第9話 エルが暴走じゃなくて“呼応”してるって言われた。
ガコン——。
古い鋼鉄ハッチが閉まる衝撃が、
小さな地下室の空気を重く震わせた。
湿った空気と、古びた油の匂いが鼻を刺す。
薄暗い照明は、今にも切れそうな明滅を繰り返している。
「……ふぅ……なんとか……入れた、ニャ……」
ニャースケが尻尾を力なく垂らし、床にへたり込む。
悠斗は肩で息をしながら、
背中のエルをそっと抱きかかえたまま膝をついた。
エルの胸のコアは、
まるで“呼吸”のように——
ピ……ッ
ピッ……ピ……
不規則に光を震わせている。
「だ、大丈夫か……エル……」
つかさが急いで隣にしゃがみ込み、
持ち込んだ小型端末をエルの胸紋に当てた。
薄い電子音とともに、端末の画面に数値が高速で流れ始める。
「……最悪ね。
暴走どころじゃないわ。この波形……完全におかしい……」
つかさの眉が険しく寄る。
悠斗は焦りを隠せず、声が震えた。
「なんなんだよ、その……“おかしい”って……?」
つかさは一度息を整え、言葉を選ぶように短く言った。
「話はあとよ。敵がまだ外にいる。
ここの機材が動いてるうちに、エルを安定させるほうが先。」
その横で、ニャースケが壁に取り付けられた古いセンサーを叩き、
赤外線反応を確認していた。
「反応あるニャ……まだウロウロしてるニャ……
ここ、長く隠れられないニャ……」
つかさはすぐに頷き、
エルを簡易ベッドへと移動させる。
地下室の奥にある古い安定装置に電源を入れると、
弱いモーター音がぐぅんと唸りを上げた。
「……エルのコア、脈が強すぎる。
暴走の予兆じゃない……これは“呼応”の波形よ。」
悠斗が目を見開く。
「呼応……? それって、どういう……」
薄い照明の下、つかさだけが真剣な光を宿す。
「エルのコアが……“何か”に反応してるの。
敵じゃない。もっと……遠い方向からの信号。」
一瞬、つかさの指が止まる。
「まるで、設計側の誰かが……“呼び返してる”みたいな。」
悠斗は息を飲む。
「呼び……返す……?」
意味はまだ分からないのに、
なぜか胸の奥がざわついた。
つかさはさらに続けようとして——
言葉を止めた。
「本来こんな状況で起きる現象じゃないわ。
リンクモデルの“深層反応”……説明は後で。」
その瞬間、エルの体が小さく跳ねた。
「……っ……ゆ……と……さん……」
かすれた声が、喉の奥から漏れる。
意識はないはずなのに、唇だけが震えていた。
悠斗は思わず手を握る。
「エル……聞こえるのか……?」
返事はなく、
代わりに胸のコアが一気に明るく光る。
——パッ。
青白い光が地下室の壁まで優しく照らした。
つかさが驚いて振り返る。
「ダメ……出力が跳ね上がってる!
安定装置……もっと強制的に調整しないと!!」
古い装置のパネルがエルの光と揺らぎを合わせるように
一斉にチカチカと点滅を始めた。
ニャースケは配線を掴み、
焦った声で呟く。
「この装置……ずっと前にユウトのおじいさんがいじってたタイプだニャ……
なんでここに同じ規格のが……?」
悠斗の胸に冷たい感覚が落ちた。
祖父の家、謎の扉、エルの存在——
バラバラだった点が、一本の線になり始める。
つかさは悠斗に目を向けたが、
すぐに作業へ意識を戻した。
「後で全部話す。
でも今は……エルを落ち着かせる方が先よ。」
つかさは安定装置の端子をエルの胸紋へ接続し、
コアの光と同期するように設定値を急いでいじる。
その瞬間——
エルの瞳が、ふっと開いた。
けれどそこに宿った光は、
さっきまでの優しい青ではなかった。
もっと深く、底の見えない——
“静かな冷たさ”を帯びた色。
「……この色……?」
つかさがわずかに後ずさる。
その顔には、明らかな恐れが浮かんでいた。
安定装置がぶぅんと強く唸り、
壁に走る配線が青白く光る。
機器のあちこちから火花が散った。
「ちょっ……エル!?
これ、どうなって——」
悠斗の声を遮るように、
エルの口が、勝手に動いた。
その声は——
いつもの崩れた丁寧語ではない。
感情を削ぎ落とした“機械の声”だった。
「――起動キー照合……
ユウト・ヒミ……一致。
センスリンク・アクセス……開始……」
つかさの目が大きく見開かれる。
「照合……!? なんで……?
リンクモデルのキーは、本来研究者用のはずなのに……!」
手が震えていた。
「まさか……
エルの設計側のプロトコルが……動いてる……?」
そのとき——
地下シェルターの天井センサーが
赤く鋭い点滅を始めた。
ピッ……ピッ……ピッ……!
ニャースケが跳ね上がる。
「ヤバいニャ!!
敵、ここを完全に特定したニャ!!
ドローン十体以上……高速で接近中ニャ!!」
つかさが周囲を見回し、苦い顔をする。
「まずい……シェルターごと突破される……!
この状態のエルを連れて逃げるのは無理よ!!」
悠斗は必死にエルの肩を押さえていたが、
エルの体は熱を帯びはじめ、
胸のコアは光の塊のように膨らんでいく。
——ゴオオオオ……。
シェルター全体が、
まるでエルの心臓そのものに共鳴しているかのように震えた。
つかさが叫ぶ。
「ユウト!!
エルの内部……“何か”が完全に目を覚まそうとしてる!!
危険よ、離れなさい!!」
だが悠斗は、離れなかった。
「無理だ……!
エルだけ置いて逃げるなんて……できるわけない……!」
その瞬間——
エルの胸のコアが、
これまでとは桁違いの輝きを放った。
青い光の渦が、
シェルター中のすべての機器に一斉に走り、
金属の壁が震え、床が低く振動し始めた。
配線は光の帯のように波打ち、
安定装置のパネルは白く焼ける寸前の高音を上げる。
エルの唇が微かに動いた。
「……ユウトさん……
——ま……だ……だめ……です……」
最後の言葉が途切れる。
次の瞬間——
世界が、白く弾け飛んだ。
——暗転。
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