第6話 エルを救うために、森の奥へ逃げ込んだ。

雨が弱まる気配はまったくなかった。

森の湿った空気が、肌に張りつくように重い。


エルの体温は、腕の中で確実に落ちていた。

胸の紋も、さっきより弱い。


「……エル、頼むよ……」


呼びかけても、反応はない。


ニャースケがエルの胸にライトを当て、

短い電子音を鳴らした。


「……動力、不安定ニャ。さっきの覚醒で……限界ニャ……」


「直せるんだよな? 何か、できるんだよな?」


焦りで声が震える。

視界がにじむほど、呼吸が荒かった。


ニャースケは静かに首を横に振った。


「応急処置……無理ニャ。

 コアの波形……ぜんぶズレてるニャ……

 このままだと……止まるニャ……」


「……やめろよ。そんな言い方……」


雨の音が、森の闇に深く溶けていく。

その中でエルの紋だけが、かすかに瞬いていた。


あとどれくらい持つのか、

想像するだけで胸がざわつく。


(ここに……長くいたら……追いつかれる)


森の奥のどこかで、

遠い機械音が響いた気がした。


悠斗はエルの肩を抱き寄せ、

必死に声を絞り出す。


「……どうすればいい……

 エルを……助ける方法……」


ニャースケが振り返り、

その瞳に決意の光を宿す。


「……一つだけ、方法あるニャ。」


雨の向こうで、

森が深く沈黙する。


「エルを直せる人がいるニャ……

 ——“山の向こうの廃研究室”ニャ。」


森の奥へ踏み込むと、

足元の泥が音を立てて沈んだ。


エルを背負う肩が重い。

その重さが、命の残り時間を突きつけてくるようで

胸が苦しくなる。


「ニャースケ……廃研究室って、どのくらいだ……?」


「山を越えた先ニャ。近くないニャ……

 でも、行くしかないニャ!」


ニャースケが前を走りながら、

レーダー表示を確認するたびに耳を揺らす。


雨で視界は悪く、

地面はぬかるみ、

木々は獣道を隠している。


(なんで……なんで俺なんだよ……

 なんで俺が、こんな……)


弱音が喉まで上がったが、

背中のエルの体温が、思考を止めた。


(……それでも……行かなきゃ)


エルの胸の紋が、

急に“ビッ”と光る。


「エル!? 今の……」


「危険ニャ! コアが暴走し始めてるニャ!

 刺激に反応して……外へ電波漏れてるニャ!」


その言葉を裏付けるように、

森の奥で“電子ノイズ”が木々に反響した。


赤い光が遠くで揺れる。


「やべえ……追ってきてるのかよ……!」


ニャースケが振り返りざま叫ぶ。


「こっちに近づいてるニャ! 増援ニャ!!」


そのとき。


背中のエルが、

かすかに目を開けた。


「……ゆ……と……さ……」


言葉にならない。

音が欠け、意味を成していない。


「エル!? 喋るな! 無理すんな!!」


エルの指先が肩を弱く掴み、

胸の紋が不規則に明滅する。


すると——


周囲の落ちている古いセンサー機器が、一斉に誤作動した。


雨の中で点滅し、

意味のない電子音を鳴らす。


まるでエルの鼓動に連動しているみたいに。


ニャースケが青ざめた。


「まずいニャ……この先、電波を遮断する地帯あるニャ!

 そこに入れば追跡は切れるけど……道が入り組んでるニャ!」


「行くしかねぇだろ……!」


森の奥は、暗い迷路のように続く。


赤い照準の光が、ひとつ増えた。


「ユウト!!

 後ろッ!! 追跡部隊……数が増えてるニャ!!」


森の奥から吹きつける風が冷たい。

雨音の中に混じって、

低い金属のうなりが近づいてくる。


ニャースケが振り返った瞬間、

瞳孔がキュッと縮んだ。


「ユウト!! 来るニャ!!

 ……あれ、ドローンじゃないニャ!!」


木々の影から現れたのは——

四足で地面をえぐるように走る“獣型の機体”だった。


赤い照準が二つ。

呼吸のたびに胸部のフィルターが震える。


「ま、待て……なんだよこれ……!」


「上位機体ニャ!!

 ニオイで追跡してくる“嗅覚型ハンター”ニャ!!」


その言葉の直後、

獣型が地を蹴った。


一瞬で距離が詰まる。


「っ……!」


悠斗が足を滑らせた。

ぬかるみに足首を取られ、

身体が前へ傾く。


エルの身体が腕から落ちかけた。


「エル!! くそっ……!」


必死に抱え込むが、

獣型は目前まで迫っている。


赤い照準が、

エルの胸ではなく——

悠斗の胸に 向けられた。


(殺される——!!)


その瞬間。


エルの胸のコアが

“強い衝撃に反応した”。


——ビッ。


次の瞬間、青白い波紋が森へ広がった。


空気が震え、

木々の表面がざわりと揺れる。


獣型の機体が、

まるで力に弾かれたように吹き飛んだ。


ドンッ!!


「な、なんだよ今の……!」


エルの目は閉じたままなのに、

胸の紋は暴れるように明滅している。


ニャースケが叫ぶ。


「防御本能ニャ!!

 コアが勝手に……ユウトを守って……反応してるニャ!!

 でもこれ……長くはもたないニャ!!」


獣型の赤い照準が、

倒れながらも再び立ち上がる。


警告音が鳴る。

エンジンが唸る。

距離が詰まる——!


「くそ……もう無理だ……!」


歯を食いしばった瞬間。


森の奥から、

鋭く通る声が飛んだ。


「——伏せてッ!!」


空気が裂けるような音。

何かが飛来する気配。


悠斗は思わず伏せた。


……どこか、少しでも雨と追跡をしのげる場所を探さないと。


暗転。

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