第7話 雨宿りしてたのに、また追われることになった。
雨脚が強まって、森の音が全部かき消されていた。
その中で俺たちは、崖下の大きな倒木の陰に飛び込んだ。
つかさが素早く周囲を確認し、ニャースケは耳をぴんと立てて雨音の向こうを警戒している。
「……ここ、しばらくなら隠れられるわ」
そう言いながらも、つかさの声音には焦りが滲んでいた。
腕の中のエルはまだぐったりしている。
胸の紋が弱く、ほとんど消え入りそうに明滅する。
「エル……聞こえるか……?」
掴んだ手は冷たくて、かすかに震えていた。
必死で温めるように両手で包み込むと、紋の光がほんの少しだけ反応する。
――まだ、生きてる。
それだけが救いだった。
つかさはあえて距離を置き、岩陰の入口から外を見張っている。
ニャースケは小さな機械音を鳴らしながら、端末に映るセンサーを確認し続けていた。
「しばらくは動き、ないニャ……でも油断できないニャ……」
倒木の下は暗くて、冷えた雨がぽたぽたと落ちてくる。
火を灯す余裕なんてあるわけもなく、俺たちはただ、呼吸を整えることしかできなかった。
外の雨は、少し強くなった気がする。
エルの指先が、かすかに俺の指を押すように動いた。
「……エル……?」
返事はない。
ただ、彼女の胸の紋が微弱に明滅するだけだった。
——短い安らぎに、縋るような時間が流れる。
倒木の下で、雨の音と自分の心臓の音だけが耳に残る。
暗くて、顔すらちゃんと見えない。
つかさが簡易ライトを点けて、俺たちの表情を照らした。
光が揺れて、つかさの横顔がぼんやり浮かぶ。
その瞬間、ふと思った。
(……あれ? この顔……)
「……氷見、つかさ……だよな?」
ぽろっと出た言葉に、つかさが瞬きした。
「気づいてたの?」
「いや……こうやって近くで見るの、初めてだし。
席、ちょっと離れてるし……ほら……」
言いよどむ俺に、つかさが微妙な顔をする。
「……言い方、雑じゃない?」
「すまん……」
でも、こんな状況で話すなんて思わなかった。
つかさもどこか力の抜けた表情で、小さく息を吐いた。
「クラスに知り合い、そんな多くないから……
まさか同じクラスの子と、こういう形で一緒になるとはね」
「いや、俺も……」
短い会話なのに、不思議と“距離”が近づいた気がする。
ライトの光がふっと揺れて、俺の腕の中のエルに落ちた。
エルの胸紋が、かすかに光を返す。
まるでその光が、俺の気持ちに呼応してるみたいに。
「……ゆうと……さん……」
掠れた声が漏れた。
エルのまぶたは閉じたままだけど、確かに名前を呼んだ。
胸が少し痛くなる。
「エル……安心しろ。まだ俺がいる」
つかさもライトを向けたまま、息を呑む。
「……それ、普通じゃないわよ。
反応が全部ユウトくんに寄ってる」
「寄ってるって……どういう……」
「まだわからない。でも……危険でもあるし、救いでもある」
ニャースケが急に耳を立てた。
「……!」
光の中で、機械の目が細くなる。
「さっきより強い無線反応……
周囲を探してる“気配”が近いニャ……!」
つかさの表情が一気に引き締まった。
「ユウトくん。立って。
ここ、もう持たない。動くよ」
俺はエルを抱え直し、濡れた地面を踏みしめる。
雨がまた強くなってきた。
倒木の下に落ちる雨粒が、さっきより荒いリズムを打ち始めた。
ニャースケが耳をピンと立てたまま動かない。
まるで、空気そのものが変わったみたいに。
「……無線、増えてるニャ。
“探索モード”……こっち来てるニャ……!」
その言葉に、つかさが一瞬だけ息を呑んだ。
ライトを切り、暗闇の中で俺たちを見る。
「ユウトくん、立って。すぐ動く。」
「……わかった。」
エルはまだ腕の中で眠ったまま。
でも胸紋だけが、かすかに、弱い光を返してくる。
それが“急かす”みたいで、逆に怖い。
つかさは素早く辺りを見渡す。
「ここじゃもう持たない。
森の北側に、小さいけど古いシェルターがある。
そこまでなら……まだ逃げ切れる。」
「……シェルター……?」
「説明はあと。行くよ。」
ニャースケも前に跳び出す。
「足元気をつけるニャ! 雨で滑るニャ!」
俺はエルを抱え直し、立ち上がった。
腕の中の体温が、さっきより弱くて胸が痛む。
ゆっくり息を吸い、吐く。
さっきまで少しだけあった“静けさ”が、
もう嘘みたいに消えていく。
つかさが振り返って、小さく頷いた。
「——行くよ、ユウトくん。」
俺も頷き返す。
雨が強く、冷たく降りしきる。
その音の隙間を縫うように、森の奥から
「……ピ……」
と小さな電子音が響いた。
それだけで背中が冷たくなる。
——短い安らぎは、もう終わりらしい。
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