第2話 神の願い


 呆然と、神を名乗る目の前の人物を見る。


「聞いておるのか? もう一度言うぞ。この世界を救ってくれぬか? 吾の願いが叶えば、そなたの願いも叶えよう」

「無理です」


 無理無理と手を振って否定する。

 散々やり込んだゲームだからこそ、この世界を救う方法が思いつかない。


「即答じゃな」

「当然でしょう」


 私の知る限り、このゲームは乙女ゲーの中では最高峰に難易度が高い。所轄、死にゲーである。

 イージーモードを除き、攻略対象を上手く成長できなかったとき、攻略対象のキャラすら死亡することがある。


「無理かのう?」

「不可能でしょう。世界を救うということは、トゥルーエンドですよね? それがどれだけ難しいか」


 あのゲームの難易度がバグっている。開発陣は絶対に頭がおかしい。


 トゥルーエンドを迎えるにはハード又はマニアックモードで挑む必要がある。


 私も、必死で攻略した。幸いにも、私はマニアックのトゥルー攻略をできた。しっかりと全てを録画していたこともあり、再現性もあった。


 クリアできた人がわずかだという話を聞いて、その攻略情報をネットに投稿した くらいだ。ガチ勢じゃないとあのゲームをトゥルーエンドまで持っていけない。


「わかっておる。遊戯が始まる時点でほぼ詰んでいるから、無理という判断じゃろう? 吾も同じ見解じゃ。そのために、其方でないとならん理由がある」

「どういうことでしょう?」

「トゥルーエンドと呼ばれるエンディングを迎える条件を知る者でないと世界は救えない。これが最低条件となる」

「無理っ! 絶対、詰んでる!」


 たしかに。それはそうだろう。神様の言うことは理解できる。


 あの世界は、神子と呼ばれる存在が大陸に魔力を送り続けることで成り立っている。

 神子が死ねば、大陸への魔力供給が途切れ、滅びる。


 神子達が亡くなり、攻略対象達が神子へと成長するための物語。

 攻略対象が死ねば、その属性の大陸が滅ぶ。トゥルーエンドでは、全員生存必須。


 条件が厳し過ぎる。

 ジト目で自称神を見るが、ごほんと咳払いをして誤魔化された。


「まあ、最後まで聞くのじゃ」


 私の否定に対し、全く感情が読めない声で言われるとこちらもクールダウンする。


「聞いても、無理だと思います」

「吾には世界を救うためには攻略対象者なぞ、どうでもいいと考える者の方が都合が良いのじゃ」

「それは……」


 私があのゲームをやり込んだ最大の理由。

 攻略対象ですら、簡単に死ぬゲーム。ただ、そこには物語がある。

 邪魔だからとか、辻褄を合わせるための死ではなく、そうなってしまう理由がある。

 だから、敵対している推しが魅力的に描かれ、その生き様が印象的で尊い。


 

 攻略対象外である闇の神子、アイオ様。それが私の推しだ。


 このキャラが死なないと主人公の少女が闇の神子として覚醒しない。どうあがいても、100%死ぬ。


 そんな彼を追いかけて、数百時間をかけて、全難易度、全イベント、全台詞を網羅した。

 自分でも阿呆だなと思う。それでも彼を推す同志たちもいると自分を鼓舞する。


 ただし、攻略対象者を推す人達とは意見が合うことは稀だ。


「其方は闇の神子に異常なほどの愛を注ぐ者じゃ。あやつが救われる世界を望むと考え、打診をしておるのじゃ」

「アイオ様の生存ルートっ!?」


 思わず上擦った声を上げてしまった。

 信者という言葉は気になる。だが、それ以上に、神からの提示された世界は推しの生存の可能性に歓喜する。


「そうじゃ。それだけではない、あやつは全ての業を背負わされて絶望の中で死ぬことになる。その運命を変え、幸せを与える……其方の知識があれば、過去を変えられる」

「それは……すごく魅力的な提案ですね」


 ごくりと生唾を飲み込む。


 彼の功績は主人公に奪われ、汚名だけが残り、死後も人々から恨まれる。そんな彼の人生を変えられるなら――変えたい。


 だけど。


「彼が救われる道は、大きく世界が変わります。神であるあなたがそれを望むということですか? 彼を救う代償に、攻略対象者達が死ぬ可能性もあります」

「吾の望みは世界が救われることのみである。世界が、大陸が無くなれば全て死に絶える。ならば、少数の死をもって、多数を救うのは当然のことじゃ」


 神の発言は、重くのしかかった。

 全ての人を救うことが出来ないことを確信している。


 そこには感情が見えない。

 世界を救うことが目的であり、そこで犠牲になる人が変わろうと構わないということ。


「未熟者達に拘る者では駄目。ならば、最初から力ある者達を残せば世界は救われると信じたい」

「先代の神子達ですね」


 アイオ様の過去。

 特にアイオ様の主君である水の神子様の死。世界を変える転換点としても大きい可能性がある。


 さらに、彼の辛い過去を消すことで、彼のゲームでは見ることのできないも見れるかもしれない。


「世界を救うために其方を選んだ理由は理解できたかのう?」

「んっ、ま、まあ、そうですね。ですが、それでも、私がそこまでする理由はないです。特に叶えて欲しい望みもありません」


 アイオ様の知らない一面に、少し頬が緩んでしまった。ぎゅっと眉間に力を込めて、冷静な顔を作り直す。


 私を選んだ理由に、攻略対象への愛ではなく、世界を救う鍵に成り得たアイオ様への愛があるというのは、悪い気はしない。


 魅力的な話ではあるけれど。

 ゲームのように画面から操作できるわけじゃないなら、危険が伴う。


 世界を救って、願いを叶えてもらうというのは現実的じゃない。


「其方は何故ここに来たのか、わかるか? 瀕死であり、体から魂が抜き出ている状態だったから呼べたのじゃ」

「え? 私、死ぬの?」


 神がさっと手を払う仕草をすると、目の前に映し出されたのは、病院の入口。

 

 何人もの人が病院に運び込まれ、周囲も騒がしい。その中に私がいた。

 どうやら、乗っていたバスが、事故ったらしい。


 自分が死にかけているという映像が目の前に流れる。

 現実に起きているとは感じられない。

 それでも、カタカタと体が震えている。


「……生きてる?」

「辛うじて、じゃな」


 さらに先には集中治療室にいる私の姿。どうみても、重症。

 いつ、心肺停止するかもわからないような状況。わずかに心電図が反応しているだけの瀕死の自分。


 少なくとも、この空間から魂があちらに還されたたところで、生き返る見込みは低い。奇跡でも起きない限り、絶望的。


 重症という割には、今の私は体の痛みとかは感じない。

 ただ、あの姿を見てから、酷く喉が渇いてきたように感じる。


「生き、かえること、は?」


 自分の出した声が掠れ、か細くなっている。


「吾の願いを叶えてくれるのであれば、其方の願いも叶えよう」


 等価交換。望みを叶えれば、奇跡を起こしてくれる。

 自分が生き返るためには、あの世界を救うことになる。


「…………条件を聞きます。ゲーム知識だけで、世界を救えというのは無茶ぶりでしょう。サポートはしてもらえるのでしょうか? 世界を救った判定の仕方も知りたいです」


 契約条件は大事。

 異世界に放り出されて、やるべきことを成せと言われたところで、その手段が無かったら何もできない。


 推しであるアイオ様を、その生きる世界を救いたい。

 失敗すれば、自分も死ぬ。


 本気で取り組まなくてはいけない。


「吾の希望は、世界を救うこと。お主に与える機会は3回じゃ。お主がなにを成すか、お主が決めてよい。そのミッションの結果が確定した瞬間、ここに戻される」

「3回。その機会で世界が救われなかった場合は?」

「……お主は奇跡が起きないまま、自分の世界に変えることになるのじゃ」


 つまり、死ぬ。

 神の声は無機質で感情が感じられない。

 私の願いは叶わないことは私の死である。その事に指先が冷えていくのを感じる。


「お主が定めたミッションが成功できずとも、結果的には邪龍が滅びるのであれば、願いを叶えよう」


 ゲームの世界のラスボス、邪龍を滅ぼす。

 多くのエンドでは、邪龍を再封印して終わる。滅ぼすエンドは二つのみ。


 バタフライ効果により、予期せぬ変化が起きた場合の結果も考慮される。

 難しい条件ではあるけれど……不可能ではない。

 


「わかりました」


 自分の命も掛かっているから、本気で救ってみせる。


 神に視線を向けると、こくりと頷きが返ってきた。



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