第3話 サレンディスのやらかし

「ちょっと話が横道に逸れたな。トール、先ほどの続きを頼めるか」

「はい、ダンジョンに向かう事になったところまでお話ししましたね。それでその後、いつもダンジョンに狩に行く際に同行している領兵5名と、ラムズ様、サレンディス、私の計8名でダンジョンに入ったのです」

 トールの言葉を聞きながら、ジェイドは思案する。サレンディスとトールが増えた分、いつもの兵の数を減らしたのかと思いきや、そうでもないらしい。ラムズはダンジョンに入る際、いつも決まった5名を供にしていたはずだ。

「目的の獲物は5層に居るオーガブルだと言われました。そのため、1層から4層までは寄り道をすることもなく、小物の魔獣が出ても相手にせずに進みました。その際、魔獣を切りたいとサレンディスがぶつぶつと文句を言っていたのを、私も一緒に行った領兵も聞いていました」

「上層の弱い魔物相手に、サレンディスが戦えるか確認しなかったのか?」

 こういう初心者を連れて戦いに行くなんてケースなら、弱い敵から経験を積ませるのが鉄則だと思うのだが。

「ラムズ様は、今回は参加だけしてまずはダンジョンの空気に慣れろ、と言っていたようです。ですので5層でも参加させる気はなかったようですよ」

「ああ、見学ってことか。まあそれならわかる」

「そのまま5層まで行きまして。そこで、オーガブルの群れを見つけました」

 今回ダンジョンで狙ったというオーガブルという魔獣は、牛に近い姿をしているが頭の左右に生える角の他に、額にもう一本の角を持っている。体重は、小型のものでもおおよそ100キロは超える上、額にある角で敵を刺し貫こうと突進してくる速度もかなり速い。魔力をきちんと扱えなければ、まず勝ち目はない相手だ。

「ラムズ様は、自分しかいないのであれば3頭までは相手に出来るそうですが、誰かの安全を確保しながらだと1頭だとおっしゃいまして。群れから1頭だけ引き離してから狩る、とおっしゃいました」

 そこでふと言葉を切って、トールがため息を吐く。

「ダンジョンの中に魔獣が来ない場所というのがあるそうで、他の場所から魔獣を連れてこなければ安全なのだそうです。その場所で待機しているように、とラムズ様に命じられました。その後ラムズ様がその場を離れ、オーガブルを一頭だけ誘導してきたのですが……ラムズ様がオーガブルに集中している隙をついて、サレンディスがその場を離れました」

「は!?」

 ギョッとしたジェイドに、トールが苦笑した。

「そうですよね、常識から考えればあり得ないですよね。でも事実なんですよ。確か嫡子である自分ならこの程度のダンジョンなんて危険でもなんでもない、とか言ってましたよ」

「いや……あり得ない、だろ」

「サレンディスにかかればあり得ないことも起きてしまうと言うことですね。そう言えば本人の自称も『俺は常識を超越する男』でしたか?」

「悪い意味で超越すんなよ……」

 あまりにも酷いサレンディスの言動に呆れジェイドも頭を抱えるしかない。

「サレンディスが抜け出したあと、領兵たちとどうするか相談したのですが、追いかけて連れ戻そうにも魔力を使って暴れられると我々には取り押さえられませんし、ラムズ様がオーガブルを倒した後にラムズ様にお願いするしかないという事になったんです」

「それにあいつ自身が言った通り、魔力使って戦えるなら、領兵やトールよりはまだ安全だろうしなぁ」

 しかしトールはハッと鼻で笑った。

「ところがサレンディスはすぐに戻ってきました。デモンウルフ数頭に追いかけられてヒイヒイ泣きながら」

「……」

 ここまで来るとジェイドももう無言になるしかない。デモンウルフは中型の犬系魔獣で、凶暴さや危険度はオーガブルより上だ。しかもそれでいて売り物になる部分は毛皮と牙くらいなので、狩りの獲物としては不適切でもある。

「そこでラムズ様も事態に気付き、泣き喚くサレンディスは待機していた私たちにデモンウルフを押し付けようと走り回り、恐慌状態になった領兵がラムズ様の方に逃げ」

「大惨事だな……」

「ここからは大騒ぎだったのであまり細かくは覚えていないのですが、恐らくラムズ様が急いでオーガブルを無力化した後、デモンウルフに襲われそうになっていた領兵を庇いました。1頭はすぐに斬り伏せたのですが、その隙に他のデモンウルフがラムズ様の足に噛みつき、負傷してしまったんです」

「……その間サレンディスは何をやってたんだ」

「ええと……確か隅の方で縮こまっていたように思います。やかましい泣き声が聞こえなくなったので、身を隠していたのではないかと」

 魔獣を引っ張ってきてしまったのなら、せめて攻撃に参加して手伝うくらいすれば良いものを。ジェイドは舌打ちをしたい気分だった。つくづく、サレンディスは貴族に向かない人物である。

「ラムズ様は1頭に足を噛まれたまま、次に飛びかかってきたデモンウルフを斬り捨て、最後に自分に噛みついていたデモンウルフにとどめを刺したのですが、その時にはもう立ち上がることができない状態でした」

「……領兵やお前に怪我は無かったのか?」

「デモンウルフに気がついた瞬間に、ラムズ様は近くに居る魔獣の意識を自分に向ける魔法を使っていたようです。そのお陰で、他に怪我人はなかったですよ」

 ラムズは、サレンディスをやたらと贔屓することさえ除けば責任感のある領主なのだ。恐らくだが、サレンディスが魔力を防御にだけ使って身を固めれば、サレンディスだけは無事であったはずだ。サレンディスにそれを指示し、領兵が魔獣に襲われている隙に横から攻撃をしたならば、ラムズは怪我をしなかっただろう。こういう部分があるから、ジェイドはラムズの事を嫌いにはなりきれないのだった。

「……領主なんだからそのくらいしないといけないのではなくて?」

 ふい、と顔を逸らしてむくれながらクリスティナが呟く。クリスティナの複雑な心境が窺い知れて、ジェイドは苦笑した。

「そうだな、立派な領主だと思うよ」

 クリスティナは口を尖らせて返事をしない。仕方がないのでそっとしておくことにする。

「しかしデモンウルフか。その場を凌げたとはいえ、奴らの牙は鋭い。噛みつかれたまま剣を振り回したとなると、脚は酷いことになってそうだな」

「そうですね。魔獣が全て沈黙した後、ラムズ様の傷の手当てをしましたが、ズタズタでした。幸い、私は以前ジェイド様より怪我の応急手当てを習っていましたのできちんと止血ができましたが、邸に戻ってから診察した医者は、止血出来てなかったら邸に戻る前に失血死していただろう、と言う話でした」

「あー……そうか」

 ジェイドが教えた応急手当ては、恐らく一般的に知られているものとは別だ。そして、効果は一般的なものよりだいぶ高いだろう事も推測できる。

(手法を医者に見られたかな……まあ、それについては後回しでいいか)

 ジェイドの個人的な事情では少々引っかかる部分もあるが、現状確認が先だ。

「確か母上が『サレンディスは父上たちがダンジョンを出る前に逃げ帰ってきた』と言っていたと思うんだが……」

「手当てを始めた段階ではまだ居たのですが。怪我の酷さを確認して、まずいと思ったのか、言い訳を始めました。こんな強い魔獣が居るなんて聞いてない、とか足手纏いの領兵が居なければこんなことにならなかったとか」

「いや、今の話だと領兵を庇って父上が怪我をしたとか以前に、魔力を使えない領兵のいるところに魔獣を引っ張ってくるなという話だろうが!」

「はい、それに魔獣を押し付けられて死を覚悟した直後というのもあってか、普段はサレンディスが理不尽を言っても黙っている領兵たちも一斉に言い返しました。そしていつもならサレンディスを庇うラムズ様も、今回は何も言いませんでした……出血が多すぎて少し朦朧としていたのかもしれませんが」

 ラムズがダンジョンに連れて行く兵は、全員魔獣と戦う能力がないので基本荷物持ちだ。なので、その役割だけを考えれば誰を連れて行っても大した差は無い。では何故その5人が毎回選ばれるのかというと、ラムズの言いつけをよく守る者たちだからなのだ。だから普段の彼らであれば、サレンディスに不満があっても、ラムズが目を掛けている以上、サレンディスに対して苦言を呈することは無い。

「口々に罵られ、ラムズ様ではなくお前が怪我をすれば良かったんだと言われ、まあいつも通りサレンディスは癇癪を起こしました。こんな生意気なことを言う領民を命懸けで守るなんてやってられるか、それにこんな稼げないのに危険なだけのダンジョンを管理するなんてゴメンだ、オレは悪くない、そんな事を叫んで勝手に逃げていったのです。誰も止めませんでしたし、追いかけようなんて話も一言も出ませんでした。そして私たちは、ラムズ様を抱えてダンジョンから戻ってきたんです」

「で、ダンジョンから逃げてきたサレンディスはその足で家から出奔した、と言うわけか」

 ジェイドが大きく溜息をつくと、マリーが小さく手をあげた。

「私、遠目からですけど逃げていくところ見ましたよ。領の中で隠れているとかではなく、領を出る道を凄く急いで歩いていました」

「なるほどなあ……」

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