第12話:ランデブーポイント
明朝、ヘリは鬼ヶ島がある方向へと順調に進んでいた。天候にも問題はない。
機内のローター音が響く中、雉屋は操縦席で鬼ヶ島の座標位置を目指して運航していた。
雉屋は父親のことを考えていた。
(2年前、突然父は私たち家族の前から姿を消した。)
(父は多くを語らなかったけど、鬼の事件の捜査をしていたに違いない。)
(そして父は海を眺めながら言った。「鬼ヶ島がある」と。)
雉屋は感傷に浸ることなく、操縦を続ける。
(最初は冗談なのかと思ったけど、明くる日に任務中に船の上に鬼が乗っているのを目撃してしまった。)
(海上保安庁のシステムバグと関係があるかは分からない。)
(でも猿渡さんはそのシステムバグから鬼ヶ島の座標位置を見つけた。)
(きっとここには鬼ヶ島がある。父が探していた鬼ヶ島が!)
鬼ヶ島に近づくにつれて彼女の胸は熱くなった。
一方、猿渡はシステム通信の確認を行っていた。
彼は鬼が相当な技術を用いてシステムを運用していると考えていた。
(いよいよ、鬼ヶ島に行けるのか。)
(凶暴な鬼たちが金品強奪の後のシステムの痕跡を見事に隠滅していた。)
(これはただの鬼の仕業じゃない。相当なシステム技術の持ち主だ。)
(しかし、気になるのはあの海上保安庁のシステムバグに残されたアルゴリズムだ。)
(あのアルゴリズムは確か国際大会で使われていたものだ。一体どういうことだろうか。)
操縦する雉屋、システム通信の確認をする猿渡の姿を見ながら桃谷は一人考えていた。
(今回の鬼退治。初めは凶暴な鬼を倒して町の平和を守ることが目的だったが、鬼の拠点、鬼ヶ島まで行くことになるとは。)
(ゴンさん、猿渡くん、雉谷さんはありがたいことに僕に着いて来てくれた。)
(しかし、本当にこれで良かったのだろうか。)
(みんなを巻き込んでしまったのではないだろうか。)
桃谷はポケットからきびだんごの御守りを取り出した。
(おじいさん、おばあさん僕は正しいことをしているのだろうか。)
桃谷の心が揺れ動く中でもヘリはただ真っすぐに鬼ヶ島へと向かっていた。
***
浦島船長の燃料補給船も順調に鬼ヶ島へ向かって航路を渡っている。
補給船には船長の浦島と犬飼が乗っていた。
浦島航。元捜査第一課の刑事で雉屋広海刑事部長の部下で、犬飼の同僚だった人物だ。
犬飼は運航中の浦島を見ながら思っていた。
(まさか、アイツが刑事を辞めて民間の燃料補給船の船長をやっているとはな。)
(2年前、後輩が鬼の後を追いかけ死んだ。その後キジさんもいなくなった。)
(俺はそこで刑事を辞めたが、浦島も刑事を辞めていたとはな。)
(そして、そう鬼ヶ島に行けば、後輩の死も、キジさんの無念も晴らせるだろう。)
犬飼はポケットからきびだんごの御守りを取り出した。
(桃谷巡査部長、お前のおかげで鬼ヶ島へ行くことができる。)
(いや、お前がいなければ、俺は後輩の死やキジさんの思いから目を背けてただただ山奥で組織を恨み生活していただけだ。)
(お前のおかげだよ。必ず鬼退治をしよう。)
***
猿渡は通称「猿システム」の無線機を手に取り、通信の確認をする。
「犬飼さん、聞こえるかい?」
「おぅ、聞こえるぞ。」
通信に問題はなさそうだった。
桃谷が猿システムで犬飼に確認する。
「ゴンさん、海の航路には変わったことはないですか?」
「こっちは浦島船長がしっかりと運航してくれているから問題ないぞ。」
桃谷たちは補給ポイントに近づいていた。
「間もなく予定どおりランデブーポイントへ到着します。」
「補給中のホバリングは最も無防備な時間になるの。十分に注意して下さい。」
雉屋の言葉に桃谷たちもいっそう気を引き締める。
「通信回線やシステムにも異常はありません。」
「間もなく浦島船長の船がランデブーポイントに到着します。」
猿渡が入念にシステムを確認する。
「あとは無事に給油作業を完了するだけだ。雉屋さん、お願いします。」
との桃谷の言葉に雉屋は力強く答えた。
「任せて。必ず成功させるわ。」
その時だった。
雉屋は補給ポイント付近に一隻の船を確認した。
「ランデブーポイント付近に一隻の船を確認!浦島船長に報告して!」
桃谷たちも雉屋の緊迫した言葉に緊張が走った。
桃谷はすぐさま補給船へと連携を入れる。
「何だって!ゴンさん、ランデブーポイントに一隻の不審船を確認!」
「何だって!浦島、ランデブーポイントに一隻の不審船だ!」
猿システムから叫ぶ犬飼の声が聞こえる。
猿渡は冷静に助言する。
「もしかしたらこの猿システムの電波が傍受されているかもしれません。」
「なるべく補給船との通信も最低限にしなければ。」
「ただちにあの船を解析してみましょう。」
浦島船長は速度を落として、桃谷からの指示を待った。
猿渡から解析結果の報告があった。
「あの船の解析結果ですが、おそらく鬼のシステムを利用しているのではないかと思われます。」
「これは強奪事件のシステムの痕跡と非常に類似しています。」
猿渡からの報告に桃谷が緊迫した表情で言った。
「まさか、補給ポイントに仕掛けてくるとは。」
「やはり鬼は単なる凶暴な鬼というだけではなさそうだ。」
「あの船の鬼の目的は分からないが、このまま放置もできない。」
「ゴンさん、様子を見てあの船に接近することはできますか?」
桃谷は即座に犬飼に確認した。
「浦島船長から少しずつ接近してみるとのことだ。」
「ゴンさん、くれぐれも注意して。危険を察知したらすぐに引き返して下さい。」
桃谷は犬飼に注意を促すと浦島船の無事を祈るしかなかった。
***
船内は緊迫した空気が満ちていた。
ランデブーポイント付近で不審船が確認された。
しかも、猿渡のシステム解析では鬼と何らかの関係があるとのこと。
浦島船長は慎重に目的の船に近づいていく。
思ったよりも小型の船だ。すると小型船の方から声が聞こえてきた。
「助けて下さい!」
けたたましい叫び声に犬飼と浦島船長は思わず船の中に目をやった。
「あれは…。浦島、もう少し近づけるか?」
補給船は小型船に近づいていく。
「助けて下さい!人間様!」
犬飼は目を疑った。
そこには親子の鬼が二人寄り添って船に乗っていたのだ。
このまま近づくべきかどうか迷っていた。
すると母鬼は補給船の犬飼たちに向けて訴える。
「私はどうなっても構いません。」
「この子だけでも助けて下さい!」
母鬼のあまりにも必死な様相に犬飼は困惑した。
本来であれば鬼に遭遇し、この鬼を倒して鬼ヶ島への道を突き進めば良いだけの話だった。
しかし、目の前にいるのは鬼は鬼でも子供を必死で守ろうとする一人の母親だった。
犬飼はとりあえず鬼親子に警戒心を払いながら話しかけてみた。
「そこの船の者。間もなくこの地点は我々が重要任務を遂行する場所だ。」
「速やかに船を移動させてくれないか。」
母鬼は涙を流しながら、犬飼に話し始めた。
「私たちはあなた方人間様の邪魔をしようなどとは一切考えておりません。」
「ただこの子と一緒に乗り慣れない船での移動に疲れ果ててしまって。」
「人間様が私たち鬼のことをよく思っていないことは知っています。」
「私はどのような不当な扱いを受けても構いません。」
「でも、この子だけは助けていただけませんか。お願いします。」
犬飼は母鬼の話を聞いていると胸が苦しくなった。
「心配するな。我々は危害を加えない者を不当に扱ったりはしない。」
「それよりもどうして子供を連れて船に乗っている?」
母鬼は犬飼の言葉に少し安堵の表情を浮かべたが、その顔は何かに怯えているようだった。
「私たちはヤツの支配から逃れようと思い、後のことは何も考えず船を奪って逃げてきました。」
「でも、海は想像以上に広くて、何処に行けば良いのかも分からず彷徨っておりました。」
犬飼の心は揺れていた。
自分たちは鬼退治のために鬼ヶ島へ向かっていたはずだ。
なのに目の前に現れたのは人と変わらず我が子に愛情を注ぐ純粋な心を持った鬼だった。
犬飼は無線機を手に取った。
***
桃谷たちはヘリから犬飼たちの報告を待つしかなかった。
浦島船長の船は不審船に接近しているようだ。
猿渡の解析により鬼のシステムに限りなく類似しているということは鬼が乗っている可能性が非常に高くなる。
その時、無線機から犬飼の声が届いた。
「こちら、犬飼。不審船には2頭の鬼。親子だ。」
報告を受けた桃谷が指示を出す。
「鬼の親子。よし抵抗するようなら戦闘態勢に入らないといけない。」
「周辺に他の船がいないかヘリで確認する。」
桃谷の指示を聞いた犬飼が無線機の向こうから訴える。
「待て、桃谷。この親子はワシたちに危害を加えるようなことはしない。」
「コイツらは悪者の支配から逃れようとしてきた鬼だ。」
「それは罠だ!犬飼さん!」
猿渡は思わず叫んでいた。
「いや、この親子鬼を保護する。」
「何を言ってんだ、アンタ!気でも狂っちまったか!」
「鬼を保護するなんて、こんなの罠に違いない!」
猿渡の言葉に沈黙が走る。
桃谷は犬飼のことだからきっと何か考えがあるに違いないと思った。
しかし、彼には猿渡の言い分も十分に理解できた。
彼の心も迷っていた。どちらの意見をとるべきなのか。
悩んだ末に桃谷は決断を下し、犬飼に告げた。
「犬飼さん、親子鬼を保護して下さい。」
猿渡は憮然とした表情でヘリの外を眺めていた。
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