第8話 ジェイドの前世

 身体を清めてすっきりしつつ、失踪したサレンディスの心配をする人間がいないなぁ、とジェイドはぼんやりと考える。ラムズは戻ってくるとか言っていたようだが、心配して探しているようにも見えなかった。


 サレンディスは現在17歳、前世だったらまだ高校生の年齢だ。学院も途中から休学して卒業していないので、貴族が就くような職には一切つけない。

 この世界に生まれ変わって14年、ジェイドもこちらの常識はちゃんと身につけた。

 平民であれば学校に通うこともなく、大半の子どもは10歳にもならない頃から親の手伝いとして働き始めることもちゃんと理解している。

 それでも……17歳の出奔は、放っておいていいものでは無いのでは、と思うのはやはり前世の常識が影響しているのだろうか。


 前世、日本と言う国で生きていた頃。ジェイドは少なくとも、サレンディスくらいの子どもがいてもおかしくない年齢まで生きていた。そのくらいの年齢であったと言うだけで、結婚もしなかったし子どもも勿論居なかったが。


 若い頃は都会で就職して仕事をしていたが、リモートで問題なく仕事が可能だったため、祖父母が亡くなったのを期に、彼らの住んでいた山の中の家を貰い受けて移り住んだ。

 畑を耕し家畜を飼って自給自足ができるかチャレンジしたり、窯から自作して陶芸を初めてみたり、自分で切り倒した木から家具をDIYしてみたり。おおよそ男が仕事をリタイアした後にやってみたいと夢想するようなことを、リモートワークの傍ら大抵やった。

 一人暮らしでも衛星通信でインターネットを使えたのでSNSで他者との繋がりもあり、別段孤独を感じたこともなかった。まあ死亡時だけは孤独死になっただろうけれども、死んだ時の記憶が全くないし、病気を患った覚えもないので、眠ってる間に何らかがあって目覚めないままにでもなったのだろう。


 あの生き方に後悔は全くないし、なんならいい人生だったと思っている。転生なんて前世に強い未練や後悔がある奴がするものだとなんとなく思いこんでいたので、本当になんで自分が転生なんかしたのだろうと、ジェイド自身疑問に思っているくらいだ。


 前世の人生において、あえてこうすれば良かっただろうか、と思う物を挙げるとすれば、他者との関わりをもう少しやっても良かったかもしれないとは思う。だから今回の人生では、他者から離れて楽しい一人暮らし、なんて方向には走らずに、ちゃんと人間と関わって生きていこうと思っている。


 前世のジェイドは、他人どころか血のつながった家族とも付き合いが希薄だった。仲が悪かったわけではないが、必要なことがなければお互いに一切連絡を取らない、そんな間柄だ。

 前世で読んだ異世界転生のラノベでは、転生後の両親に愛されなかったが、前世の親に愛された記憶があるから平気……なんて設定の物がいくつかあった覚えがあるが、ジェイドについては当てはまらないと思う。

 前世で親の愛なんてものは感じたことがない。欲しがりもしなかったように思う。未成年の頃は金銭的な苦労はしなかったが、それが親からもらった最大の愛情だったくらいだ。

 別に前世の親を嫌っていたわけではない。ただ、お互いにあまり興味がなかっただけだ。むしろラムズの方がいちいちジェイドに文句を言ってくる分だけ、ちゃんと子どもに関わってるなあと感心したくらいである。


 ジェイドは他者とコミニュケーションをとるのが苦手なわけではない。自分に好意的に接してくれる相手には、受け取った好意の分だけこちらも好意を返そうと思う。逆に悪意を向けられたら、それに付き合うのは時間の無駄だと思うので、必要な時以外は相手をしないという選択をする。多分そこが普通の人と違うのだ。ジェイドは基本的に怒りや憎しみを強く感じることがない。

 倫理的に認められない、道理に悖ると思えばそれを強く指摘することはあるが、そこには怒りの感情はない。

 サレンディスについても、どう思うかと言えば、人間性に問題がある人物だという解答になるが、では消えればいいと思うかと言われるとやはりそこまでは強く思えないのだった。

(しかしまあ、今俺が思い悩んだところでしてやれることもないか)

 フリージアが貴族籍から外すと断言した以上、サレンディスはもう戻ることはできない。今までは当主のラムズがこの家で最も発言権を持っていたが、直ぐにフリージアを当主代理に立てることになる。領地持ちの貴族家において、この国で最も重要とされるのは領地と領民の安寧を保証すること。中でも魔獣の駆除については貴族の義務であり、怪我で魔獣を狩れなくなったラムズには当主を務める資格なしとされる。


(そうなると俺はこれから……ダメだ眠くなってきた)

 食事を部屋に届けると言われていたが、それを待つのも辛いほど眠い。もういいかと諦めてジェイドは寝間着に着替え、ベッドに潜り込んだ。

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