第10話:猿の論理と鬼ヶ島
猿渡は再び警察本部に呼び出されていた。
先ほど海上保安庁のサーバー室で2年前のバグから鬼ヶ島の座標位置を特定したためだ。
猿渡は再びあの刑事部長たちと顔を合わせるのは面倒だったが、鬼ヶ島へ進むための必要なプロセスなのだと自分に言い聞かせた。
すると金城課長が会議の進行を始めた。
「それでは、只今より、海上保安庁でのシステムバグの解析結果について猿渡さんから報告をしていただきます。」
「猿渡さん、あなたは鬼ヶ島とおぼしき座標位置を特定をされたと伺っておりますが、本当ですか。」
会議室がにわかにざわめき出す。
そのざわめきにも臆することなく、猿渡は得意気に答えた。
「はい、2年前のシステムのバグからたどることができました。」
「私からしたら大した事ない話ですよ。」
その生意気な態度に大和刑事部長は終始イライラを隠せない。
「ふん、何が鬼ヶ島だ。その場所が鬼ヶ島だとどうして言い切れる。」
猿渡はこの男を黙らせようと大和刑事部長を一瞥し、彼を嘲笑うかのように自身の掴んだ情報の報告を始めた。
「論理的に話しましょう、刑事部長。」
「2年前、富豪宅を襲撃したのは熊でしたね。」
「しかし、その襲撃後の通信記録には、現場周辺のすべての民間ドローンとヘリのシステムに、一瞬で不可解な強制シャットダウンが記録されています。」
大和刑事部長はいきなり語り始められた猿渡の論理についていけず目を丸くした。
猿渡は彼のことなどはお構い無しに続ける。
「そして、そのシャットダウンを追跡した結果、特定の座標から発せられた固有の電磁波パターンが浮かび上がりました。」
「その座標は、全ての地図から意図的に消去されているます」
「しかし、2年前のシステムバグの隠されたエラーログには、『Onigashima_Base.loc』と記録されています。」
猿渡の『Onigashima』との言葉に、会議室は再びざわめき出した。
猿渡は両手で机をドンと叩き、室内のざわめきを断ち切ると自信たっぷりに核心を突く。
「私のシステムが『鬼ヶ島』と断定しているのではない。」
「あくまでシステムの鬼が、この場所を『鬼ヶ島』と名付け、そして完璧に隠蔽した。」
「ただ、それだけの話です。」
猿渡の報告が終わると大和刑事部長の手は怒りでわなわなと震えていた。
まさにこの会議室を制していたのは猿渡だった。
このままでは大和刑事部長が爆発しかねないと察した金城課長がすかさず須佐本部長へと提案する。
「鬼ヶ島かどうかはともかく、これは連続強盗事件の捜査です。」
「もしかしたらこの座標に金品の流れがあったり、闇ルートに繋がっているかもしれません。」
「これは我々で捜査した方が良いのではないでしょうか?」
捜査第一課課長である彼の提案は真っ当なものであったが、須佐本部長はその提案を退けた。
「いや、猿渡くんには申し訳ないが君の提示した情報だけで我々は動くことはできない。」
「しかし、本当にそこに鬼ヶ島があり、我々を動かすだけの何らかの情報を掴んでくれたら我々としても動くことにしよう。」
金城課長は須佐本部長の本意を図りかねていた。
「しかし、それでは…」
須佐本部長はその様子を察して金城課長に向かって諭す。
「分かっている。しかし、その座標位置を調べて欲しいと海上保安庁に頼んでみることにしよう。」
「鬼の証言をしていた雉屋とかいうパイロットを推薦しておく。」
須佐本部長が話し終えて猿渡の方を見ると、猿渡は一礼して席に座った。
***
海を眺めている雉屋に犬飼は尋ねた。
「雉屋さん、そういやお父さんは元気にしてるかい?」
「体調不良で刑事を辞めたから心配してて。電話も繋がらねぇし。」
犬飼は先ほど『うみはま食堂』で雉屋翼が父親を探していたことを聞いていた。
しかし、キジさんのことを聞き出したいとの思いで様子を窺っていた。
雉屋は犬飼の方を振り返り、一瞬顔をこわばらせたが再び微笑んでいた。
「はい。父は必ずどこかで元気に暮らしています。」
犬飼はキジさんが家族のもとにはいないということを確信した。
「どこかって…」
雉屋の笑顔は崩れなかった。
「父は2年前に刑事を辞めてからどこかに行っちゃって、書き置きだけあったんです。」
「『必ず戻る、心配するな』って。」
犬飼はキジさんが家族に会うことすら許されないような状況だったことを初めて知った。
また、その父を信じて待つ娘の姿を見て込み上げてくる気持ちを抑えていた。
「どうしてキジさんは姿をくらましたんだろう」
雉屋は再び海を眺めていた。
「詳しいことは分かりません。仕事のことはほとんど教えてくれませんでしたから。」
「ただ、2年前に鬼の事件があった時に海を見ながら鬼ヶ島があるって言ってました。」
「冗談だろうなと思っていたら、私が船に乗る鬼を見てしまって。」
「きっと鬼ヶ島へ行くんだろうなと思ってあなたにお話ししました。」
犬飼は遠くの地平線を眺める雉屋を見て、彼女と共に鬼ヶ島に必ず行くと決意した。
「なるほど、キジさんはどうして鬼ヶ島があると言ったんだろ」
雉屋は海の遥か遠くを眺めていた。
「私には分かりません。」
「でもその後、父もいろいろ捜査していたみたいですが、急に刑事を辞めてしまって。」
「家族でもどこにいるのか分からない状態です。」
その時だった。雉屋の携帯電話の音が鳴り響いた。
「はい。雉屋です。はい、了解しました。」
雉屋は桃谷と犬飼の方を振り返ると微笑みながら言った。
「今、海上保安庁から緊急の任務が入りました。」
「警察本部からの依頼で、広域捜査のため協力するようにとのことです。」
「さぁ、行きましょうか。鬼ヶ島に。」
***
警察本部の会議室には、須佐本部長、猿渡が残っていた。
須佐本部長は猿渡に言った。
「海上保安庁にはヘリとパイロットの手配を頼んでおいたよ。」
そこに海上保安庁からの連絡を受けていた金城課長が戻ってきた。
「須佐本部長、先ほど海上保安庁から連絡がありました。」
「こちらの人員についての問い合わせがありました。どのようにお答えしますか。」
須佐本部長は少し考えたあと金城課長に言った。
「今回は極秘捜査ということで我々の信頼できる3人を同乗させると海上保安庁にも伝えておこう。」
そして猿渡の方を向くと語気を強めて言った。
「あくまで君たちの役目は鬼ヶ島の存在の確認と情報収集だ。」
「決して無茶なマネはしないでくれ。」
猿渡には須佐本部長がどうしてそんなことを言うのか分からなかったが、とりあえず頷いた。
金城課長は続けて報告した。
「あと、こちらが伝えた座標に向かうにはあまりにも距離があるので、燃料補給船が必要とのことです。」
須佐本部長は金城課長に指示を出した。
「今回は我々の方で手配しろ。」
金城課長は困惑した表情を見せた。
「それでよろしいのですか。」
須佐本部長は金城課長の表情を見て補給船の操縦士について確認した。
「良い。誰か、適任者はいるかな?」
金城課長は少し考えた。
この状況でも補給船を出してくれそうな人物。
「そうですね…。この状況であれば浦島さんが適任かもしれません。」
須佐本部長はその男の名前に聞き覚えがあった。
「浦島くんか…」
「はい。彼ならこちらの事情も汲んでくれると思います。」
「彼にお願いしてみるのが一番かと。」
金城課長は須佐本部長の指示を待った。
「よし。浦島くんに任せよう。」
「そうだ金城課長、犬飼くんには浦島くんの補給船に乗ってもらうことにしよう。」
「至急、浦島くんに連絡してくれ。」
金城課長は一瞬考えたのち、
「なるほど。かしこまりました。」
とそう言うと急いで会議室を去っていった。
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