第4話 嫡子になりたいわけではない

 今までもサレンディスは色々やらかし、その度にラムズが庇っていたが、今回ばかりはそれは通らなそうだ。


「しかしひとりでアイツ隣の領の街まで辿り着けるのか?この領の街道、安全だとは言えないだろう」


 ジェイドの疑問にトールも同意する。


「街道でもそれなりに魔獣が出ますからね。出会う魔獣の種類によっては倒せなさそうです」

「えっ、魔獣が出るんですの?確か、王国法で街道沿いの魔獣は領で責任を持って駆除をする、ってあったと思うのですけど」


 クリスティナが疑問の声を上げる。


「ああ、合ってるよ。でもはっきり言ってしまえばこの領では駆除が間に合ってない」


 そして、領内の街道で誰かが魔獣に襲われたりすることがあれば、その領の領主が被害者の損害を補填しなくてはならない。トールとマリーは元々は行商人の夫婦の子どもだったのだが、ティムバー領に向かう街道で魔獣に襲われ死亡している。それでその忘れ形見である二人はティムバー家で面倒を見ることになったという経緯があった。


「まあ、イビルラットくらいなら何とかなるだろうけど。それより大きいのに会ったらまずそうだな」

「ジェイド様、あんなのでも心配なさる優しさは素晴らしいですけど、アレが出て行ったのを見たのは9日前です。襲われてるならとっくに襲われてると思います」


 暗に今さら心配したところで手遅れだとマリーに指摘され、ジェイドは肩を竦めた。


「ま、俺が帰ってくる道すがらに死体はなかったし、無事だったんだろう」


 肉食の魔獣に襲われたとしても、食い荒らされた死体が綺麗さっぱり無くなるには流石に期間が短い。と言うことは恐らく無事に街道を抜けているはずだ。


「それで、アレが居なくなったんだからこれからはお兄様が嫡子になるのでしょう?」

「いや、それはどうだろう?」


 期待に満ちた表情でクリスティナがジェイドを見るが、クリスティナが言うように話が進むかは怪しいとジェイドは思っている。


「え、普通に考えたらジェイド様になりますよね……?」


 マリーもキョトンとしているが、ティムバー領はずっと「普通ではない」ことが普通としてまかり通っていた。だから、普通には行かないのではないかとジェイドは思っている。


「サレンディスが居なくなったとはいえ、我が家に残っている子どもは俺だけでは無いからね」

「え……え!?」


 言われて気がついたクリスティナがギョッとした様子で目を剥く。


「わ、私はお兄様を押し除けて後継になるなんて嫌ですわ!?」

「クリスはそうかもしれないけど、嫡子を指名するのは当主の権利だからなぁ」


 ラムズはジェイドを嫌い、クリスティナを可愛がっていた、と言う事を考えれば無い話では無いのだ。この国では女性が婿を取って家を継ぐことも認められている。


「普通の家であれば、サレンディスはこんな事態を起こす前に廃嫡されて、ジェイド様が嫡子になっていますよね」

「そういうことだな。好き嫌いで左右されているのだから有り得なくはないとおもうよ」


 トールの補足にジェイドが頷くと、クリスティナは真っ青になって立ち上がった。


「嫌ですわ!!お兄様から嫡子の座を奪うのが嫌、というだけではなくて……

私、ダンジョンの管理なんて出来ません!」

「そこは戦う能力のある男を婿に取るとか」

「男爵様みたいな戦うしか脳がない男を婿に取って生きていくくらいなら私も出奔します!!」

「そこまでか」


 ノンブレスで絶叫するように断固拒否を叫ぶクリスティナに、少し笑えてくる。


「クリス様が拒否なさったらジェイド様が継がれますか?」


 マリーの問いにはジェイドも首を傾げた。


「うーん、必要とあれば、かな。あまり気は進まない」

「そうなんですか?」


 トールが目を丸くする。


「お兄様、領民のために色々やってらっしゃるから、てっきり継ぎたいのだと思ってました」

「あー、そんな風に思われてたのか」


 ティムバー領は農地にできる土地が少なく、大半が森に覆われている。そしてその森は木を切り倒しても翌日には新しい木が生えているという謎パワーのある森で、切り開くことも出来ないため、狭い土地をいかに有効活用するかという領だ。

 そんな地で、収穫が少なくひもじそうにしている領民たちが放って置けなく、肥料を撒くことを指導したり麦踏みのやり方を教えて麦を分けつさせ収穫量を増やしたり、やれる範囲で手助けをしていたのだ。


「収穫量が増えれば税収も増えて、俺たちの生活だって良くなる、そう思って色々やってただけなんだけどな。もしかして父上やサレンディスも、俺が領主の座を狙ってそう言うことをしていると思ってたのかな」

「言いにくいですが、ジェイド様がそう思っていたのだとしても、嫡子が嫡子としては不適当な馬鹿で、嫡子ではない子が成果を出したのなら、本人の意思は関係なく周囲からはそうなることを望まれますよね」

「……言われてみればそうかもな……」


 領の財政が貧乏すぎて、少しでも改善すれば領主のラムズにも嫡子のサレンディスにもメリットがあったはずだ。それなのに、やたらと目の敵にされたのはそう言うことかとジェイドは少々げんなりする。領主たるもの、領民を富ませることより優先するようなものはないだろうに。


「でもお兄様、領主になるのが気が進まないと言うのはどうしてですの?今までも領民のために色々していたのですから、そういう仕事が嫌いなわけではないですよね?」

「ああ、うん。嫌いではないし、領をもっと富ませる案もまだあるよ。でも、何も無理にこの領に拘る必要性を感じない」


 ジェイドの言葉に、全員が黙り込む。そんなに意外な発言であっただろうか。


「領を富ませる仕事というのは、領主じゃなければ出来ないわけでもないから、他の領で俺を重用してくれる所があればそこで雇ってもらっても良かったし、王宮文官を目指してもいいかなと思っていたんだよ」

「他の領でもいい、なら、この領でも良いのではないんですの?」

「そうだね。領民は俺に良くしてくれる人も多いし、この領でも構わないと言えば構わないけど。でもここでは、新しい事をやろうとすると父上がいい顔をしないだろう?」


 そもそも、この領に住んでいて、ジェイドに良くしてくれる領民は、恐らくラムズやサレンディスに対して好意を持っていない。ジェイドが成人して、領から離れたら、彼らも他の領への移住を考えたはずだ。そうなるとジェイドがこの領に拘れば、逆に彼らを環境の良くないこの地に縛り付けることになるという考え方もできる。


「でもサレンディスが居ない今なら少しは変わる……あの人もお兄様に目を向けるのではないかしら」


 ラムズの動向など、正直大して気にしたことが無いことを挙げられて、ジェイドは一瞬呆けた。


「うん? まあ邪魔さえしないでくれれば良いんだけど。俺に目を向けるとか?そういうのはどうでもいいよ」

「ど、どうでも……?」


 マリーが唖然としている。トールもクリスティナもジェイドを凝視していた。


「……何で皆そんなに驚いているんだ」


 ジェイドは何もおかしなことは言っていないと思うのだが。首を傾げると、戸惑った様子のトールが口を開いた。


「その……ジェイド様はラムズ様がどれほど酷い態度を取られても、ラムズ様に怒りを向けたりすることはないでしょう? だから、ラムズ様を慕っていて、領の改善に手を出されたのもラムズ様に認められたいと思ってのことかと思っておりました」

「領を良くしようとしたのは、領に居る人たちが大切だから……ではあるけれど、俺にとってそれは母上であり、クリスであり、トールやマリー、アザレアであり……あと、俺を信じて農業改革を手伝ってくれた領民だったり。そういう俺に良くしてくれる人たちであって、俺に敵対的な相手にもメリットが出ているのはその人たちのおまけでしかないよ」


 マリーが新しく注いでくれたお茶に口をつけ、ジェイドは一息つく。


「誰かに対して怒ったり、改善を望んだりするのは気力を使うだろう? そういう面倒なことは、その面倒さをとっても親しくしたいと思える相手以外にはしたくない。まあとんでもない事をやらかして、それを繰り返されたらこちらの被害が馬鹿にならないってケースでは怒るけども、嫌味言ってくる程度のことはいちいち相手をしたいとも思わない」


 しかしまぁ、そういう「人付き合いを面倒がる」のはからのジェイドの悪癖である事は自覚している。なので今は怒ったりする事以外はそれなりにちゃんと人付き合いをするよう心がけてはいるのだけれども。


「……時々、ジェイド様が歳下であることが不思議になります。普通はそのように達観できるものではないでしょう」

「妹の私から見ても不思議ですわよ。どちらが父親なのかわからないですもの」

「私、ジェイド様はお優しいからと思ってました。まさかただ相手にしていなかっただけだなんて」


 口々に疑問を呈する三人に、ジェイドは笑って誤魔化した。


 ラムズより歳上に見えるというのは良い線行っているな、と思う。ジェイドは転生者であり、前世の記憶もはっきりとあるのだから。

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