第17話:迷いの森

温羅は森の中へ続く道を行こうとする犬飼を制止した。


「その道にはヤツが人間様の世界で使われているセンサーと呼ばれるものが設置されています。」


「センサーだと!プロメテウスはこの島にそんなものまで仕込んでいるのか?」


「はい。この道はヤツが船着場まで行くための道なんです。」


「その道にセンサーを仕込んでいるのか。」


「私たちの集落はこの浜辺の反対側、森の向こう側にあります。」


「普段この浜辺に来るものはおりません。」


「でも温羅さんはこの船着場から逃げ出したんだろ?」


「この森の中を抜けてきたんじゃないのか?」


犬飼の言葉に温羅は首を縦に振った。


「はい、私は娘とこの森を抜けてきました。」


「あなたはそのセンサーをくぐり抜けてきたと言うのですか?」


猿渡は思わず、温羅に聞き返した。


「私たち親子は2年もの間、ヤツから不当な扱いを受けてきました。」


「その間、ここから逃れたい思いでいっぱいでした。」


今まで柔和だった温羅の表情が険しくなった。


「ヤツは人間様の文明の導入だと森の主要な道にセンサーなるものを設置したと言っていました。」


「この道は人間様の元に行くことが許されたものだけが通ることができる道だと。」


「なるほど。船着場までの道を通るものがいればプロメテウスに分かるようになっているのか。」


猿渡はプロメテウスという人物への関心がさらに高まった。


「私はこの道以外に船着場まで行くルートがないのかと必死に探しました。」


「たとえ見つかったとしてもヤツの支配から逃れるためにはこの方法しかなかったのです。」


「あなたはセンサーのない道をご存じなのですか?」


「はい、ただ私は集落から船着場まで道なき道を通ってきたようなものです。」


「温羅さん、僕たちもあなたが通ってきた道からプロメテウスの基地へ行きたいと思います。」


桃谷はそういうと犬飼と猿渡に目線を向けた。


二人とも桃谷の意見に同意したという表情だった。


「分かりました。それでは参りましょう。」


温羅は岩陰から木々の生い茂る方へと向かっていった。


三人も彼女についていく。


その道は確かに道というよりかは木と木の間を通り抜け、足元は枯れ葉で埋め尽くされ、土は柔らかくて歩くたびにヌメッとした感触が伝わってくる。


奥へ行けば行くほど方角さえも分からなくなるような道なき道を温羅はひたすら歩いていく。


「温羅さん、よくこんな道を通って来れたな。」


犬飼は温羅の行動力に感心していた。


「いえ、小椿のおかげです。」


「どういうことだ?」


「小椿は昔からお転婆でこの浜辺まで行くのにこの森の中を駆け回っていました。」


温羅は懐かしそうな表情を浮かべていた。


「この浜辺はヤツの船着場になるまでは、私たち親子の思い出の地なのです。」


「迷子にならなくて良かったな。」


「いえ、小椿を探すのにこの森の中を一晩中探し回ったこともありました。」


「でもそのおかげで船着場までの方角は何となく分かりましたから、小椿のおかげですね。」


温羅親子の微笑ましいエピソードを聞きながらも緊張感は途絶えることなく、一行はプロメテウスの基地へと向かっていく。


「それにしてもプロメテウスに気づかれずによく逃げ出せたよな。」


「気づかれてはいると思いますよ。」


「温羅さんの船ではプロメテウスのシステムが起動していましたから、さすがに船が出てたことは分かっていたと思います。」


犬飼の疑問に猿渡は淡々と答えた。


「気づいていたなら、なぜヤツは温羅さんを放置したのか。」


「犬飼さんがシステムを壊したからでしょう。」


「親子鬼が船で逃げて船のシステムの反応がなくなった。」


「まぁ、遭難でもして船が沈んだとでも考えているのではないでしょうか。」


「それにまさか鬼が人間に保護されているとは思わないでしょう。」


猿渡は桃谷の方を見ながら答えた。


「それよりもプロメテウスの基地周辺にはセキュリティ対策とかはされていないのかい?」


猿渡はプロメテウスのセキュリティ対策に警戒心を抱いていた。


「私の知る限りでは護衛の鬼が一頭いるだけです。」


「ヤツは2年前、人間様の国からいただいた金品を売りさばいて船着場の整備やセンサーを導入していました。」


「人間様の文明を築くのは大変なんだよと言っていました。」


「プロメテウスは奪った金品を売りさばいてこの島を支配しようとしていたのか。」


温羅の話を聞き、犬飼はプロメテウスの卑劣な行為に怒りが込み上げていた。


四人は森の中をひたすら歩き続けた。


船着場の方角が分からなくなるくらい、木と木の間をすり抜けていた。


先頭を行く温羅の歩みが少し遅くなった。


「皆さん、もう少しでヤツの基地に着きます。」


温羅の言葉に三人の緊張感も高まっていた。


そして温羅は森の茂みの中に隠れるようにしゃがみ込んだ。


三人もそれにならいしゃがみ込む。


「あそこにある石造りの建物がヤツの基地です。」


四人の目の前には古めかしい石造りの基地が建てられていた。


この中に最新のシステムを操る人間が潜んでいるとは思えないほど、荒々しく建てられている。


四人は茂みに身を潜めながら建物の周囲に目をやった。


やはり誰かがいる形跡はなかった。


「ヤツの基地に近づく者はほとんどおりません。」


「皆はヤツを崇拝していますし、集落で人間様の文明を築こうと必死で働いています。」


「この建物もヤツが造らせました。」


驚くほど静かに時間が流れていく。


「どうする、入口はあそこしかないのか?」


犬飼が茂みの中から入口を指差した。


「私は入口はあそこしか見たことはありません。」


「猿渡くん、念のため入口付近に何か罠がないか調べてくれないか。」


桃谷は猿渡に猿システムに搭載された小型スキャナで罠がないか調べさせた。


「特に反応はないし、センサーのようなものはないでしょう。」


「おそらく資金にも限界があるのでしょう。」


桃谷は猿渡からの報告を聞くと突入の決意を固めた。


「分かった。ありがとう、猿渡くん。それでは基地の中に突入しよう。」


「くれぐれも慎重に行こうか。」


「護衛が一人とはいえ、何処にいるか分からない。」


「ヤツの護衛は常にそばに居りますので、一頭だけで行動していることはまず考えられないかと思います。」


「ありがとう、温羅さん。それと君はここにいてもらえますか?」


「僕たちと一緒に居るところをプロメテウスに見られてもまずい。」


「あと、もし僕たちがしばらく経っても出てこなかったら雉屋さんや浦島さんに知らせに行って欲しいんだ。」


「二人には伝えておくよ。」


「はい、分かりました。どうかご無事で。」


「ありがとう。それじゃあ行こうか。」


桃谷、犬飼、猿渡の三人は茂みから飛び出すと古びた建物へと向かって走っていった。

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