第8話:旅への布石

桃谷たち三人は金城課長に連れられて警視庁の警察本部対策会議に来ていた。


須佐本部長が声をかける。


「君が。犬飼くんか。刑事時代の評判は聞いていたよ。」


「ありがとうございます。」


「それとあとそちらの方々は誰かな?」


金城課長が犬飼にちらっと目線を移した。


金城課長が答えるのを待たずに猿渡は挨拶した。


「私は猿渡登と言います。」


「プロのハッカーをしています。」


「私は桃ノ木署巡査部長の桃谷太郎と申します。」


横にいた竹取警務部長は二人の姿を見るなり、怪訝な表情を浮かべた。


「プロのハッカーと所轄の巡査部長がどうしてここにいるのだ。」


「これは警察本部の重要会議だぞ。どうして彼らをここに呼んだんだ。」


金城課長が慌てて間に入った。


「彼らは犬飼さんと同様に鬼について重要な情報を握っている者たちです。」


「私が犬飼さんを訪ねた際に彼らにも協力を依頼しました。」


大和刑事部長が馬鹿にしたように言う。


「鬼など本当にいるわけねぇだろ。」


竹取警務部長もそれに続く。


「まさか現役の警官が鬼などといった情報に惑わされているのか。」


「犬飼くんといい、君といい、警察内にこんな奴がいるとは非常に残念だ。」


犬飼が怒りに満ちた目で一同を睨みつけたと同時に金城課長が本題を切り出す。


「皆さん、犬飼さんも2年前の事故から立ち直りこうして我々に協力してくれています。話を聞こうではありませんか。」


犬飼は一呼吸し、胸のポケットに入れていたきびだんごの御守りを握りしめ語り始めた。


「2年前、私はとある強盗事件の捜査を行っていました。」


「その事件には目撃者がいました。その目撃者は被害者宅から鬼が金品の袋を持って逃げていく姿を見たと証言しました。」


犬飼の握りしめた手に力が入る。


「当然、私も最初は事件を目撃して頭が混乱していたのだろうと流していました。」


「ところが、捜査のため町を後輩と歩いていると物凄い音、そう、何かを壊すような音がしたので二人で音の聞こえる方へ向かいました」


犬飼の口調が少しずつ強くなっていく。


「すると棍棒を持った赤色の鬼が金品の入った袋を担いで山奥に走っていく姿を目撃しました。」


「あれは鬼だと後輩は前の事件で鬼の目撃情報もあったためその鬼を追いかけていきました。」


「当然、私も追いかけました。」


大和刑事部長と竹取警務部長は退屈そうに犬飼の話に耳を傾けていた。


さらに犬飼は話を続ける。


「険しい山道を登りきったところで鬼がこちらを振り返り、後輩の存在に気づきました。」


「鬼は棍棒を振り回し、後輩はそれを避けようとして足を滑らせて崖から転落しました。」


犬飼の表情には怒りが込み上げていた。


「その後、鬼はさらに山奥へ行き、私は彼を助けようと思い、鬼の追跡は諦めました。」


「俺は山奥に鬼が潜んでいると町民が危険だから鬼の存在を公表し、避難をしてもらうように訴えました。」


金城課長は静かに犬飼に語りかけた。


「2年前の報告も同様のことをおっしゃっていましたね。」


「それで山奥に消えた鬼は見つかったのでしょうか。」


やや冷静さを取り戻した犬飼が金城課長の質問に答えた。


「あの後、鬼を見失った山奥を捜査しましたが、鬼の潜伏先については分かりませんでした。」


「そのうちに鬼の目撃情報もなくなり、事件もなく、あれは獣か何かを我々が見間違えていたのではないかと思うこともありました。」


犬飼は少し間を開けてから再び語り始めた。


「しかし、事件前に海上保安庁のシステム障害があった件で聞き込みをしていたことがあった。」


「その時に海上保安庁の雉屋という女性パイロットがシステム障害があったと言っていた。」


「同時に遠くに一隻の船を見つけ船上には鬼が乗っており、海の向こうには鬼ヶ島があると証言がありました。」


「それを聞いて絶海の離島である鬼ヶ島があり、鬼はそこから来たのではないかと考えるようになりました。」


「あれは私と後輩の見間違いではないと。」


大和刑事部長は犬飼の鬼の証言について呆れ果てていた。


「もういい。我々も暇ではないのだよ。」


「鬼だの、鬼ヶ島だの、いい加減にしてもらいたい。」


その海上保安庁のパイロットもいい加減なことを言うのは止めてもらいたいところだ。」


犬飼は御守りをよりいっそう強く握りしめた。


「警察は本当に無能だ!鬼の存在に気付かないとは。」


犬飼は驚いた表情で猿渡を見た。


竹取警務部長が声を荒げる。


「何をいう!誰かこの子僧を追い出せ!」


猿渡は冷静に切り返す。


「捜査協力している町民にその口の利き方はないでしょう。」


「僕を追い出せば警察はみすみす鬼を見逃し、あなたたちの失態を自ら世間に晒すことになりますよ。」


「何だと!」


猿渡の発言に金城課長が思わず口を挟む。


「まぁ警務部長落ち着いて。」


「でも猿渡さん。今のセリフは聞き捨てならないな。」


「あなたは鬼について何か知っているのですか。」


猿渡はまるでこの状況を楽しむかのように余裕の笑みを浮かべていた。


「私はプロのハッカーです。」


「興味があることを独自で調査していたりします。」


「つい最近桃ノ木町であった杵築家の襲来事件。私はこれらの金品の流れについて気になり追跡していました。」


具体的な事件の話が出たことで会議室の空気が一変する。


「するとこれらの犯人はデジタルな足跡を消すことをしていた。」


「単なる強盗であればそんなことはしないはずです。」


「だから私はこれらの事件の犯人を鬼と呼んでます。何かご不満でも。」


大和刑事部長は一人の若者の意見に耳を貸そうとはしなかった。


「凶暴な鬼がデジタルを駆使するとか馬鹿げている。」


「案に君は犬飼くんのいう鬼の存在を否定しているではないか。」


猿渡は大和刑事部長を一目見るなり、語り始めた。


「現に僕は鬼なんて見ていませんし、今日は金城課長から鬼に関する情報提供をするように呼ばれてきただけです。」


「犬飼さんの見た鬼が本当にいたかどうかは僕には関係のないことです。」


「ただこのデジタルの鬼が警察の網目をくぐり抜けて、巨悪な犯罪を起こすかもしれない。」


「そう思ってここに来ていますから。なのに僕を追い出そうとするなんて。」


猿渡は呆気にとられている大和刑事部長にたたみかける。


「あと犬飼さんのいう海上保安庁のシステム障害。」


「軽微なものだと片づけたそうですが、それをただのバグだと思いますか?」


「国際大会で3連覇した僕の解析にかけてみれば、鬼ヶ島への航路が見つかるかもしれませんよ。」


金城課長はこれ以上の猿渡の発言は刑事部長たちとの火種になりかねないと彼の話に割って入った。


「鬼の存在はともかく強盗事件の金品の流れやデジタルを駆使した対応については捜査の必要性があります。」


会議は静寂に包まれた。


金城課長は再び切り出した。


「猿渡さん。ありがとうございました。」


「あなたには協力してもらうことがあるかもしれませんね。」


「さて、これらの強盗事件があった桃ノ木町を管轄する桃ノ木署の桃谷巡査部長。今の現場の状況としてはどうかな。」


「はい。桃ノ木町では数日前から強盗事件が発生し、相当の被害が確認されています。」


「それらの目撃者の証言では犯行現場から鬼が逃げていくのを見たとの情報が多数寄せられています。」


「町民は鬼が現れたとパニックに陥っており、町の秩序は崩壊し、警察への信用はすでに失墜しています。」


桃谷の警察への信用はすでに失墜しているとの言葉に会議室がざわめき始める。


「私は警察として対応できていない現状に嫌気がさしていました。」


「これ以上は現状を放置できないとの思いがあり、犬飼さんに鬼に関する情報提供をお願いしました。」


「そうした中で猿渡さんと出会い、彼が先程申していたように鬼がシステムを利用し悪事を働いているとの情報提供がありました。」


「その時、金城課長がお見えになられて、こちらの会議で証言するようにとのことでした。」


桃谷は淡々と桃ノ木町の現状を報告した。


桃谷の報告を聞き終えると金城課長は桃谷に気になっていたことを確認した。


「君自身は鬼を目撃していないのか。」


「私自身は鬼を目撃していません。」


「ではなぜ鬼に関する情報を集めている。」


「私には事件の目撃者たちや犬飼さんたちが嘘をついているようには思えません。」


「彼らの証言を何の根拠もなく切り捨てるのは一人の警察官としてできません。」


「本当に鬼がいるのかどうかは私にも分かりません。」


「しかし、私は今回の犯人である鬼を見つけて、鬼退治をして町民の安全を守ることこそが警察官としての職務だと思っています。」


「それが私の正義の信念です。」


桃谷は制服のポケットに入れてあるきびだんごの御守りを力強く握りしめた。


竹取警務部長は桃谷の信念を嘲笑う。


「何が正義の信念だ。ふざけるな」


大和刑事部長も桃谷の行動を受け入れない。


「所詮、所轄の警官だ。職務を全うするのは構わないがあまり出しゃばるなよ」


須佐本部長が彼らを制止した。


「静かにしたまえ。」


「結論から言うと強盗事件の捜査は必要だが、鬼退治などふざけたことに我々も協力はできん。」


須佐本部長は表情一つ変えない。


「ただし、鬼ヶ島という場所と強盗事件が関与している可能性があるのであれば、その鬼ヶ島とやらを捜索しなければならない。」


「もし鬼ヶ島があればの話だがね。」


「そこで私から提案がある。」


須佐本部長の表情が一瞬緩んだ。


「君たちは鬼ヶ島へ行きたいのだろう。それについては非公認にはなるが力を貸そう。」


大和刑事部長は本部長の発言に驚きを隠せない。


「どういうことですか。」


須佐本部長は桃谷たちに鋭い目線を向けた。


「君たちが鬼ヶ島を見つけ出すことができれば、海上保安庁にヘリとパイロットを頼んでみよう。」


「我々のヘリは整備中で使えんのだよ。あくまで捜査協力の名目でだが。」


「パイロットは雉屋という女性パイロットを推薦しておくよ。」


竹取警務部長は呆れた表情を浮かべる。


「鬼ヶ島なんてある訳ありませんよ。」


須佐本部長は彼らに向けた目線を反らした。


「何にせよ、鬼ヶ島を見つけてからだな。」


「あと猿渡さんには海上保安庁のシステム障害について調べてもらおう。」


「分かりました。協力させていただきます。」


やり取りを聞いていた犬飼は怒りが抑えきれなくなっていた。


「金城!もういいか。こんなところ長いこと居たら吐き気がするぜ。」


「はい。皆さんありがとうございます。どうぞお帰り下さい。」


桃谷たち三人はいまだ大和刑事部長の怒号がこだまする会議室を後にした。

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