第3話 契約と選択


 このままでは死ぬ。その自覚は、まだ……ない。

 ただ、怪我を負い、横たわり、機械で繋がれている自分の姿は偽りではない。


 落ち着かない気持ちを静めるように、一度目を瞑って、息を吐いた。



 助かる道は一つ。


 神との契約は、世界を救うこと。


 だけど、何も持たずに生身で世界を変えることなど出来るはずがない。

 ここで、少しでも可能性を上げておきたい。奥歯を噛みしめるように、神を見つめる。


「流石に生身で救うのは難しいと思いますが、何か能力もらえますか?」

「うむ。お主の望む能力を3つ与える。しかし、其方の体は死にかけていて使えぬ」

「まあ、そうでしょうね。えっと、誰かの体を乗っ取るとか?」


 現実世界で、機械に繋がれて延命処置をしているのに、異世界に体を持っていけるわけがない。

 よくある『気付いたら登場人物に転生していた』みたいになるのだろうかと思ったけど、神はゆっくりと首を横に振った。


「否。其方には吾が新しい体を用意するが、一般人のすでに死んだ者を成長させた体じゃな。体と心が異なるため、慣れるまでは能力を与えてもその体で発揮することは難しい」


 簡単に説明を受けたのは、すでに亡くなったはずの人の体を成長させて、私の精神がそこに入り込み、そこからあちらの世界へ送る。


 しかし、ここで問題が発生する。体と精神の相性みたいなのがあるらしい。


 体の方が出来たことが、私が入ることで出来なくなるとか、能力を使い熟せなるようになるまでには時間がかるという。


「使えないなら意味はないのでは?」

「故に、この杖に能力を込めて渡すのじゃ」


 能力を渡しても使えないのは、意味がない。

 怪我したりしないように、身体能力強化をもらっても、精神と体がその能力に適応しないから、使えないのでは意味がない。


 与える特殊能力を杖に能力を付与するというのは合理的ではある。


「ちなみに、体が馴染めば、貰える能力とは別にスキルツリーのように、新たな能力を発揮できるようになりますか?」

「お主自身の努力にもよるが個人の資質に合わせて覚えるのじゃ。遊戯のように選ぶことは出来ぬぞ」


 個人の資質か。

 私は運動音痴ではないけれど、運動神経抜群ではない。

 可もなく不可もなく……いや、ちょっと鈍いとは言われる。


 目の前に浮いている杖。ゲームのキーアイテム、『神器』に似ている、40センチくらいの短い杖。


「奪われた場合に他の人も使えますか?」

「奪われても、其方が念じれば、すぐに手元に戻るようにしておこう」


 奪われても、戻ってくるなら助かるけど、他の人は使えないとは言わなかった。

 見た目が、神器に近いため間違われる可能性はありそう。


「他の人でも使えるということですね?」

「そうなるのじゃ」

「わかりました。では、最初の能力として、ゲームのように色々な詳細が確認できる地図機能を。魔獣の出現、レベルや龍脈の穢れなどを確認できる仕様でお願いします。ついでに、可能であれば大辞典の情報もあれば便利で助かります」


 地図は必須。

 何の導も無く大陸を渡り歩くなんて絶対に不可能だろう。

 さらに、記憶力は低下するので、情報の洩れがあるのは辛い。


 この能力で補完をしておきたい。


「むっ。あの遊戯のシステムをアーティファクトに付与するじゃと? お主の世界で、あのように数値化されておることがあるか?」

「いや、ないですけど……あれがあるだけで、格段に難易度が下がります。人のステータスは無理でも、穢れの度合い、魔獣のレベルがわかるだけで対策は取りやすいので」


 神がうんうんと頭を振って、悩んでいる。

 ゲームと現実の世界では、齟齬があるのは当然だろう。難しい要求だったのかもしれない。


 でも、わかりやすく数値で管理することが、必要なこともある。

 同時に穢れが出たとき、どちらを優先するか。

 数値で確認できるのは大きなメリットだ。あの世界では魔獣と穢れの放置は、邪龍の復活と大陸の滅びに直結する。


 じっと神様の様子を窺いながら結論を待つ。

 能力は妥協できない。


「少し待つのじゃ。全てではないが、出来る範囲で当てはめよう。其方の言う通り、穢れや魔獣の確認、そこに最短で行ける地図が必要ということ。その選択は其方らしいのじゃ、認めよう」


 神の言葉が終わると同時に光が広がる。

 周囲の柱だった外枠が全て本棚に変わる。ずっと上まで、全てが本で埋め尽くされている。


 その中から何冊かの本が勝手に取り出され、杖を中心に公転し始める。


 よくよく目を凝らして見ると本から光の文字が杖へと吸い込まれている。

 神秘的で不思議な光景だった。



「出来ることはしたのじゃ。これ以上は諦めよ」

「え、はい」


 私の目の前に移動してきた杖を両手で持つと、杖から浮かび上がるようにゲームの地図画面が表示された。


 フリックするだけで、ゲームのように情報が切り替る。


「ありがとうございます。ちなみにこの内容、他の人も確認できるのですか?」

「杖を持つ者の知っている情報しか表示されない仕様じゃ」

「なるほど」

「其方の知識と現実が異なる場合は、其方が認識を改めるまで、其方の知識が優先されて表示されることには気を付けよ」


 その人の持つ知識を引き出す役割。知らないことは表示されない。

 しかし、忠告された内容が気になる。事実と異なる場合というのが気になるけど。



「では、一つ目の能力で座標が確認できるので、二つ目を空間転移〈テレポテーション〉にします」

「無理じゃ」


 え? 

 なんで?


 能力選んでいいって話だったよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る