第48話【主催者の思惑】

『…………っ、あーーーーー!! 緊張したー! 皆に良さ伝わったかなあ!?』



 僕らのプレゼンの1番最後、悟さんの情けない声がアリーナ全体に響き渡った。音程も不安定で、声の出し方は汚くて、ただ、感情を垂れ流しただけというような、とても情けない声音。先程までの計算され尽くした発声も、考え抜かれた表情も、身振りも手振りも何も無い。


 そこにあるのは、1人のいい歳したサラリーマンの……端的に言えば放送事故のみ。


 録画ミス。放送事故。そういった言葉が良く似合うような、それは悟さんの素の部分だった。


 緊張しいで、気が抜けると情けない一面を覗かせる、視聴者と同じ凡人の男。さっき「自分は天才だ」と言って笑ってみせたのも、「努力の上に才能がある」と視聴者を煽り散らかしたのも……全て、凡人が絵を見てもらうためにした、不器用な努力の結果だった。


 単純な画力じゃ勝負できない。絵のうまさじゃ1位にはなれないから。せめてプレゼンで訴えよう。「私を見て」と訴えよう。


 悟さんのその情けない姿には……そういった裏事情が見え隠れしていた。


「お、おい……放送事故じゃね……?」

「……あれ、アレは演技ってことか……?」

「なんか……可哀想だな」

「これも演技か?」


 その映像を目にした視聴者の反応は、困惑や同情など多種多様。しかし、それら全てに共通するのは、「思っていたのと違う」というインパクトだろう。


 天才を自称し自信満々だった彼が、実は僕らと似た人間だった。明るく快活な印象だった彼が、意外にも撮影に緊張していた。視聴者を煽り散らかしていた彼の言葉は――……作品の良さを伝えるためだった。


 世の中にはギャップ萌え、あるいは「ヤンキーが猫を拾う」的な現象があるけれど、僕の目の前で起こっているのは、紛れもなくそういう類のものだった。


 悪印象から好印象へ。自称天才から凡人へ。性格の悪いプレゼンターから、仲間想いの一般人へ。


 僕と悟さん、そして山本で考え出したこの作戦は、僅かに、本当に僅かにだけど、視聴者の心に作用しているようだった。


「――……では、以上で配信は終了ですね。5分後に投票が締め切られますので、皆様はそれまでお待ちください」



 心なしか、僕らのプレゼンが終わった後のギフトは、満たされたような顔をしていた。



♤♤♤



「……皆様、大変お待たせいたしました。結果の集計が完了いたしましたので、只今より結果発表を行います」



 10分後。複数名のスタッフと共に集計作業を行っていたギフトが、僕らに向き直りそう言った。彼の背後にあった配信画面はブラックアウトし、代わりに「集計結果」と書かれたスライドのようなものが表示されている。


 ダークに光る金髪を靡かせたギフトは、その燃えるような紅玉の瞳に穏やかな光を宿すと、とてもにこやかに言葉を紡いだ。


「いやあ、皆様の制作した作品とプレゼン……どれも非常に興味深く、あっという間に時間が過ぎてしまいました」


 ギフトは心の底から純粋にそう思っているのか、その表情には一切の陰りが見えない。


「正直、没個性的な作品や面白みの無いプレゼンばかりになるんじゃないかと思っていたんですが……流石『人間性』と『コミュ力』を備えている方々ですね。非常に充実した第2ゲームとなりました」


 ギフトはこの場に居るおよそ4000人の参加者一人一人に視線を送るように、最大限の賛辞を送った。いつも、馬鹿にするような視線を向けては、僕らに優しく解説を行うその男。よくあるRPGのラスボスのようなスペックの男は、今この瞬間だけ……とても、純粋な子供のようだった。


 ただ、良い作品を「良い」と褒める……。ただそれだけの為にこの場を用意したかのような、そんな、拭えない圧倒的違和感。


 …………もしかしたら僕たちは、実は大きな勘違いをしていたのかもしれない。……いや、勘違いというより……どこか、とても致命的な部分で、判断を誤ったのかもしれない。

 

「……さて、前置きもほどほどに。早速結果を見ていきましょう」



 もしかしたら、このギフトという男は……高尚な動悸や実験なんてものではなく、単純な自身の私利私欲のためにデスゲームを行ったのかもしれないんだ。


 僕はこのどこまでもハイスペックでイケメンな主催者を前に、そんな身も心も凍りつくような、ゾッとする仮説を打ち並べていた。


「念の為確認しておきましょう。今回の『何でもメイキング』……ルールは『1票も投票してもらえなかったら即死亡』、参加人数は4538名でしたね」


 ギフトはその何の緊張感も無い声はそのままに、しかいs、僕らに威圧感をもたらすような、工夫された言葉でそう言った。4538人。まだ1週間も経っていないのに、僕らモブのうち半分は、ギフトのゲームによって殺された。ある者は名前を覚えてもらえなかったから、またある者は、自分のことを知ってもらえなかったから。


 どこまでも他力本願なこのゲームの中で、僕たちができることはただ1つ。それが、努力し才能を開花させること。


 努力も才能も、定義はすごく曖昧なくせに、皆がそれを欲している。才能があれば大成した、努力すればこんなことにはならなかった。いい歳した大人も悩める学生も、皆、似たようなことを口にする。


 もしも才能があったなら、私は絶対努力するのに。


 そうか、そうか、才能が欲しいか。じゃあ才能を開花させてあげましょう。才能を伸ばす機会も場所も提供するから、本当に死ぬ気で取り組めよ。


 才能を開花させるためなら、命だって、懸けるんだろう?


 今のギフトは、皆の芸術作品を見たギフトは――……少なくとも僕の見る限り、今までで1番人間らしい顔をしていた。


 その艶やかな唇は美しく弧を描き、無意識なのか計算づくなのか分からないがスっと細められた紅玉の瞳は、憂いを帯び、しかし優しげに揺れている。サラサラと顔にかかるダークゴールドの髪は、彼のその表情を引き立てる世界最高のアクセサリーのようだ。


 ああ、私が見たかった景色はこれだ、そう、これが見たかったんだ……とでも言うように。デスゲームの主催者とは思えない表情が、彼の顔には広がっていたんだ。


「……では、1個1個発表するのは大変ですからね、まとめてランキング形式で発表してしまいましょう。ランキングに部屋番号が載っていない方々は、残念ながらここで退場となります」


 いつになく上機嫌な様子のギフトは、その明るい声音を維持したまま、僕らに向けてそう言った。パチリと彼が指を鳴らせば、ギフトの背後で沈黙を保っていたスクリーンが動き、今回のゲーム結果を表示する。



 …………さあ、運命の別れ道だ。僕らが伊藤の絵を抜いて生き残るか、それとも伊藤の才能に負け、15人全員で死んでいくか。


 ……頼む、1位であってくれ…………!!



「…………え……」



 そこで僕が目にしたのは、信じられない現実だった。

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