第4話 ただ、春巻きを……

「お願いします! 殺さないでください! 春巻きが食べたいんです」

 

「は?」


「あの、これなんですけど……とっても美味しい食べ物なんです」


 俺は、金髪青目にビニール袋を差し出た。

 危ないものでは無いよってことを示したかったのだが、ほんとにこれで良かったのかはわからない。


「姫様! 絶対こいつ怪しいって!! なんか悪いこと企んでるよ! 絶対」


「……そうね」


 いや、そうねじゃねぇよ。春巻きは悪いもんでもなんでもねぇよ。


「中にその何でしたっけ、えっと……」


「春巻きです」


「そっ、そうですわ。春巻きが入っているんですわね」


「はい! 危ないものでもなんでもなくて! ただ食べたいだけなんです!」


「わ、わかったわ! とりあえず中を見せてちょうだい。話はそれからよ」


 ふぅーー。どうやら、金髪青目は話が分かる人らしい。

 良かった良かった。

 俺は間違ってなかった。


「ありがとうございます」


 俺はビニール袋から紙袋を取り出しその中の春巻きを見せた。

 どうだ。これが春巻きだ。


「これが春巻きです。食べてもいいですか?」


「ちょっと待ちなさい」

 

 姫様が春巻きを手に取る。


「あっ」


「姫様!?」


「大丈夫よ。アセロラ。心配してくれてありがとう」


「姫様ぁ」


「あと、君。別に取り上げたりはしないから大丈夫よ」


 良かったぁ。金髪青目、実は結構優しいのか?

 いや、まだ決めるのは早い。春巻きが手元に戻ってきてからだ。


「アセロラ。この春巻きたち調べてちょうだい」


「アイアイサー」


 なんか聞き覚えのある掛け声とともに爆速で春巻きを回収し、机の上の小さい魔法陣で何やらブツブツと唱えだした。

 魔法陣は徐々に光を増していき、そして消えた。

 俺が見たその光景は、あまりにもアニメの世界の出来事で圧倒されてしまった。

 が、しかし……俺は確信した。

 この世界は、俺のいた世界ではないと。

 そしてこの世界には魔法が存在するんだと。


「……姫様。な、何も異常はありませんでした」


 おい、ピンク髪赤目! お前はなんでそんな嫌そうなんだよ。

 異常がないのはいいことじゃないか! 当たり前だけどな。だって、ただの春巻きなんだから。


「アセロラ。それを貸しなさい」


「はい」


 ピンク髪赤目は渋々春巻きを金髪青目に渡し、金髪青目は春巻きを調べ出した。


「ふーん、結構いい匂いするのね。これは美味しいの?」


「当たり前でございます! もちろん人によって好みというのはあると思いますが、私にとっては世界一美味しい食べ物でございます」


「そう」


 そう言って姫様は黙った。

 どうしたんだろう。まさか食べたら駄目とか……。


「いいわ。ただ、一つ条件があるの。あなたが食べていいのは一本だけよ。もう一方は私達がもらうわ」


 え……?

 俺の春巻き。

 俺のお金。

 ひゃくにじゅうえん……。


「駄目だ」


「そう。なら取引失敗ね。あなたにはこの場で消えてもらうわ」


 は?


「さ、流石姫様」


 は?


「その潔さ。素晴らしい」


 いやいやいや、人が殺されそうになってるんだぞ。

 喉元に槍みたいなやつ突きつけられてるんだぞ。

 おかしいだろ。名前といい。状況といい。意味がわからなさすぎる。


「最後に言い残すことはないですわね?」


 いやいや、そんなの一つしか無いよな!


「春巻きが食べたいです」


 





 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る