第22話:犬vs鬼
時間は残酷にも過ぎていく。
三人に考えている余裕などなかった。
「桃谷、奴を追え!正面の扉から回って追いかけろ!」
犬飼の叫びに桃谷は一瞬躊躇した。
その様子を見て取った犬飼が鼻で笑う。
「俺はあんなオモチャを振り回してるだけの奴に負けねぇよ。」
「ゴンさん、くれぐれも無理はしないで。」
桃谷は犬飼にそういうと正面扉に引き返し、扉から走って外に出た。
犬飼は猿渡に尋ねる。
「お前、このシステムのデータ消失を止めれるか?」
猿渡は冴えない表情をしたまま黙っていた。
「止めれるか、止めれねぇか聞いてんだよ。」
「鬼頭さんのシステムは完璧です。先程もヘリでハッキングに失敗しました。」
「今の僕の技術では鬼頭さんには敵いま…」
「ごちゃごちゃうるさい!時間がねぇんだ!」
「いつもの自信はどこに消えちまった!」
「鬼頭がなんだ!今はとにかくやるしかねぇんだ!」
犬飼の叱咤に猿渡は静かに頷き、鬼システムの機動阻止を試みるためシステムの前の椅子に腰を下ろした。
「さぁ、お前の相手はこの俺だ。」
犬飼は奥の部屋の扉の前に立ちはだかる剛羅と対峙した。
屈強な体格の鬼があり得ない重量の棍棒を振りかざしてくる。
肉体戦では敵うはずがなかった。
(大見栄きったのは良いが、こっちは武器も持ち合わせてねぇからな。)
犬飼は基地の中を見渡したが、システム以外に何か置かれている様子はなく、武器になりそうなものは何もなかった。
(とにかく10分、猿渡がシステム停止させるまでアイツの気をこちらに向けさせないと。頼むぞ、猿渡。)
犬飼は剛羅に対峙しつつ鬼システムから徐々に離れていく。
剛羅は相変わらず部屋の前で仁王立ちしている。
(アイツ動きがねぇな。部屋の前から動かないつもりか?)
犬飼は距離を取りながら剛羅の様子を窺った。
(襲って来ない!)
(そうか、温羅さんの話によると鬼は凶暴に人を襲うわけではないはずだ。)
(よし、いったんやってみるか。)
犬飼はしばらく対峙した後、急に奥の部屋に突入する素振りを見せて走り出した。
すると剛羅は持っていた棍棒を大きく振り上げ、地面に叩き下ろした。
ドンという激しい音とともに、激しい振動が
基地を襲う。
(ものすごい衝撃だな。)
犬飼は適度な距離を取りながら、奥の部屋への突入を何度か試みる。
その度に剛羅は棍棒を上下左右に振り回していた。
その度に床の石が粉砕されていく。
(健気にも部屋に入れるなという鬼頭の指示を守り続けるつもりか。)
彼これどのくらい経ったのだろうか。
それにしても、石の床は硬く、逃げるたびに体力は予想以上に消耗していく。
(よし、アイツは動きはしなさそうだし、このまま動き続けても仕方ない。)
(そろそろ次の作戦だな。)
「よぉ、お前、名前は剛羅というのか。」
剛羅は犬飼から話しかけられたが、一切話をしようとせず、奥の部屋の前で仁王立ちになったままだ。
「お前は一日中、プロメテウスを護衛しているのか?」
「家族はいないのか?」
剛羅の棍棒を持つ手に一瞬、力が入る。
(一瞬だが力が入ったような…。家族か…。)
「そういや、ここに来る前に温羅と小椿という親子の鬼に出会ってな。」
「二人の微笑ましいエピソードなんかも聞かせてくれたよ。」
「お前にも家族はいるのか?」
「温羅!温羅は生きているのか!」
それまで無言だった剛羅が突然叫んだ。
「剛羅、お前、温羅の知り合いか?」
「温羅…温羅は俺の妹だ。」
「そうだったのか。」
「温羅はどこだ!温羅を出せ!さもないと俺はお前を容赦しない。」
剛羅は犬飼に棍棒を振り上げようとする。
「待て!剛羅!話を聞け!」
「温羅は今この島にいる!船で遭難していたところを俺たちが助けたんだ。」
剛羅の棍棒を振り上げようとした腕が止まった。
犬飼は心を落ち着けて話を続けた。
「剛羅、温羅はこの島をプロメテウスの支配から解放して平和な元の島に戻そうとたった一人で、幼い小椿を連れて戦っていたんだ。」
剛羅から戦闘の意志が感じられなくなっていた。
「温羅は数日前に行方不明となっていた。」
「島中どこを探しても見つからず、プロメテウス様の船が一隻無くなっていたので温羅が盗んだとなったんだ。」
「まぁ、それは事実だろうよ。」
「剛羅、お前ももう気づいているのではないか。」
「プロメテウスの支配がこの島にとって良いことではないということが。」
剛羅の目には涙が流れていた。
「俺は…温羅を守れなかった。温羅の旦那が処罰され、温羅たちも不当な扱いを受けた。」
「この2年間、アイツは苦しい思いをしていたんだ。」
「プロメテウスの支配がなければその苦しみは生まれなかった。違うか。」
剛羅は静かに犬飼の方を見て頷いた。
「確かに人間様の文明も良いかもしれねぇが、そこには代償を伴うこともあるんだよ。」
「温羅はただ昔のような平和な島を取り戻したかったんだ。」
「温羅…でもプロメテウス様に逆らえば処罰される…」
迷う剛羅に犬飼はきびだんごの御守りを掲げて力強く答えた。
「心配するな!俺たちが必ずプロメテウスの支配から解き放ち、島に元の平和な生活を取り戻してみせる!」
「ありがとう…温羅、温羅…ワァー!」
棍棒が落ちる音とともに剛羅は泣き崩れ、基地内には剛羅の泣き叫ぶ声が轟いていた。
犬飼は泣き崩れた剛羅のもとに駆け寄った。
「すまねぇな、お前たちにとっては俺たち人間が鬼だったのかもしれねぇな。」
犬飼は剛羅に寄り添った後、猿渡の方へ振り返った。
(まだだ。もう時間がない。)
(頼んだぞ、猿渡。)
(俺たちにはお前の力が必要なんだ。)
(お前の技術じゃなく、猿渡登、お前がな。)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます