母とは家庭内システムエンジニア兼デバッガーの別称である
人のスケジュールを管理することや、お弁当を作ることに喜びを見出したりするのには、才能が必要だ。世話好きという名の才能である。
そして世の中には、その才能を持たない人々がいる。その一人が私だ。
子供を産んだからと言って、もちろんその才能が突然花開いたりはしない。
私にとって、家族全員のスケジュールを細かに把握して管理するなんていうのは、精神をガリガリやすりで削られるような感覚のすることである。
ゆえに、子どもが小学校高学年になったときは嬉しかった。私は子供に言い聞かせた。
「必要なことについては、ママにあなたが言いなさい。分かる?自分が困ることは、自分でちゃんと管理するんだよ」
ところで、私が世話好きという才能を持たない悲しい大人である一方、子どもというのは、「自分を管理する」という才能が未完成の生き物である。
この二つの要素がフュージョンすることによって、時に恐ろしい災厄が生まれる。
そして、子は母に無条件の愛情……クソデカ信頼をもって解決を期待する。そして世話好きではないという引け目を持った母は、その眼差しに出会ったとき、「ぼくは母型ロボット、ママえもーん」と言わざるを得なくなるのである。
共働きの毎日は忙しい。少なくとも、我が家は忙しかった。
私も夫も勤務地がそれなりに遠く、交通時間がかかるため、朝は8時に家を出なくてはならない。子供たちが小学校に行くのはその5分後だ。
朝起きて、食事をして、顔を洗ってお化粧をして……。無駄なことをする時間などないのである。
食事を済ませて、さあ顔を洗おう……と席を立ったところ、廊下から息子がやってきた。なんだか神妙な顔をしている。そして、妙にか細い声で言った。
「ママ、今日お弁当いるんだった」
はい?
聞き間違いだろうか?
「今日。社会科見学で」
ほう。……ほう。……ほう?
ばかな。
私は呆然として小学校の年間予定表を確認した。マジだ。
大急ぎで、息子の同級生のママさんにLINEを送った。
「お弁当がいるってたった今聞いたんだけど、本当!?」
「本当だよ~!バスの出発は9時だって!頑張れ☆彡」
絶望感は計り知れない。
時計は7時40分を指していた。
あれほどお弁当がいるときには前々日の夜までに言えと! 言っていたのに!
しかし怒っている暇すら惜しい。1秒を惜しまなければいけない。
結果として、母はやりとげた。ぼくママえもん。
冷凍食品を具にしたおむすびが限界だったが、登校時間までに用意して持たせた。
育児って、本当に、予定通りにはいかないものだ。しかしこの事件の半分は、世話好きじゃないということを言い訳に、子どもが起こすクリティカルエラーを管理設計に入れなかった私の責任でもある。だからあんまり強くは怒れなかった。
しかし、声を大にして言いたい。お弁当は、わいて出てこない! 食材も、わいて出てこない! なくて困るものは、自分から主張せよ!!
ところが、管理設計をしっかりしたところで、実行機構がバグっていたら役に立たないものである。
娘が中学に進学して、遠足を翌日に控えた夜のことである。私は二度三度、娘に言った。
「前日のうちに、荷物は準備するんだよ」
娘は割とポンコツ気味なので、口うるさく言わないとエラーが起きる。私はそれを知っていた。娘は「はーい」と返事をしていた。
翌朝のことである。私はいつもより1時間早く起きて、娘がリクエストするお弁当を作った。
何しろ世話好きじゃないもので……、お弁当を作るのもとても面倒くさい。はっきり言って嫌いだ! なぜ食べたら無くなってしまうものに、そんなに手をかけられるのか。手の込んだお弁当を写真に撮ってSNSに上げておられるキラキラお母さまたちは、私とは別の生き物だと思っている。
閑話休題。なんとか作り終えて、ようやく自分の朝ごはんを食べているとき。娘が廊下からやってきた。なんだか神妙な顔をしている。デジャビュ。
果たして娘が言った。
「ママ、お弁当、いらなかった」
ほう。……ほぉう?
「しおりに、お弁当いらないって書いてあって」
私の顔色の変化を見た娘は、超上目遣い。
「昨日、荷物を作ったんだからしおりを見たよね?」
「……荷物、作らなかった……」
は?
「しおりは、確認しなかったの?」
「今朝、初めて開きました」
この、愚か者が!だから前日に荷物を作れと!
いや当日までしおりを確認しないバカがどこにいる!? ここにいる! 私の娘だ! うがぁぁぁぁ!!!
ポンコツにも、程があるだろ!
たびたび出したアラートを、全部無視!
エラーに向かってひた走る、壊れた機械。それが、我が娘なのである……。
育児って、本当に、手がかかる。時に、不要なお弁当を1時間かけて作る。それが、愛……。
ちなみに、お弁当は冷蔵庫にしまっておいて、夜ご飯に娘に食べさせた。母の愛は、おいしかろう?
愛情は恐怖を超越するか?~ある夏の親子の場合~ 長月透子 @Nagatsuki_Toko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。愛情は恐怖を超越するか?~ある夏の親子の場合~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます