第5話 領主代理、フリージア

「まあそんな感じなので、父上が何か言ったからと言って俺を庇ってどうこうみたいなことはしなくていい。空気が悪くなって話が進まない方が俺は困るから」

「でもお兄様、お兄様は受け流せると言っても、嫌なことを言われれば傷つきはするでしょう……?」

 心配そうにジェイドをうかがうクリスティナに、ジェイドは笑って首を横に振る。

「クリス。相手の言葉に傷つくのはね、相手に対して好意があるから傷つくんだよ。好意より嫌悪が強い相手に悪く言われても、傷つくより腹が立つものだ」

「何げにサラッと全く好意を持ってないと宣言なさいましたね」

 トールのツッコミは無言の笑みで流しておく。この3人にはジェイドがラムズをどう思っているのか、知られても問題はない。

「でもジェイド様、ラムズ様に対して怒りもしませんよね……?」

「嫌悪しているわけでもないからね。あえて言うなら無関心かな。親しくもない相手が自分の文句を言っていても、大して気にならないだろう?」

「ジェイド様。それは凡そ自分の親に対して持つような感情ではないですよ?」

「そうですわ。それは本当に他人に向ける感情ですわ」

「いえ、他人でも普通は怒るような気もしますけど……」

 3人はどうにもジェイドの感情が納得し難い様子だ。まあ確かに、ジェイドに前世の記憶がない普通の子どもであれば、こんな考え方には至らないだろうが。

「一般的に、普通の親子には親子間の愛情がある。それは俺だって知っている。だが、父上が俺を愛せないように、子に愛情を持てない親もいる。逆も然りだ、親を愛さない子も居る。それだけの話だよ。愛情、愛着なんてものはそれこそ血の繋がりがない養子でも、お互いを思い合っていれば生まれるもの。血の繋がりがあったところで、相手を思いやらない人間が愛される訳もない」


 と、部屋の外でガタリと音がした。そして部屋の扉がノックされる。

「ジェイド、クリス。入っても良いかしら?」

「母上。どうぞお入りください」

 フリージアの声にトールとマリーが立ち上がり、扉を開けて席に案内する。

「大体の事情の説明は聞いたかしら?」

「はい。状況は把握しました」

 フリージアはにっこりと笑った。

「これから母が領主代理を務めます。そしてジェイド、貴方が嫡子です。近いうちに王家にそう申請しますから、覚悟をしておきなさい」

「……決定ですか」

「決定です」

「父上が嫌がりませんか」

「文句は言わせません」

 フリージアがここまで言うのであれば覆らないだろう。ジェイドはこっそりとため息をついた。


「それで明日にでもダンジョンに行こうと思うのだけど」

「駄目です」

 唐突に主張してきたフリージアを間髪を容れずジェイドは制止する。

「どうして止めるのかしら。ダンジョンで狩りをしなくては今年の税が納められないし、その後の予算も足りないのよ?」

「母上の実力を疑って止めているわけではありません。魔獣を倒すだけであれば、問題ないだろうと予測はしています。問題はそこではないのです」

「あら、何かしら」

「母上、魔獣を倒す時、どのように倒すおつもりですか?」

 ラムズであれば、先程トールが説明したように、剣で……剣に魔力を通して魔獣を切り伏せて倒すはずだ。しかし、ジェイドはフリージアが剣を持っているところなど一度も見たことがない。

「それは勿論、魔法でぼーん!とやるわ。母様はね、オーガブル程度なら一発で燃やせるのよ」

 自信ありげにフリージアがウインクしながら胸を張る。しかし、その回答はジェイドの予想通りだった。

「母上。燃やした魔獣は売り物になりません」

 ジェイドのツッコミに、フリージアが目を丸くして硬直する。横でトールが確かに……と小声で呟いた。

「大きな魔法では駄目です。攻撃魔法で倒すのであれば、小規模な魔法の一撃で傷は最小限に抑えなくてはなりません。そのためには気づかれないうちに先制攻撃で倒すか、魔法を使う間誰かがオーガブルの攻撃を受け止め動きを止める必要があります。そしてオーガブルの突進を止めることができる人物は、我が領には父上しかいなかったんです」

 フリージアの魔法を扱う能力は高い。しかし、ダンジョンで獲物を仕留めて売り物とするという目的には不向きなのだ。

「え、ええと、一度戦ってみて、売り物に出来るような倒し方が出来ないか試してみるのはどうかしら」

「試すためには前衛が必要だ、と言う話に戻りますよ。こんなことが起こるなんて想定外ではあったのですが、父上が怪我をされる前に実験しておけば良かった、としか言えませんね」

「お兄様は前衛はできませんの?」

「俺は身体が小さいから、オーガブル相手だと身体強化を使っても動きを止められないな。本当に、サレンディスの人間性がまともだったらこんなに困ってないのに。アイツ、ガタイは良かったから」

「そもそも今の事態を引き起こしたのがサレンディスなのだから想定するだけ無駄だと思いますよ」

 トールのツッコミの切れ味が鋭い。

「はぁ、確かに言われてみればジェイドの言う通りだわ。困ったわね……」

 冷静になったらしいフリージアがため息をついた。

「父上の怪我の回復を待って狩りに行くべきだと思うのですが。今回の税については、王家に嘆願して猶予をもらうなど出来ませんか?」

「納税の猶予はどうにかなるわ。領主の怪我は王国法の税法で減免措置を受けられる条件に入っていたもの。ただね、お医者様の話によると、旦那様の脚は自然回復では立てるようにならないらしいわ」

「そこまで悪いのですか!?」

「中級ポーションがあれば脚を引きずりつつも歩けるくらいに、完全に回復するには上級ポーションが必要という話よ」


 それは大分不味い。ポーションはどんな傷でも回復できる魔法の薬だが、対応できる傷の深さによって値段が変わる。中級ポーションでもティムバー領の収入1年分だ。上級ともなれば王族公爵家くらいしか使えない。


「そうなると、オーガブル狩り以外で何か手を考えないと駄目ですね」

 ダンジョンでもう少し弱くて、買取金額が低い魔獣を多く狩ると言うのも選択肢になるだろうか。しかし、魔獣の素材を買い取って貰うにはできる限り傷が少なく倒さなくてはならないので、必然的に魔法ではなく剣で戦うことになる。そしてこの領で現在唯一武器で戦う能力があるジェイドは、剣技は少し怪しいのだった。

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