第7話 えっちなお姉さん(見た目だけ)
世話をするためについてこようとするトールとマリーを断って、自室に戻ると、ジェイドはベッドに倒れ込んだ。
見慣れた天井の木目を眺めながら、ジェイドは今後について思いを馳せる。
ジェイドには生まれながらに違う世界で生きた記憶があった。と言っても、赤子の頃の記憶はあまりはっきりとはしていない、それは前世でもそうだったので、乳幼児期と言うのはそう言うものなのだろう。
ジェイドとしての自我が出来た最初の記憶の時から、前世の記憶は当たり前にジェイドに存在し馴染んでいたので、何らかの衝撃によって記憶が戻ったとか、この世界にいたはずのジェイドの肉体を乗っ取った異世界人、と言うわけでもないだろう、と思っている。
いわゆる異世界転生であると認識して、ジェイドが動き出したのが3歳前後だった。転生特典チートが無いかとか、他の子どもよりも早くに魔法の練習を始めて強い魔法を使えるようになるとか、そういうのが無いだろうかとワクワクしながら調べた。特に、魔法についてはフリージアやアザレアが普段から小さな魔法を使っているのを見ていたので、それはもう早く使えるようになりたかった。
早くに文字を覚えたのはそのためだ。それに魔法の存在する世界だと言うことは、ジェイドが過去に生きた世界とは間違いなく常識が違うはず。とにかく手っ取り早く色々な情報を手にいれるには本を読むことが最も効率が良かったのだ。
そして学んで出た結論。ジェイドにはチートと呼べるものは無かった。いや、貴族の生まれであるので魔法は使えた。
どうやら父ラムズは魔法の能力は高くないようだが、フリージアの血の方が強く出ているジェイドは、男爵家の人間にしては魔力量は多かった。しかしあくまでそれは貴族にあり得る範囲内。勇者とか賢者とか呼ばれそうな素地は無かったし、幼い頃からこっそり魔力を鍛えると魔力量が多くなるなんてこともなかった。
それが分かった時、少しばかり残念に思った。でも、それでも他の世界で生きた記憶があることは何らかの形で生かすことは出来るだろう、と、領の運営に出来ることはないだろうかと探してみた。
そして前世の知識を引っ張り出していくつかの施策を提案してみると、ラムズはとてつもなく嫌がり、サレンディスにはありとあらゆる形で妨害された。それでも成果につながったものは、サレンディスが行った政策として王家に申請・周知された。
ジェイドは功績が欲しかったわけではないので、嫡子に箔をつけるためにそうすると言われても別に反対もしなかったのだが、問題はサレンディスがちゃんとその施策について説明できる程の勉強をしなかったことだ。
当時貴族学院に通っていたサレンディスは、その施策に興味を持った上位貴族に色々質問されたがしどろもどろになってまともに回答ができず、挙句そんな細かいことはジェイドに聞けばいいと言い放ち、ジェイドの功績をサレンディスが奪ったと他の貴族の間に一気に広まってしまったのだ。
結果として貴族学院でサレンディスはかなり馬鹿にされるようになったらしく、一年も経たないうちに休学して家に戻り引きこもりになった。
貴族学院を卒業しなくては、家を継ぐことはできないのは王国貴族法で決まっているので、一応まだ退学はしていなかったのだが、フリージアの様子だとこのまま学院も退学手続きをとられるだろう。
今回、ダンジョンにラムズが連れ出したのも、ダンジョンで自信をつけて復学させたい親心だったのかもしれないが、こうなってしまった以上はもうどうしようもあるまい。
それはともかくとして、ラムズとジェイドの関係性が今からまともになるともあまり思ってはいないが、少なくとも嫡子の立場になれば今までのようにやることなすこと妨害されることは無くなるだろう。それであれば、今までは無理だと諦めていたことも色々出来るかもしれない。
「ジェイド様〜。起きてる?」
部屋の扉をノックする音に、ジェイドは身体を起こす。
「アザレア? どうぞ入って」
入室を促すと、フリージアの侍女であるアザレアが扉の陰から顔を出した。
「身体を清めたいんじゃないかと思って〜お水持ってきたわ〜」
「あ、ありがとう」
帰省の途上、ほぼ休憩を取らずに来たので身体を拭いたりも出来ていない。ジェイドが水の入った桶を受け取ろうとすると、アザレアは桶を手放さずにニコニコと笑った。
「何?」
「身体、拭いてあげようか〜?」
「結構です」
ジェイドが即答するとアザレアはコロコロと笑った。
「ジェイド様は絶対こういうの頷かないよねぇ〜」
「アザレアはすぐそうやって揶揄おうとするね」
ジェイドの母、フリージアも大変な美女なのだが、アザレアはそれとはまた違った方向での美女だ。豊かなワインレッド色の髪に、大きな胸、腰回り。優しげに垂れた目の左の目尻に泣きぼくろがある。総じて婀娜っぽい優しげなお姉さんと言った印象だ。この領にいる若者男子の、大半の初恋泥棒をしているだろうとジェイドは思っている。
「ジェイド様とトール君くらいにしかやらないよぉ?」
「むしろトールにしてたと言うのが初耳なんだけど。揶揄わないように」
「二人とも無反応だもの〜」
「枯れてるのかトール……」
「自分はどうなのよぉ」
ジェイド自身のことは棚に上げて、トールの心配を口に出せばアザレアがおかしそうに笑い声を上げる。
アザレアは見た目はえっちなお姉さんみたいななりだが、実は男性に性的な対象とされることを苦手にしている。好きなものは花とレースやリボン、ぬいぐるみ。理想の男性は絵本に出てくる王子様、という乙女趣味で、自分の胸に視線を向けてくる男は対象外という難儀な性格をしている。
過去王宮に勤めようとしたとき、アザレアの上司になった人物に『愛人にならなければクビにする』と迫られ即時退職、フリージアの侍女に転職したと聞いている。苦労して就職した王宮文官の職を投げ捨てる程度にはそういったことへの拒否感が強い。
だからこそアザレアにそういう目を一切向けないジェイドやトールに対しては、親しい態度になるらしい。性的な目で見られることさえなければ、人懐っこく面倒見のいい女性なのだ。
そう言えばサレンディスはアザレアの豊かな胸をいつもガン見していたし、アザレアはそんなサレンディスに全く話しかけなかったな、とジェイドは遠い目になった。
「アザレアがこうやって絡んでくるたびに、後でサレンディスから理不尽に攻撃されたなあ……」
特にジェイドの身長がもう少し低かった頃、アザレアにハグされると胸で窒息しかけるのに、その後サレンディスに殴る蹴るされたのは本当に理不尽だったと思う。
「だから最近は、あの子がいる目の前では絡まないようにしてたでしょう?でももう居なくなったから気にすることもないかなと思って」
「そういうことか」
アザレアは明確にジェイドに好意的に接していたが、この家の当主がラムズである以上、あまり反感を買うのも好ましくはない。アザレアなりにそこは考えて行動していたと言うことなのだろう。
「明日は一緒にダンジョンに行くんでしょう?よろしくねぇ」
「こちらこそ、頼りにしてるから」
ラムズ抜きでダンジョンに向かうのであれば、もし強い魔獣が出てきたら頼りはアザレアとフリージアだ。火力一辺倒、とにかく燃やしてしまえ派のフリージアに対し、アザレアは細やかな魔法の操作を得意としている。
「うふふ、任せておいて。それじゃおやすみなさい」
立ち去っていくアザレアの背中を見送り、ジェイドは桶の水を魔法で温めて身体を拭いた。
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