第5話 エルが一瞬だけ、俺を守ってくれた。
雨が落ちていた世界が——
一瞬、止まったように感じた。
エルの胸で光る紋が、強烈に脈打つ。
青白い光が雨粒を弾き、そのたび空気がわずかに歪む。
「な、なんだよ……これ……!」
背中に背負っているエルの身体が、
じんわりと温かさを取り戻し始めていた。
ニャースケが怯えたように尻尾を立てる。
「ユウト……これ……普通じゃないニャ……
コアが勝手に起動してるニャ……!」
ドローンたちも“それ”を理解したように、
赤い照準を乱しながら距離を取る。
金属音が後退し、警戒のノイズが辺りに広がった。
エルの胸の光が、さらに強くなる。
まるで心臓の鼓動みたいに——
ドクン、ドクン、と空気まで震わせる。
「エル……聞こえるか? おい……!」
声をかけると、背中越しに微かな動きが返った。
エルの指先が、
悠斗の胸元の服を“弱く”掴んだ。
「……っ……エル……?」
その瞬間、
世界が揺らいだように感じた。
青い光が一度だけ、爆ぜる。
そして——
ゆっくり、ゆっくりと。
エルの瞳が、開いた。
だが。
そこに宿る光は、
いつものエルのものではなかった。
無表情。
無機質。
深い海みたいに冷たい青。
「……識別——完了」
かすれる声で、
エルが初めて“丁寧語を使わず”に言った。
エルの瞳が開いた瞬間、
足元の泥すら震えた気がした。
その身体には、
さっきまでの弱々しさが欠片もない。
悠斗を背中からそっと降ろす動きは、
あまりにも滑らかで正確で——
“機械の動き”に近かった。
ニャースケが思わず一歩引く。
「エ、エル……? さっきまで停止してたニャ……?」
エルは答えない。
ただ短く息をつき、視線を前へ向けた。
青い光が脚部へ走り、
地面がかすかに揺れた。
「ユウト。さがってろ。」
声のトーンは低く、冷たい。
いつもの崩れた丁寧語は、一切ない。
雨の中、ドローンたちが一斉に跳躍した。
赤い照準が同時に光る。
エルは動かない——ように見えた。
だが次の瞬間、
一体のドローンの“首”が手に握られていた。
「識別……完了。排除する。」
金属の関節を握りつぶす、
乾いた音が響く。
ニャースケは声も出ない。
「…………ッニャ!?」
エルの踏み込みは、
雨粒を砕く勢いで地面をえぐった。
青い光の軌跡だけが残り、
身体が消えたように見える。
二体目、三体目。
次々と叩き落とされ、
泥へ沈んでいく。
ドローンが跳びかかろうとすれば、
その瞬間には背後へ回り込み、
脚部を正確な角度で切り落とす。
音もなく。
迷いもなく。
無表情のまま。
悠斗の喉が鳴った。
(……これ……ほんとに、エルかよ……?)
最後の一体が距離を取ろうとした瞬間、
エルは指を軽く伸ばした。
まるでそこが“弱点だと知っていた”みたいに。
青い閃光。
ドローンは地面へ叩きつけられ、動かなくなった。
雨音が戻る。
エルがゆっくり振り返った。
冷たい瞳が、
ほんのわずかに揺れた。
雨音の中で、
覚醒状態のエルだけが静かだった。
倒れたドローンが泥に沈み、
赤い照準がすべて消える。
悠斗は、動けなかった。
ただ、目の前の少女を見つめていた。
「……エル……」
呼びかけると、
覚醒モードの冷たい瞳が、ゆっくり悠斗を捉えた。
その青い光が——
一瞬だけ、揺らいだ。
エルの脚が、かすかに震えた。
「……ユウト……」
その声は低く、無機質だったはずなのに。
語尾が、わずかに崩れた。
「ユウト……さん……?」
エルの身体がふらりと傾く。
「エルっ!!」
慌てて駆け寄ると、
エルは力の入らない腕で悠斗の胸元を掴んだ。
さっきまでの無表情が嘘のように、
苦しげに呼吸をしながら。
「……ごめ……ます……
こわ……かった、です……か……?」
丁寧語が戻っている。
けれど、言葉は途切れがちで弱い。
悠斗の胸が締めつけられた。
「バカ……なんでそんな無茶……!」
声が震えた。
怒りじゃない。
怖かったんだ。
失いそうで。
エルは微笑んだように見えた。
「……まも……りた……かった……です……
ユウトさん……だいじ……」
そのまま、身体が完全に力を失う。
「エル!! エル!!」
抱き締めても応えない。
胸の紋の光は弱く、消えかけていた。
ニャースケが駆けてきて、
震える声で言う。
「ユウト……まずいニャ……
エルのコア……異常起きてるニャ……!」
雨が強くなる。
風も鳴る。
だが、そのどれよりも恐ろしかったのは——
エルの胸で、
センスリンク・コアが不規則に明滅している音 だった。
「このままじゃ……
エル……消えるニャ……!!」
——暗転。
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