第9話:雉の契りと鬼ヶ島への航路
警察本部を背に桃谷と犬飼は歩き出した。
「鬼ヶ島を見つけるったってどうすりゃいいんだ。」
「猿渡くんが海上保安庁のシステムバグを調べる中で何か分かるかもしれません。」
「それに須佐本部長が鬼ヶ島の証言者である海上保安庁のパイロットの雉屋さんを推薦するとおっしゃっていました。」
「僕たちは彼女に話を聞きに行きませんか?」
「そうだな。猿渡なら鬼ヶ島の手がかりが得られるかもしれない。」
「しかし、ゴンさんどうやって雉屋さんに話を聞きに行こうか。」
「それなら問題ない。俺に任せとけ」
***
猿渡はシステムバグを調べるために海上保安庁のサーバー室に来ていた。
(まさか海上保安庁のシステムを調べることになる日が来るとはな。)
(確かシステムバグは2年前だったな。)
重厚な扉の中で激しくサーバーノイズの音が響きわたる。
横には制服を着た海上保安庁のシステム管理官が冷めた目で猿渡のことを見ていた。
しかし猿渡はシステム管理官のことは気にもせず目の前のコードの世界に入り込んだ。
目の前で展開される何十万行のログデータを高速でスクロールし、彼がキーボードを叩く音だけがノイズの中で明確に響く。
彼は通常のバグの中に一種の違和感を覚えた。
このバグのアルゴリズムはかつてハッキングの国際大会で使われていたものと同じであった。
(やはりこのバグは意図的に仕掛けられたものか。)
(それにしてもまさか国際大会で頂点に立った天才のアルゴリズムを認知しているとはな。)
(しかしこれを本当にあの凶暴な鬼が仕掛けたとしていたら相当な技術の持ち主だ。)
(本当に鬼の仕業なのか、まるでシステムで遊んでいるかのようだ。)
猿渡はますますこのシステムの鬼に興味がそそられた。
そして暗号化されたデータが展開されると特定の海域のGPS座標が画面に表示された。
(いざ、天才が招きし鬼ヶ島へ)
***
犬飼は過去の記憶を辿って桃谷に話し始めた。
「雉屋翼、2年前に船上の鬼の証言をした海上保安庁の女性パイロット。」
「そして、俺が刑事だった時の刑事部長雉屋広海の娘だ。」
犬飼は懐かしそうな表情を浮かべていた。
「キジさんは正義感の強い人で、娘も父親に似て正義感が強かった。」
「2年前に話を聞いた時もこの広大な海を見ながら『平和を守りたい』とか言っていたな。」
「キジさんも娘のことが大好きで俺の娘は海で平和を守ってるんだとかメシに行く度によく言っていたな。」
犬飼は携帯電話を手に取ると電話をかけた。
(おかけになった電話番号は現在使われておりません…)
無情なアナウンスが犬飼の耳元で流れる。
犬飼は携帯電話の番号を再度確認した。
雉屋広海で登録している番号だ。
(キジさん、あんたはどこへ行っちまったんだよ。)
(あんたがいれば娘と会うことも容易かったろうに。)
犬飼は桃谷を連れてキジさんと良く行った定食屋『うみはま食堂』に入り、キジさんの好物であったミックスフライ定食を注文した。
(この店に来るのも2年ぶりだな。)
(娘とはシステムバグに関することと鬼のことしか聞いてないし、彼女が行きそうな場所とか分かればいいのだが)
犬飼が思案にくれていると店主がミックスフライ定食を持ってくる。
「はい、ミックスフライ定食だよ。」
「ありがとよ。店主、覚えているか?」
「おうよ。久しぶりだね。よくお連れさんと来てくれていたのを覚えているよ。今日は一緒じゃないんだね」
犬飼は、サクサクの衣をまとったエビフライを無言で一口齧った。
2年前の、あの日の味だ。
「まぁ、事情があってね。そういえば、一緒にいた連れのことも覚えているか。」
「覚えているとも。いつも娘さんの話をしていて、海から平和を守っているって」
犬飼は店主の記憶力に感服した。
「よく覚えているな」
「そりゃあ、そんなすごい娘さんがいる人は印象に残っているし、その娘さん、2年前に一度来られたしね。」
犬飼は店主の言葉に耳を疑った。
「娘が来たのか!」
「あぁ、父は最近来てませんかって聞かれてね」
「事情を聞いたら、体の調子を崩して母から外食を控えるように言われているから隠れて父が来てないか見てこいって母に言われて来たってね。」
「あっ、そうそう、ついでにミックスフライ定食を食べて帰ったよ。」
犬飼は娘の行動から彼女も父親を探していたことを察した。
「最後に満面の笑みでごちそうさまと言ってくれてね。」
「なんでも休みの日は近くの海辺で過ごすのが好きだからって、また寄るって言ってくれたけど、それっきりだ」
店主が厨房へ戻ると犬飼は考え込んでいた。
(そういや、キジさんも同じようなこと言っていたな。海辺か、そこにかけてみるか。)
「さぁ、冷めないうちに喰っちまうぜ。」
桃谷と犬飼はミックスフライを食べて店を出ると、彼女に会えるようにきびだんごの御守りを握りしめた。
***
桃谷は海辺に向かう道中で犬飼に尋ねた。
「雉屋さんの父親、雉屋広海さんは元刑事部長とのことでしたけど、今はどうされているか分からないんですか?」
犬飼は困惑した表情をしながら答えた。
「そうだな。刑事を辞めて今ではどうしているか分からない。」
「娘が探していたところを聞くと家族でも分からないんだろうな」
「どうして刑事を辞めたんでしょうか?」
犬飼は釈然としない表情で答える。
「さぁな、体調不良で辞めたと後で聞いたが。」
「そうなんですね。正義感の強い刑事だったとおっしゃっていましたね。」
犬飼は語気を強めた。
「そうだ。今の大和刑事部長とは大違いだ。」
「後輩の死後、必死で鬼の存在について調べてくれていた。」
「後輩の死は熊による事故死で片付けられ、キジさんもいなくなった。だから刑事を辞めたんだよ。」
桃谷と犬飼の視界に海が広がってきた。
海を見た犬飼は穏やかな口調に戻っていた。
「キジさんも海が好きだったよ。」
桃谷は目の前に広がる海を眺めながら言った。
「この広い海で雉屋さんの娘、翼さんに会えるだろうか」
すると広がった海と浜辺に一人の女性がたたずんでいた。
浜辺の女性を見ると犬飼は叫んだ。
「あの人影は雉屋翼だ!」
桃谷も驚いた様子で答える。
「まさか、本当にいたとはね。さすがゴンさん。」
二人は雉屋のもとへ駆け寄り、犬飼は挨拶をした。
「こんにちは。私は犬飼権三といいます。雉屋翼さんですよね。」
雉屋は犬飼を見ると微笑みながら答えた。
「はい、私は雉屋翼です。」
「あなたは、いつかの刑事さん。どうしてここに?」
犬飼は雉谷が自分のことを覚えていてくれたことが嬉しかった。
「いえ、実はワシはもう刑事ではないんですよ。」
「お父さんには大変お世話になってね。あなたを探していたんですよ。」
「そうなんですね。あなたは?」
雉屋は桃谷の方を見る。
「初めまして。僕は桃ノ木署巡査部長の桃谷太郎と申します。」
犬飼は早速本題を切り出した。
「俺たちはこれから鬼退治をしようと鬼ヶ島へ行こうとしているんです。」
雉屋は微笑みながら言った。
「鬼ヶ島は本当にあるんですか?」
鬼ヶ島の証言をしたのは雉屋だ。
犬飼は不思議に思い尋ねた。
「あれ、でもあの時船上の鬼を見て、鬼ヶ島があるって言ってませんでましたか?」
雉屋は満面の笑顔で答える。
「鬼は見ましたけど、鬼ヶ島は見ていなくて。」
「父が言っていたんですよ。必ず海の向こうに鬼ヶ島があると。」
「キジさんが!」
「はい。でもなかなか見つけられなくて。当たり前ですけど。」
「そういえば鬼退治に行くっておっしゃってましたね。」
桃谷は静かに話し始める。
「はい。僕たちは最近多発している強盗事件が鬼によるものだと睨んでいます。」
「しかし、警察本部は鬼の存在を否定しています。」
「そして、もし鬼ヶ島を見つければ非公認ではあるが協力してくれると須佐本部長に言っていただいています。」
「そして鬼ヶ島へ行くにはあなたの力が必要なのです。僕たちと一緒に鬼ヶ島へ行っていただけませんか?」
雉屋は笑顔のまま答える。
「鬼ヶ島が見つかればの話ですよね。」
「はい。あなたのお父さんの言う鬼ヶ島は必ずあります。」
桃谷は確信を持って言い切った。
彼はきびだんごの御守りを取り出し、雉屋に渡した。
「これは僕のおじいさんとおばあさんからいただいたきびだんごの御守りです。」
「これは僕の正義の信念です。」
「僕の正義の信念を持つ人に渡しなさいと教えられています。」
「これを雉屋さんにお渡しします。」
雉屋の表情からは笑みが消え、真剣な表情になっていた。
「こんな大事なもの私には受け取れません。」
桃谷も真剣な表情で話を続けた。
「いえ、あなたしかいません。」
「この広い海を日々、平和のために守り抜いているあなただからこそ最後の御守りを受け取っていただきたい。」
雉屋はきびだんごの御守りを見つめながら言った。
「海の平和か。私は父に似て昔から海が大好きなんです。」
「こうやって眺めているとすごく落ち着くんです。」
「嫌なことがあってもこの広い海を見れば、なんてことないなぁって。」
「桃谷さん、犬飼さん、私に協力できることがあれば言って下さい。」
雉谷の顔に再び笑顔が戻りきびだんごの御守りを握りしめ、海を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます