第2話 持つ者、持たざる者

 気が付いたら、俺は仰向けに倒れていて――ユキさんが俺を抱き枕にしていた。


 ……いや、全然色っぽい状況ではない。

 そもそも俺たちが横たわっているのは、柔らかいベッドの上じゃなく、冷たい石畳の上だった。


 先ほど、宵月詩ユキさんのイベント中に起きた地震――そして、そのまま穴へと落下した出来事は、やはり夢ではなかったようだ。

 あのあと意識が遠のくまで、何度も、何層も、果てしない落下が続いていた。そしてついには意識を手放し……。


 ――どこだかも分からない場所へと、たどり着いたというわけだ。


 ただ、一つだけ良かったことがあるとすれば。

 ユキさんが俺の下敷きにならずに済んだことだろう。

 俺をクッションにしたおかげで、少なくとも、目立った怪我などには悩まされていないようだ。

 ……まあ、あれだけ長く落ちてきたわりには、俺自身の身体にも特に怪我などなく、特に異常もない。不思議な話だ。


 なんとか意識を逸らそうとするが、全身に伝わる柔らかさと温もり――そして、ほんのりと香る彼女の匂いが、それを許してくれない。


 落ち着け、俺。今はそれどころじゃない。


 やがて、俺の胸を枕にしていたユキさんが、かすかにうめくような声を漏らす。


「……う、うぅん……?!」


 状況に気づいた彼女は、目を丸くして慌てて俺の上から飛び退いた。


「え?! いやっ! あ! ちがっ」


 ――目覚めたら男の上にいた。

 それは混乱するに決まっている。


 やがて、ようやく状況を把握したのか、ユキさんはなんとか平静を取り戻した。


「ご、ごめんなさい! ……あ、いや、この場合はありがとう、かな。……助けようとしてくれて、ありがとね」


「……助かったのかどうかすら分からないけど。とりあえず、ユキさんが無事で良かった」


 彼女は周囲を見渡しながら、ぽつりと呟く。


「ここ、どこだろう? 落ちてるときも思ったけど、どう見ても普通じゃないよね……?」


 俺も立ち上がり、周囲を見回す。石畳の床、石の壁――やはり、なんとなく見覚えがある。


 そして、自分の身体を確認していると、ふと気づいた。

 右腰のベルトに、見覚えのあるポーチがぶら下がっている。宝珠の装飾がついた、小さな収納具。そして、質素ながらしっかりした作りのナイフ。


 『Pentamorph: ペンタモーフ: Arcane アーケイン Convergenceコンバージェンス

 ――通称『PAC』。


 俺がやり込んでいたVRゲームで、プレイヤー全員が装備していたデッキ用ポーチと、魔物からアイテムを剥ぎ取るための専用ナイフ……。


「あれ? PQぴきゅたん、そんなポーチとナイフ? 付けてたっけ?」


 PQピーキューというのはSNSでの俺のハンドルネームだ。彼女はいつも通りの呼び方で俺に話しかけてきた。


「いや、付けてないよ。これ、もしかして……」


 俺はポーチの中を確認する。

 出てきたのは――PACで使っていた俺のデッキだった。


 ――やっぱり。


「……迷宮の石畳、俺のデッキとナイフ……。ここはPAC、いや、『Pentamorph: ペンタモーフ: Warウォー of オブ Remnantsレムナンツ』シリーズの階層型迷宮ダンジョンの中みたいだ」


「……んっ!? どういうこと?」


 彼女に、俺の知る限りの情報を説明する。

 この場所がペンタモーフ・シリーズの階層型迷宮に酷似していること。そして、なぜか俺のデッキが手元にあること。


「……えーと。つまり、ゲームの中に入っちゃったってこと?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


「え? なんで? ここは迷宮で、デッキもあるんでしょ?」


 彼女の疑問はもっともだ。だが、〝ゲームの中〟だと考えるには、ある問題があった。

 本来なら、左手の甲を右手の指で円を描くように動かせば、ステータス画面が開くはずなのだ。


 何度試しても、表示されない。


「……もしかしたら、ゲームの中に入ったんじゃなくて、現実のほうがゲームに変わったのかも。二つの世界が混ざった……みたいな。」


 そう説明すると、彼女は戸惑いながらも、なんとか飲み込もうとしていた。


「でも、それなら……これって変じゃない? 私、PACちょっとだけプレイしてたけど、デッキないよ? PQたんも知ってるでしょ? 私、PACとコラボしてるし……無関係じゃないはずなんだけど」


 そう――タレントである宵月よいづき ゆきは『Pentamorph: ペンタモーフ: Arcane アーケイン Convergenceコンバージェンス』とコラボしていた。

 日本限定の企画だったが、彼女をモデルにした最高レアリティ『神話ミソロジー』のカードも存在する。


 ……そして、そのカードは俺のデッキにも入っていた。


 あの頃、ちょっと言えないくらいの金額を注ぎ込んで、手に入れたカード。

 それを軸に『フィールド専用英雄デッキ』を組み、世界を、様々な迷宮を攻略していた。


 召喚枠いっぱいに英雄ユニットを召喚し、それぞれに専用魔道具を装備させる――まさに〝高レアカードの暴力〟ともいえるデッキ。


 ……だが、ここで気づく。


 今、俺の手元にあるのは、その『』だ。

 推しのコラボカードもだが、英雄ユニットはどれも必要マナコストが高い。

 それに装備させるための魔道具も、軒並み高コストだ。


 つまり――


 俺は、最序盤とも言えるこの状況のなかで、を持っている。


 それに気づいた、まさにその時――


ギィ、ギィャアァッ……!


 不吉な音が、石畳の闇の向こうから響いた。


 ――魔物との遭遇エンカウントだ。

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