第24話 偶然ではなかった、という話
武装テストが終わって、空気だけが元に戻った。
金属音も、火花も、もうない。
監視ルームの照明は落ち着いていて、誰も叫んでいない。
それなのに、安心だけが戻ってこなかった。
確認は終わった。
成立した。
――けれど、説明がまだだ。
ゆうとは、ガラスの向こうの実験スペースを一度だけ見てから、視線を戻した。
エルは立ったまま、何も言わない。ニャースケも、床に戻って静かだ。
クレアが口を開く。
「会議室へ」
短い。命令に近い。
誰も反論しなかった。
廊下へ出ると、白瓏邸は相変わらず静かだった。
足音が、少し遅れて返ってくる。
つかさが、ゆうとの横に並ぶ。
「……ねえ。さっきのさ」
声は小さい。
でも、軽くはない。
ゆうとは答えない。
今は、言葉を探すほど余裕がなかった。
会議室は研究区画の奥にあった。
大きすぎない。豪華でもない。
必要なものだけが揃っていて、余計な装飾がない。
席に着くと、クレアが端末をテーブルに置いた。
博士はいない。呼ばれていないというより、最初からこの場の構成に入っていない。
「共有します」
クレアは淡々と言った。
「皆さまの通信が、外部から観測されていました」
つかさが最初に反応する。
「……は?」
「期間は、森に入ってから現在まで。範囲は、端末・音声・位置情報。いずれも断続的です」
「断続的って……見られてたってことじゃん」
「はい」
肯定は、あっさりしていた。
怒りも焦りも混じらない。事実として置くだけ。
ゆうとは、遅れて理解に追いつく。
森での通話。
白瓏みゆの声。
スマホを砕いたニャースケの判断。
ヘリが正確に足元を照らした光。
全部が、「見られていた」前提で繋がり直す。
「白瓏邸に来れば安全、という前提は成立しません」
クレアは、言い切った。
「……じゃあ、ここも?」
つかさが言う。
「ここも同じです。完全防御ではありません」
会議室の空気が、わずかに冷える。
“逃げ込んだ”気になっていた部分が、剥がれ落ちた。
クレアは、端末を操作する。
「ログの一部を再生します」
小さなスピーカーから音が流れた。
最初は、ノイズにしか聞こえなかった。
波形のような揺れ。割れた息。金属が擦れるような低い音。
けれど、それは――言語ではなかった。
言葉の区切りがない。
発音の反復もない。
暗号のような規則も、音の連なりからは拾えない。
つかさが眉をひそめる。
「……なにこれ。気持ち悪い」
ゆうとも同じ感想だった。
耳で聞いているのに、身体の奥を撫でられている感じがする。
クレアは続ける。
「博士の分析は、ありません」
そこで、意味が浮き上がる。
“いつもなら居るはずの解説”がないことが、ここでは重要だった。
「専門家が黙るレベルってこと?」
つかさが言う。
「専門家がいないから、ではありません。
……博士は、この音の前では発言が無効になります」
クレアは説明しない。
ただ、「そういう扱い」だと伝えるだけ。
そのとき、ニャースケが動いた。
耳が立つ。
毛が逆立つような気配ではない。
むしろ――集中に近い。
「……にゃ」
短く鳴いて、音のほうを見る。
次の瞬間、ニャースケの目が細くなった。
「……わかるにゃ」
つかさが、言葉を失う。
「え……?」
ゆうとも、息が止まる。
「翻訳じゃないにゃ。解読でもないにゃ。
……意味として、わかるにゃ」
ニャースケは、そう言った。
クレアが、そこで初めて“概念”を置く。
「外部起源コード」
誰も知らない言葉なのに、なぜかその場に馴染んだ。
「人類由来ではありません。侵入ではなく――接続です」
つかさが、反射で言う。
「接続って……どこに?」
クレアは答えない。
その代わり、視線だけをゆうとたちに向ける。
「重要なのは、注目点がエル様ではないということです」
ゆうとは、その言い方に引っかかった。
「……どういう意味だ」
クレアは、淡々と言う。
「同じ“外部起源コード”を、意味として受け取れる存在が複数いる」
テーブルの上で、端末の再生が止まる。
静寂が戻る。
クレアは視線を移す。
ニャースケ。
そして――エル。
エルは、さっきからずっと黙っていた。
黙っているというより、最初から“会議の扱い方”を理解しているように見える。
「偶然では集まりません」
クレアが言う。
「ゆうと様、つかさ様がここに来たこと。
エル様とニャースケ様が同席していること。
外部起源コードが“届いている”こと」
一つずつ、事実だけを置く。
「ここまで揃う確率は、偶然では説明できません」
ゆうとは、胸の奥がざらつくのを感じた。
“偶然じゃない”と言われると、逆に逃げ場がなくなる。
誰かが、先に動いていた。
そういうことになる。
そのとき、エルがゆうとを見た。
つかさではない。
クレアでもない。
ゆうとにだけ、まっすぐ。
「……ゆうとさん」
呼ばれた声は、穏やかだった。
戦闘の緊急でも、危機の警告でもない。
それなのに、やけに重い。
「……ここから先は、危険……です」
敬語だった。
いつもの“です”の温度が、ここでは逆に刺さる。
つかさが、すぐ反応した。
「ちょっと待って。なんで悠斗にだけ言うの?」
怒りというより、置いていかれた焦りだ。
その感情が、きれいに言葉になってしまった。
エルは、きょとんとする。
「……?」
理解していない顔。
悪気も、選別の意図もない。
仕様として、そうなっている。
そういう“差”だと、空気が勝手に結論づける。
つかさが唇を噛む。
「……そういうの、嫌なんだけど」
エルは答えない。
答えられない。
クレアが、そのやり取りを止めないまま、次へ進めた。
「協力を要請します」
会議室の空気が、さらに固くなる。
「逃げ道は提示しません。
選択肢は一つです」
淡々と、残酷なことを言う。
「皆さまには、こちらの計画に参加していただきます」
ゆうとは、思わず聞き返す。
「……計画?」
クレアは、端末を操作する。
地図のような表示が出て、次に、座標だけが浮かぶ。
「地点は――エベレスト」
名前だけが置かれる。
理由は語られない。
説明も、まだ来ない。
ただ、その一語で世界のスケールが変わった。
つかさが目を見開く。
「……エベレストって、あの?」
クレアは頷くだけ。
「外部起源コードの“反応”が、最も濃い地点の一つです」
ゆうとは喉が乾くのを感じた。
山の名前が出ただけで、身体が勝手に「遠い」と判断してしまう。
その直後、クレアは間を置かずに続けた。
「そして――その後」
会議室の空気が、もう一段沈む。
「桐嶋共助に、直接会います」
つかさが息を止めた。
ゆうとは、言葉が出なかった。
その名前は、知らない。だが、クレアの口から出た瞬間、重要だとわかった。
クレアは淡々と言う。
「ゆうとのおじいさんが、何を目的に動いていたのか。
それを、本人から聞くためです」
“本人”という言い方が、妙に刺さる。
死んだはずの人物の話をしているのに、クレアは生きている人間みたいに扱う。
ゆうとは、思わず口を開いた。
「……おじいさんの目的を?」
クレアは頷く。
「白瓏家も、博士も、皆さまも。
今起きている現象の中心にはなりません」
一拍。
「ですが――起点には、なり得ます」
説明しない。断定しない。
それでも、逃げられない輪郭だけが残る。
会議室は静かだった。
誰も声を出さないまま、次の段階に押し込まれていく。
ゆうとは、膝の上で拳を握った。
偶然じゃない。
集められた。
呼ばれた。
世界が、先に動いていた。
そして、自分たちは――そのあとを歩かされる。
そういう話だった。
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