第6話 ダンジョンの様子
「ダンジョンでは狩り以外で何か収益を上げられないものですかね」
ジェイドは、実はまだダンジョンに入ったことがない。
ティムバー領ではダンジョンの立ち入りを制限していて、領主の許可がないと中に入ることが出来ないのだ。年若いから入れない、というのもあるが、ジェイドがダンジョンに入りたいと願ってもどうせラムズは許可しない。そのため入りたいと言ったことすらなかった。
故に、ダンジョンについては一般的にダンジョンとはこう言うものである、という解説が書かれている本を読んで得た知識しかない。
「我が領のダンジョンは、通称食材ダンジョン、なんて呼ばれているわね。あのダンジョンで得られる獲物は食べられるものばかりで、高値が付くものはない、なんて馬鹿にした文脈でも使われるのだけど」
フリージアの説明に、先日ダンジョンに行ったばかりのトールが補足を入れる。
「一層には麦畑が広がっていましたよ。出てくる魔獣はイビルラットとナイトスパロウを見かけました」
「麦が? ダンジョンって植物とか収穫すると半日も経たないで元に戻るんだろう? 麦を刈り取って売ればれば良いじゃないか」
麦なら単価は安くても、継続的に量を売ることができるはずだ。何故そんなものを手付かずにしているのかと、ジェイドは首を傾げた。
「魔獣の数が結構多いからではないでしょうか。麦を刈り取って運び出すには人手が要りますが、魔力が使えない領民ではラットにも負けます」
「トールの言うとおりよ。麦を刈り取る人間は自分で魔獣を倒せるか、そうでないなら常に魔力が使える護衛が必要。そして長時間そこに滞在するとなると一人の護衛で守れる人数も限られるわ。通りぬけるだけならまだしもね」
「ああ、そういうことか」
魔獣が居なければ、または魔獣に対応できるなら地道に稼げるのだが、それこそラムズであえば麦を狩るより魔獣を倒す方が稼げるし、ティムバー領には魔獣を倒せる人間は5人も居ない。その人数では麦を刈って何往復もしたところで大した収入は見込めないと言うことだ。
魔力を使えない平民が、魔獣と戦うための道具なども市販されているが、安いものではない上に使用回数に制限がある。ラットなどに使うのでは採算が合わない。
「いや、それでも現状だと麦の収穫も収入を得るための手段として検討した方が良さそうだけど」
「あら、どう言うこと?」
しばし考え込んでいたジェイドが漏らした言葉に、フリージアが反応する。
「現在魔獣を倒せる能力があるのは、母上、アザレア、俺の3人です。でも3人とも売り物になるような形で魔獣を狩ることが出来ない。これが前提です」
「そうね。クリスにはまだ無理でしょうし」
「であれば魔獣を売ることを最初から考慮せず、護衛に徹するのであれば存分に実力が発揮できるでしょう。そして魔法を使える者が3人で囲むようにすれば、それなりの人数をダンジョンに連れて行っても、魔獣を警戒することはできるはずです」
「囲むように護衛をするなら個人に目を配るより多くの人員を護衛できる可能性が高いと言うことですか。それで麦を刈る人数を増やせれば、収益効率は上がりますね。うまく行くようであれば、繰り返し通うことで税を納める程度までは行けるかもしれません」
商人の子であるトールは、ダンジョンで見た麦畑の様子からある程度概算を計算できたようだ。
「うん……そうね、緊急事態の今、最低限を達成できるだけでも助かるわね。ただ、あまりにも長期間ダンジョンに通わなくてはいけないようなら、別の方法も模索しなくてはならないわ。魔力を使える者が全員ダンジョンに入っている間に、領の方に魔獣がでたら大変なことになるもの」
フリージアも懸念点を挙げつつ賛成してくれる。
「では、明日にでも俺、母上、アザレアでダンジョンに入ってみましょう。どのくらいの人数まで連れて入れるかが分かればその先も計算出来ますから」
「では私もお供します。直近でダンジョンに入ったことのある者がいた方がいいでしょう」
「あ、あの!私も行きたいです!」
「狡いわ!私も行きたいですわ、いいでしょう?お母様、お兄様」
トールが同行を申し出るなり、マリーとクリスティナも同行したいと言い出した。
「仕方ないわねぇ。でも誰も居ない場所を「居る」と想定して守れるかを考えるより、実際に人がいる状態で確かめる方がいいかしら。ジェイドはどう思う?」
「連れて行ってもいいと思いますよ」
ジェイドが頷くとクリスティナがやったー!と手をあげた。
「ダンジョンでクリスの魔法の勉強が何処まで進んだか、しっかり確認しましょう」
途端にクリスティナがガックリと項垂れる。
「ハハハ、クリス、俺も魔法勉強を見てあげるから頑張れ」
「うえええええんお兄様〜〜〜」
ジェイドに泣きついたクリスティナを見て、フリージアが呆れた表情を見せた。
「もう、ジェイドはすぐにクリスを甘やかすのだから」
「人を育てるにはそういうのも必要ですよ、母上。厳しさと優しさの両方が必要なのです。まあ甘やかしてばかりではサレンディスのようになるかもしれませんが」
「サレンディスは、私は随分叱ったのだけどね……」
フリージアが叱ったところでラムズがあれなのでは、まあ仕方がないとジェイドも思うが。
「そう言えばお兄様? 今日は急いで戻ってこられたと思うのですけれど、学院には戻らなくて大丈夫ですの?」
「ああ、もうじき前期が終わるところだったし、前期試験は既に終わっているんだ。このまま長期休暇に入ると申請してきてあるよ」
この国の教育のスタイルは前世の学校とは大分違う。前期が3ヶ月、後期が3ヶ月で、間に長期休暇があり、休みの期間が長い。国の端の領に住む貴族も通わねばならず、領との往復に数週間かかるような場合もあるため、移動を加味すれば休みの長さも理解はできるが。そういう者は学院の附属の寮に入って過ごすことになり、ジェイドも同様、通学している間は寮住まいである。
「じゃあしばらくは家に居ますのね!」
「そうだね、でもまあこの休暇の間に財政の立て直しの目処をつけなきゃいけないからあまり遊ぶ時間はないね」
「そうですの」
しょんぼりと肩を落としてしまったクリスティナが可哀想で、どうにか時間を作って相手をしてやろうとジェイドは内心で決心する。
「ジェイド、今回は馬で帰ってきたの?」
「ええ、馬車を手配するより速いので」
「じゃあ疲れているでしょう、今日はこのくらいにして少し休みなさい」
フリージアの勧めにジェイドは素直に頷いた。確かに疲労が結構きつい。
貴族学院のある街からこのティムバー領までは馬で駆けると一昼夜かかる。途中で宿泊すれば2日の距離だ。
「そうですね、そうさせてもらいます」
「食事は部屋に届けさせるわね」
「助かります」
ずっと馬で駆けてきた疲労だけではなく、今日は色々な事がありすぎた。むしろ肉体的な疲労より、精神的な疲労の方が大きいのではないかと思う。
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