第47話【感情を科学する】
僕ら15人が作り上げた作品は、正直、伊藤がワンオペした絵には遠く及ばなかった。どれだけ僕らが怒りに身を任せ絵を描いても、伊藤の絵はその遥か上を行き……。まるで上空を自由に飛んでいく、一羽の鳥のようだった。
悠々と空を飛んでいくその姿は、まるで高潔な神話の動物のように美しくかった。きっと、その背を見上げるしかない地上の動物たちは、口々にこう言うのだろう。
ああ、きっと彼の心の中には、もっと高潔で美しい景色が潜んでいるのだろう、と。
きっと、その眩さに脳を焼かれ彼を神格化した一般人は、その本質を理解しようとしないんだと思う。本質を理解する以前に、彼の持っている翼や羽1つ1つに目をくらませては、無償の賛辞を与えるのだから。僕らは自分が持っていないものに対しては、ひどく敏感になってしまうから。
「『えー、皆さんこんにちは! ところで、皆さんは自分のことを天才だと思ったことありますか?』」
悟さんのハキハキとした、「聞かせるための」声が響く。パッと画面の右側に突然、僕らの作品が現れる。天才と呼ぶには程遠い、しかし、感情に訴えかける絵が。
……ああ。これは、僕らが負けて、無様に死ぬための芸術だ。
画面に突如として現れたのは、無数の人がただ一雫の水を奪い合う……地獄のようなイラストだった。川の中に存在する荒々しい1つの岩に向けて、ポツリと滴り落ちる一滴の水。純粋で、キラキラしていて、背景の森林を反射するような……とても綺麗な一滴の水。まるで神の遣いかのような神々しさで、インパクトを残す一滴の水。濁流によって荒々しく削れたであろう岩に、静かに降り注ぐ一滴の水。
これは、僕らの「才能」というテーマにおいて、最も重要とされる才能の雫だ。
雫が滴り落ちる先は、努力という名の荒々しい岩。そしてそこに群がる手は、僕ら凡人の行動を表している。
ああ、水が欲しい。水が欲しい。水……水……才能が欲しい。
僕らはそうやってただ一滴の水に手を伸ばすけれど、でも、誰一人としてその水を救うことはできていない。それどころか互いに伸ばした手を邪魔しあって、妨害しあっている場所もある。コップを持って、手を伸ばして、他人の手を掴み蹴落として……。
イラストの中手はそうやって互いに才能を求め、醜く争いあっていた。
才能が欲しい。才能が欲しい。才能があれば、努力するのに。
その絵は僕らのそんな胸中を代弁するが如く、誰も努力の岩に手を伸ばしてはいなかった。
そもそも努力なんて欲しいと言って手に入るものではないし、岩なんて手で運んだり掬ったりできるものじゃない。苦労するし、得られるものは少ないし、正直面倒な作業になる。その岩を削った先に何があるのか……それは誰にも分からない。もしかしたら希少な何かがあるのかもしれないし、全く無価値の岩なのかもしれない。
僕らは不確定なものを避けたがる習性があるし、楽なものに飛びつく習性がある。「才能があったら努力するのに」と考える人は多いけれど、実際のところはどうなのだろう。
もしかしたら才能というのは……ある程度掘り進めないとわからないものなんじゃないか。
掘り進めた先に何があるかわからない。それはすごく当たり前で……ただ確率を上げる方法があるだけなんじゃないだろうか。
僕らの「岩に滴る水を求める人々」という作品は、そういった哲学的、あるいは自己啓発チックな問いかけを、作品として落とし込んだものだった。
『えー、皆さんこんにちは! ところで、皆さんは自分のことを天才だと思ったことありますか?』
2回。画面の中の悟さんは、同じ言葉を同じトーンで、あえて2回繰り返した。これは、壊れた機械のように同じことを言うことで、言葉に意識を向けさせる作戦だ。
『いやあ、ここで素直にYESって言う人は、まあ少ないと思うんですけどね……? 僕はあえて言いましょう!』
悟さんの眩い笑顔と共に、たった1分のプレゼンが始まる。
『俺は! めちゃくちゃ天才です!!』
その言葉が空間に響き渡った瞬間、ほんの僅かに、空気が変わった。
♤♤♤
『はい、この言葉で何だコイツってなった皆さん! もう僕らの絵に投票するしかありません! 良いですね? 僕らも絵に投票するんですよ!』
悟さんの快活でよく通る声は、アリーナ全体を支配していた。彼の一挙手一投足に皆が目を向け、彼の僅かな呼吸にすら、意識を向ける。これは、プレゼンという名前を冠した「小林悟のトークタイム」だった。
今の数秒の間に多くの人々は悟さんを見て、「何だコイツ」って思っただろう。何だコイツってムカついた後に、どう叩いてやろうかと、ある意味興味を持ったはずだ。
こいつの粗を探し出して、あわよくば叩いて差し上げよう。投票なんて絶対しない。最下位一直線の最悪なプレゼンだ。
しかし、画面の中の悟さんはそんなのお構い無しに、ガンガンプレゼン進めていく。
『俺が天才である理由、もちろん皆さん知りたいですよねー! ……まあ、言うまでもないかもしれないですけど、この絵! 俺たちが作ったんですよー! 凄くないですか!?』
バイブス全開のスッカスカなスピーチ。語彙力失った謎のベタ褒めタイム。
『この絵は才能を求めるのに努力しない人間たちを表してるんですねー! そう! 画面の前の貴方です! 一定の努力値が無いと、才能なんてわからないのにねー!』
唐突に始まる、視聴者の攻撃を含めた僕らの作品のテーマ紹介。
「おいアイツやべぇぞ……」
「振り切りすぎだろ!」
「まあ何だかんだ面白いけどな!」
ここにいる4000人近いオーディエンスは、既に悟さんの世界にどっぷりと肩まで浸かっていた。
批判。苛立ち。冷やかし。笑い。
持つ感情は皆違うけれど、でもその場にいる皆の感情には、ほぼ100%の共通点がある。それは……
「アイツ、投票してもらう気無いだろ」
真面目な応援を求めていないという、ほとんど確信めいた予感。
僕はそんな場の雰囲気を感じ、ニヤリと心の中でほくそ笑んだ。どっかの漫画のキャラじゃないけど、計画通り……なんて言葉を思い浮かべながら。
僕はこの後に起きる展開を知っているから、ニヤニヤと笑みが込み上げてくるのを必死に隠すので必死だった。……必死を2回使っちゃうくらいには、僕は全力だったんだ。
謎に明るいサラリーマンの男。自称天才の謎の男。中身スッカスカの作品紹介の後に、視聴者をゴリゴリ煽る男。
『まあ作品名見ての通りなんですけど! ちょう良い作品なのは言うまでもないので、センスある皆様は、俺らのチームに投票してくれますよねえ!?』
そんな男が。…………もしも、そんな男が。
『……OKです。悟さん』
『…………っ、あーーーーー!! 緊張したー! 皆に良さ伝わったかなあ!?』
もしも配信事故を起こしたら、一体どうなるだろう。
「……あれ、アレは演技ってことか……?」
きっと、皆の印象は180度代わり、きっと投票される男に成り代わるだろう。
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