第16話:鬼ヶ島上陸

補給船の視界にも鬼ヶ島が見えてきた。


ヘリからの情報では、海上に敵の動きはないとのことだった。


船内では浦島が周辺に注意しながら、鬼ヶ島へ向けて操縦している。


温羅、小椿の親子鬼は疲れからか船内でぐっすりと眠っていた。


犬飼も周辺に注意を払いながら、上陸に向けての準備をしていた。


温羅たちの眠る姿を見ながら犬飼は二人に会った時のことを思い返した。


プロメテウスの支配から逃げ出してこうしてゆっくり休めたのも久しぶりだったのだろう。


プロメテウスと名乗る人物はいったい何者なのだろうか。


猿渡の話だとシステムにもかなり精通しているようだ。


そして、温羅さんの話では奴が鬼を利用して全てを支配している。


この状況を放置していたら、いずれ奴が町を襲い、今以上の被害が出るのも時間の問題だ。


犬飼は思わず拳を握りしめた。


(必ず奴を捕まえる)


しばらくすると眠っていた温羅が目を覚ました。


「休ませていただきありがとうございます。」


「ところで此処はどのあたりになりますか。」


「お前らが逃げ出してきた島の近くだ。」


犬飼は不安げな表情の温羅を見るとその気持ちを察した。


「心配するな。俺たちはお前たちを苦しめるヤツを捕まえに行く。」


「すまねぇが、俺たちは島の事情に詳しくはない。」


「温羅さんが島を案内してくれれば助かるんだが…」


温羅は少し考えた後、ぐっすりと眠っている小椿を見ると心を落ち着けて答えた。


「かしこまりました。あなた方に助けていただいた恩義があります。」


「私では力不足かもしれませんが、よろしくお願いします。」


犬飼は鬼ヶ島での心強い味方を得た喜びと同時に一つ心配なことがあった。


「小椿は船に置いていくことになるが、大丈夫か?」


「小椿は強い子です。」


「先程は泣いてしまいましたが、私が居なくとも必ずお利口にして私の帰りを待ってくれるはずです。」


気丈な温羅の性格に小椿も似ているのだろうか。


温羅の子を信頼する母親としての眼差しに犬飼はこれ以上かける言葉はなかった。


***


ヘリは旋回して再び鬼ヶ島に向かっていた,


犬飼からの連絡によると補給船の到着まであと30分。


一足先に、ヘリの鬼ヶ島への上陸を試みる。


鬼ヶ島の影を捉えた雉屋がヘリの高度を徐々に下げていく。


ヘリのローター音が水しぶきにかき消されるかのように激しく水面を打ちつける。


ほんの数分の間のことだった。


上空から確認した浜辺に雉屋は着地するように速度を徐々に緩めて機体を安定させる。


そして、ヘリはそのまま鬼ヶ島の浜辺に着陸した。


桃谷、猿渡はヘリから降り、鬼ヶ島の地に足を踏み入れた。


広い浜辺を取り囲むように、無骨な岩が積み重なっている。


海には、数隻の船が船着場に係留されていた。


雉屋は二人をヘリから降ろすと上空からの支援に回るために、再び空へと飛び立った。


二人は大きな岩陰に身を潜め、補給船の到着を待った。


それにしても、鬼ヶ島は驚くほど静かだった。


本当に鬼がこの島に住んでいるのかどうかも分からないほどの静けさだった。


静かな浜辺に波の音が響き渡る。


「不気味なくらい静かだな。」


桃谷がふと呟いた。


「あの鬼が本当のことを言っているか分かりませんからね。」


「奇襲攻撃を仕掛けてくるかもしれない。」


桃谷は猿渡の発言に苦笑いした。


「間もなく補給船が到着する。」


「浜辺への上陸が問題ないか周囲に注意しよう。」


桃谷たちは辺りを見回したが、海辺は静寂に包まれたままだ。


桃谷は猿システムの無線機を手に取ると補給船の犬飼に伝える。


「現在、浜辺には誰もいないが、慎重に補給船の上陸を行って下さい。」


浦島船長の操縦する補給船が鬼ヶ島へ向けて進み続けている。


浦島と犬飼は周囲に十分に気をつけながら目の前に広がる島の光景に目をやった。


桃谷の言うとおり、島に人影らしきものは見当たらなかった。


浦島船長はそのまま補給船を浜辺へと近づけていった。


そして浦島船長は船の速度を落としながら鬼ヶ島の浜辺にあった桟橋へと接岸した。


補給船より犬飼と温羅が周囲を警戒しながら降りてくる。


補給船は彼らを降ろした後、一度船着場から離れ待機することとなった。


彼らが辺りを見回していると岩陰から桃谷が姿を現した。


桃谷が二人を岩陰へと手招きする。


「あなたが温羅さんですか。」


「僕は桃谷太郎です。僕たちに協力してくれてありがとうございます。」


桃谷の言葉に温羅は恐縮した。


「いいえ、私なんかがお役に立てるかどうか分かりませんが島の平和を取り戻すため協力させていただきます。」


「ありがとうございます。僕たちはこの島に初めて来たので何も分かりません。」


「温羅さん、あなたに島を案内していただくことは僕たちにとってとても心強いことです。」


温羅は桃谷の言葉にさらに恐縮した。


しかし、その横で猿渡は怪訝な表情を浮かべていた。


「温羅さん、僕は君を完全に信用した訳ではありません。」


「僕たちの案内役を買うなんて都合良すぎやしませんか?」


猿渡の言葉に犬飼は苛立ちを覚えていた。


その犬飼の雰囲気を察した桃谷がすかさず猿渡をなだめた。


「まぁ、猿渡くん。せっかく温羅さんは協力してくれているのだから、いったんそうした話は辞めようじゃないか。」


「いえ、すみませんねぇ。誰もいないこの静けさが妙で何だか変な胸騒ぎがするんですよ。」


「桃谷さん、人間様が私たち鬼に対してそのような印象を持たれていても全く問題ありません。」


温羅はそう言って真っ直ぐな瞳で桃谷を見た後、猿渡にもその瞳を向けた。


「猿渡さんとおっしゃいましたね。」


「すみません、もし私がお邪魔なようでしたら私はここで皆様とお別れします。」


猿渡は温羅の真っ直ぐな瞳から目を逸らした。


「いえ、何もあなたを完全に疑っている訳ではないんですよ。気にしないで下さい。」


「温羅さん、不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。」


「猿渡くんも、みんなを守ろうとしてのことなんです。」


温羅は桃谷の言葉に笑いながら答えた。


「桃谷さん、私の事は気にしないで下さいね。」


「かえって気を遣わしてしまって申し訳ありません。」


「さぁ、そろそろプロメテウスの基地へと行こうじゃないか。」


犬飼はそう言うと岩陰の後ろに広がる森の中へ向かおうとした。


「待って下さい!犬飼さん!」


温羅の声に犬飼は足を止めた。

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