第13話:犬の救出劇
補給船では親子鬼の保護のための準備が行われていた。
浦島船長は補給船を減速させ、鬼の小型船に横付けを試みる。
天候はよく、波もそれほど激しくはなかった。
補給船は鬼の船と平行に進んでいる。
犬飼はロープを鬼の船に投げ込んだ。
犬飼の指示のもと、母鬼は投げ込まれたロープを素早く船体に結びつける。
犬飼は船が安定した瞬間、鬼の船の甲板へと飛び移った。
まず、母鬼が抱えていた子鬼を引き取ろうとした。
子鬼は母鬼と離れることが怖いのか、犬飼のことが怖いのか、怯えた表情をしながら母鬼から離れようとしない。
母鬼は子鬼を抱きしめたあと真っすぐに子鬼の目を見つめていた。
そしてゆっくりと子鬼を犬飼に引き渡した。
犬飼はそのまま子鬼を抱えて補給船へ飛び移る。
犬飼は子鬼を補給船に預けると再び鬼の船へと飛び移った。
母鬼は衰弱しきっているように見える。
今度は母鬼を補助しながら補給船へ飛び移った。
三度、犬飼は補給船に持ち込んでいた工具箱の中からハンマーを手に取り、鬼の船へ飛び移った。
コックピットに入ると持ってきたハンマーで船のシステムを壊した。
一通り作業を終えると犬飼は再び補給船へ飛び移った。
補給船に戻った犬飼が親子鬼の方を見ると彷徨いながらの船旅からか、またヤツの支配から逃れることができたからか、先程よりも安堵している様子が窺えた。
犬飼は彼女たちに補給船に積んでいた食料を分け、船でヤツの支配から逃れようとした経緯の話しを聞くことにした。
「まぁ、ゆっくり食べな。ところでお前たちどうして鬼ヶ島から逃げてきたんだ?」
母鬼は口にしていた食料を食べ終えると犬飼にお辞儀をした。
「この度は私たち親子の命を救っていただきありがとうございます。」
私は温羅(おんら)といいます。こちらは娘の小椿(こつばき)です。」
犬飼は温羅の丁寧な対応に驚きを隠せなかった。
温羅は続けて鬼ヶ島の現状について語り始めた。
「今、私たちの島では一人の怪物が島を支配しています。」
「ヤツが来たのは2年前のことでした。」
「ヤツは船で私たちの島にやってきました。」
「人間様は私たちにとって文化、文明ともに憧れのような存在です。」
「それと同時に、鬼たちの間では人間様に姿を見られると災いが起こるとも言われています。」
「ちょっと、待て!その島に来た怪物というのは人間なのか!?」
あまりの衝撃に犬飼は温羅に聞き返す。
「はい、ヤツは人間様です。」
「そして、彼は私たちが従順なのを利用して島に様々な掟をつくりました。」
「彼の言い分は巧妙で、私たち鬼に人間様と同じような文明を作るのだと言っていました。」
「ヤツが来たのは2年前とか言っていたな。」
「ヤツは2年前からお前たちの支配を始めていたのか?」
犬飼は2年前の鬼の事件と何か関係あるのかと考え尋ねた。
「はい、2年前に一度、誰か人間様の国で働きたい奴はいないかとの話がありました。」
「君たちの能力を持ってすれば容易い仕事だと。」
「私の主人はその役目に抜擢され、人間様の国へ行ったのです。」
犬飼
(2年前の鬼の事件の鬼か。俺の後輩を死に追いやった…。)
「主人はヤツの言う通りに働きました。」
「しかし、一つ過ちを犯してしまいました。」
「過ちだと…」
「はい、彼は私たちには人間様の国で人間様を殺めてはならないとの掟を決めていました。」
「何だって!?」
「主人はその掟を破って、いや正確には故意にではなかったのですが、結果的に人間様を殺めてしまったのです。」
「どういうことだ?」
「私の主人も掟を守っていました。」
「人間様の国で主人が託された仕事は家の中から金品を取ってくるというものでした。」
「主人は見事に成功しました。次の家から金品を取った時に二人の人間様に見つかりました。」
犬飼
(俺と後輩か…)
「主人は人間様には関わらないでいたかったのです。」
「しかし、あろうことかそのお二人は追いかけてきたそうです。」
「ヤツは人間様は私たちを見たら逃げるからと聞かされていたのですが…。」
温羅の目には涙が溢れていた。
「主人は必死で逃げました。」
「このままでは人間様の国での初めての仕事が失敗に終わってしまうとのプレッシャーと下手に暴れてしまっては人間様を殺めてしまいかねないと…。」
「しかし、悲劇は起きてしまい、一人の人間様が追いかけてきて、追い込まれてしまった主人はパニックになり、持っていた棍棒を振り回しました。」
「人間様はそれを避けようと足を滑らせて崖から転落してしまいました。」
犬飼は呆然としていた。
自身が後輩と追っていた鬼は人に操られていたというのか。
後輩の死の真相を彼は受け止めることができなかった。
「その後、主人は島へ戻りましたが、ヤツの指令により処罰されました。」
「命こそ救われましたが今は奴隷のごとく働かされています。」
「そしてその仕打ちは私たち家族にも向けられ、2年もの間、私たちも不当な扱いを受けました。」
「他の鬼たちもヤツには逆らえないのです。」
「私はまた元の平和な島を取り戻したい。ヤツが来る前の平和な島に!」
犬飼は温羅の言葉に胸が痛んだ。
(鬼たちにも平和な暮らしがあったはずなのに…。)
(俺たちは鬼ヶ島へ鬼退治に行くのか…。)
(どうすれば良いのか、もう少しヤツに関する情報が必要だな。)
「分かった。ところでそいつは名前とか名乗っていなかったか?」
「はい、彼は島に来たときに自分の名前をおっしゃっていました。」
「自分の名前はプロメテウスだと。」
「プロメテウスだと!」
***
桃谷は鬼親子を無事に保護したと犬飼から報告を受けていた。
しかし、それ以降の通信は今のところない。
ヘリでは雉屋が他に不審船がないか確認や補給ポイントの変更への対応に追われていた。
一方で猿渡は憮然としながらシステムのチェックなどを行なっている。
桃谷は猿渡に声をかけた。
「猿渡くん。鬼が罠を仕掛けてきたという君の意見も分かる。」
「だがここは現場で対応してくれているゴンさんに任せよう。」
猿渡は黙ったまま作業をしている。
桃谷は猿渡にきびだんごの御守りを見せて言った。
「ゴンさんを、仲間を信じよう。」
猿渡はきびだんごの御守りを見るとすぐにまた作業に戻った。
(仲間か…。僕には関係ない。)
(僕はこの鬼のシステムに興味があるだけだ。)
(仲間など僕には必要ない…。)
その時、犬飼から報告が入った。
「鬼の名は温羅と小椿。親子だ。」
「鬼ヶ島の現状が分かった。人だ。」
「プロメテウスとか名乗る人間の仕業だ。」
犬飼からの報告にヘリの桃谷たちは耳を疑った。
桃谷は心を落ち着けて犬飼に聞いた。
「ゴンさん、人間が鬼を支配しているというのかい?」
「そうだ。」
そこに猿渡が割って入る。
「だから罠だと言っているだろ!」
「どうして鬼の言っていることが本当だと言える!」
犬飼は珍しく感情的な猿渡に驚きながらも答えた。
「俺の長年の勘だと言ったらどうする?」
「刑事をやる中で俺は多くの人を見てきた。」
「少なくともこの温羅さんが嘘をついているようには思えん。」
猿渡は犬飼の答えを馬鹿にするかのように嘲笑いながら答える。
「刑事を辞めて2年、あなたの勘など頼りになるのですか?」
「ましてやあなたの目の前にいるのは人ではなく、鬼だ。刑事時代の勘など当てにはならない。」
その時、雉屋が現在の状況の報告を犬飼に行う。
「犬飼さん、現在周辺には不審な船は見当たりません。」
「燃料補給のためのランデブーポイントの変更をお願いします。浦島さんに伝えて下さい。」
「了解…。」
***
犬飼は雉屋から新たなランデブーポイントを聞くと無線機を切った。
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