第5話 いっときの平和

 4人の待つ場所は別館にあり、冒険者ギルド本館とは2階を結ぶように橋で繋がっていた。

 別館は本館より簡素かんそな内装だが、冒険者にはありがたい施設が揃っている。


 一階は、ギルドが直接運営する食堂で、見習いから下級冒険者にとって救済と呼べる場所だった。

 この食堂は財布が心許こころもとない冒険者には特別に9割引のメニューが提供され、収入が少ない下位の冒険者にとっては救済処置として広く知られている。


 ただ、一つ問題があった。このメニューはどれも一癖も二癖もあり、人によっては――いや、大半の人が口を揃えて不味いと言うレベルの料理だった。

 これもギルド側の方針である「冒険者のけつを叩く」の一環としてあえてそうしているらしく、評判はすこぶる悪かった。


 ちなみにシュインは少数側味音痴で、中級になっても嫌がるメンバーを連れ偶にやってくる。


 そして、その上の2階は喫茶店を経営されていて、連日常連ができるほど紅茶が美味しいと女性冒険者や職員の間で人気で、大半は人だかりが出来ている。


 そんな隅の、窓側の日差しが当たる席に3人はいた。

 

「もうセラったら、寝癖ついてますよ」


「んー」


 白い修道服に身を包む少女キサラは、まるで娘の世話を焼く母のようにセラの長いつやのある髪を手櫛で梳かしていく。セラの世話を焼くのが楽しいのか頬を緩ませ、体が左右に揺れていた。

 キサラが身動きを取るたびに首から下げられている銀細工の十字架が日差しに反射して光る。

 それは修道院から限られた者にしか与えられないシスターとしての称号であり、高い回復能力を有するという証でもあった。


 一方、キサラに世話を焼かれているセラはというと、気怠けだるげにだらんとテーブルに体を預けている。

 まぶたが半分閉じていて、隙間からはアリスブルーの瞳孔瞳孔が見え隠れしていた。

 セラは大きな欠伸を噛み殺し、ぐぅーと手を伸ばしあと、テーブルに置かれている紅茶を両手で持ち口へ運んだ。

 すると、若干熱かったようで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 そんな一見、物静かでどこか知的な雰囲気をただよわせる彼女は見た目とは裏腹に少々天邪鬼あまのじゃくな一面があり、シュインも初対面のときは手を焼かされた記憶があった。


 シュインはなつかしげに苦笑すると、席へと近づく。


「お前、本当朝弱いよな」


「……仕方がないじゃない。低血圧なんだから」


「おお、シュイン! やっとかよ、待ちくたびれたぞ」


 現れたシュインの肩を組んで迎え入れる暑苦しい男の名はバッカス。

 ギルドマスターほどではないにしろ、彼もまた大柄で筋肉質な体型をしていて今にも筋肉の圧迫感で潰されそうだ。

 灰色の髪と力強い眼力は狼を思わせ、バッカスと初対面の者は大半が体を硬直させる。それこそ猛獣に睨まれた小動物のように。


 彼はパーティー内で唯一結婚していて、来月くらいには子供が産まれるそうだ。

 そんな時期くらい側に居てやれとシュインを含むパーティーメンバーは口を酸っぱく言っているのだが、2週前は休むからそれまではめいっぱい稼ぐと聞かないのだ。

 

 そのことを思い出したシュインは、上級に上がればよりバッカスの助けになるだろうと思いフッと息をらし、口を開くと、


「皆さんに報告があります!」

 

 開口一番にそう告げた。


「おお、なんだ急に。熱でもあるのか?」


「っさいわね。こっちは気怠けだるいの、もう少し静かにしなさいよ」


「お前ら俺の仲間だよな……?」

 

 シュインは頬をひくつかせ、2人に問いながら、気付いた。いるはずの仲間があと1人いないことに。


「あれ、リアは?」


「さあ、上のフロアじゃない?」


 興味なさげに言うセラにキサラは苦笑して、小ぶりに手を挙げると、


「訓練所に行くと言ってましたよ」


 そう答えた。


「じゃあ、リアを呼んでくるからそれまでに目覚ましとけよ」


「んー」


 朝が弱い彼女にこれ以上言っても仕方がない。そう思ったシュインは今は諦めてリアを探しに行こうと考えたそのとき、


「その必要はない」


 シュインの耳に落ち着いた透明感のある声が届いた。

 声のした方に振り向くと、そこには薄着のリアがいた。彼女の体からは薄らと湯気が立ち昇っていて、ミルクのような匂いがただよってきた。


「なんかホワホワしてない……?」


 そう聞くと、リアは首を傾げたあと得心とくしんのいったようにああ、と頷いた。


「お風呂で汗流しできたからかも」


「そうか……それよりお前、上になんか羽織はおった方がいいぞ」


 リアはいつもの装備ではなく、白い無地の長袖と紺のハーフパンツといったラフな格好で、女性らしいラインがりになり周りの目が……特に男性の目が集まっていた。

 なにより、頬はほんのり赤みを帯び、白銀の髪はところどころしずくが残っていてみょうに色っぽく、それが更に視線を集めた。

 

 すると視線に気づいたのか、セラが突然立ち上がって周りを一睨みすると、周りの男性はスッとそっぽを向いた。

 そのままリアもろとも一緒に睨みつけたあと、おもむろにふところから杖を取り出した。


「本当に気をつけなさいよ。あんた、そいうのに無頓着すぎるわ」


 うとましげに言って、杖を簡単に振るい何かをつぶやくと、テーブルに置いてあった赤い厚手のマフラーが宙に浮き上がる。


 次いで杖を円を描くように振った。


 すると、マフラーはまたたく間に分解され、再び組み合わさる。それは次第に服のような形を取り、あっという間に赤いパーカーが出来上がった。


 最後にもう一度杖を振るうと、


 それはテーブルに戻ることなくひとりでに、リアの頭上へと移動した。

 セラが杖をしまうと、パーカーは重力に逆らうことなくリアの頭を覆うように落ちる。


「……暖かい……ありがとう、セラ」


 リアがパーカーに頬を当てながら感謝の言葉を送ると、セラはフンと鼻を鳴らし再びキサラのされるがままとなった。


 その態度にバッカスは肩をすくめ、シュインとキサラは目を丸くしたあと、顔を合わせると同時にクスッと笑みをこぼした。


「なによ」


「いいえ、なんでも」


「気にするな。さて、シュイン。報告があると言ってたよな」


 セラの追撃を逃れるためか、バッカスはこちらに話を振ってきた。


「俺の話はついでかよ……。まあ、いいや。実はな。俺あと数回で上級に上がるらしいわ」


⭐︎         ⭐︎         ⭐︎


 場所は戻って本館。


「よし、今日は明日まで食い明かそうぜ」


「明日ってまだ昼頃なんだけど? どれだけ飲む気なのよ……」


 バカね、と面倒臭そうな表情を隠そうともしないセラ。


「バッカスさん、それは奥さんに悪いですよ」


「うっ。そう、だよな……悪い。みんな今日の夜まででいいか?」


「だとしても長いぞ?」


「今日はバッカスの奢り?」


 と、そこへリアからの思わぬ追撃を喰らうバッカス。


「お、おう。も、もちろんだ! じゃんじゃん食え!」


 そう、腰に手を当て大口を叩く。おおかた、自分が提案した手前あとには引けなくなったのだろう。


「本当に奥さんに怒られますよ?」


 シュインの言葉を聞いたバッカスは大いに喜び、みんなで祝賀会しゅくがかいをしに街へ食べに行こうという話になった。

 そのまま別館から出れば良かったのだが、その前に先日行った依頼の報告書を提出ということでギルドを経由することにしたのだ。


「なら夕方はどうだ?」


「それなら、まあ……」


「待ちなさいセラ。それでも6時間以上よ? 騙されないで」


「わたしはバッカスに任せる」

 

 何気ない4人の会話を背に、シュインはカウンターで手続きを行う。


「はい、問題ないです。だいぶ慣れてきましたね。最初リアさんに任せっきりだったとは思えないくらいに」


 5人の担当であるフィオナが悪戯いたずらげな視線を送ってくる。シュイン居た堪れなくなって自身の頭を撫でる。

 

「その件は悪かったよ」


「ま、私はちゃんとした報告書であれば構いませんけどね」


「こほん。それはそうとなんかあったのか?」


 これ以上追撃されるのが嫌だったシュインは無理やり話を変えた。


「ああ、それはですね――」


「シュイン!!」


 フィオナが訳を話そうとしたときだった、焦りを含んだ声が聞こえたのは。


 声の方向に顔向けると、そこには2階の柵から身を乗り上げるように叫ぶギルドマスターがいた。



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