けた時と全く同じ手だ。
運命が再び巡ってきた。
私は表情を変えずカードを見つめる。
クラウゼも自分の手札を確認している。
彼の表情が――絶望に染まった。
交換のターン。
私は「
クラウゼは震える手でカードを見つめる。
そして、彼の手が無意識にテーブル上の指輪へ伸びかけた。が、途中で手が止まる。
指輪はそこにあるだけもう使えない。
クラウゼは絶望的な表情で2枚のカードを交換した。
弱い手から何かに賭けているのだろう。
ディーラーが新しいカードを渡す。
クラウゼはそれを見て顔を歪めた。
絶望的な表情から一変、待ち望んでいた展開のような歓喜の表情。
ベッティングラウンド。
もうコインはテーブルに全て出ている。
長い、長い沈黙。
クラウゼの額から大粒の汗が流れ落ちる。
周囲の観客たちが息を呑んで見守っている。
ニックが遠くから私を見守っているのがわかる。
ジュランテも腕を組んで、興味深そうに見ている。
そして――
「ショーダウンよ」
私は深呼吸をして、カードをテーブルに置いた。
♠5♥5♦5♣8♥8――フルハウス。
5のスリーカードと8のペア。
観客たちがどよめく。
クラウゼは震える手で、自分のカードを開いた。
♠K♥K♣K♠9♣9――フルハウス。
Kのスリーカードと9のペア。
前回と全く同じ展開。
前回はイカサマでクラウゼが勝った。
今回は場が静まり返った。
フルハウス対フルハウス。
フルハウス同士の勝負はスリーカードの数字で決まる。
私の5vsクラウゼのK――クラウゼの勝ち。
クラウゼの顔に信じられないという表情が浮かぶ。
そして歓喜。
「勝った……勝った! 私が勝ったんだ!」
彼は叫ぶ。
だが、ジュランテが手を上げた。
「待ちなさい。ディーラー、カードを確認して」
ディーラーがクラウゼの手札を取り上げる。
そして目を細めた。
「このカード……」
ディーラーが♠9のカードを裏返し、光にかざす。
カードの端にわずかな違和感。
「加工されています」
場が凍りついた。
「なっ……何を言っている!」
クラウゼが叫ぶ。
ディーラーはカードの端を爪で軽く擦る。
すると薄い膜のようなものが剥がれた。
その下から現れたのは♠7。
「このカードは♠7が♠9に見えるよう、表面に薄い加工が施されています」
つまり、クラウゼの本当の手札は♠K♥K♣K♠9♣7。
フルハウスではなく、ただのスリーカード。
「な、なんだこれは! 私は何も知らない! 誰かが細工を!」
クラウゼは必死に訴える。
だがジュランテは冷たく笑った。
「あなた、交換の直前にデッキの方を頻繁に見ていたわね」
クラウゼの顔から血の気が引いた。
「あなたは指輪を取り上げられても、別の手段を用意していた。部下に命じてデッキに細工したカードを数枚仕込ませたのでしょう?」
周囲がざわめく。
クラウゼは言葉を失った。
実際、彼は万が一のための「保険」として、複数のカードに加工を施すよう密かに指示していた。
ジュランテたちが監視を強めると分かっていたからこそ、事前に仕込んでおいた。
その一枚が、皮肉にも自分の手に回ってきた。
ニックが静かに言った。
「イカサマ師は、最後までイカサマ師だったというわけだ」
私も頷いた。
「結局、あなたは公正な勝負ができなかった。それが敗因よ」
「違う! これは罠だ! お前たちが!」
クラウゼは叫ぶが、周囲の視線は冷たい。
長年イカサマを繰り返してきた男が、イカサマを疑われる。
当然の結果だ。
「それに」
ジュランテは続ける。
「交換したカードが都合よく細工されていた? つまりあなたは細工されたカードの位置を把握していた。それ自体がイカサマの証拠よ」
「そんな……」
クラウゼの弁明は、もう誰にも届かない。
「ルール違反により、クラウゼの手札は無効。よってマーヤ・ディラントの勝利とします」
ディーラーが宣言した。
クラウゼは崩れ落ちるように椅子から滑り落ちた。
「そんな……嘘だ……嘘だ……」
彼は呟き続ける。
私は立ち上がり、テーブルに置かれた経営権利書を手に取った。
そしてあの指輪も。
この指輪がクラウゼの栄光と転落の象徴だ。
勝った……私が勝ったのだ!
場が一瞬静まり返り次の瞬間、大きな拍手とどよめきが起こった。
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