第46話【印象操作】

 絵を見るというその行為には、とても大きな作用がある。僕ら凡人の脳を揺さぶり、そして魅了する大きな効果が。筆1本1本の細かい線が、塗りつぶされた色の混じりが、全体を通した芸術のうねりが僕らに大きな力を与える。視線も呼吸も全てを支配し、それは、大きく作用する。


 ぐっちゃぐちゃの、汚い線画。何を描いたかも分からないような、よく分からない線の集合。小学生の方がマシな絵を書くんじゃないかと思うような、よくわからない、やる気のない絵。


 線だけを見て評価するなら、僕は絶対に低評価でレビューを書いていた。こんな作品のどこが良いんだと、きっと、そう言ったと思う。少なくとも僕はそう思ったし、その評価は一生変わらないだろうと自覚していた。


 けれど、その後伊藤が着色したことで、その作品は大きく様相を変えたんだ。


「……なん、だよ、これ……」


 よく分からない線画を彩るのは、黒を基調としたダークな色彩。紫、赤、青、緑、相性が良いかはわからない無数の色たちが、その絵の中で調和していた。左右同士の色が見事に雰囲気を形作り、しかし微妙に変化した色同士で確かなグラデーションを作りだす。ステンドグラス風の質感を意識したのか、どこか神々しく透明感がある。


 ぐちゃぐちゃな線より紡がれるその絵は……まるで、絵という枠を超えた、現代アートのような風格を醸していた。


「…………マジか……」


 僕は伊藤の描いた違反者の絵を見て、呆然と言葉を零していた。


 ああ、これこそが絵を見ることの意義か。これが、絵という芸術媒体の……大きな魅力の一端なのか。


 僕はそんな安っぽく幼い感想を思い浮かべて、絵の魅力について考え始めていた。

 

 絵を見ることで生じる作用。それは、簡単に言えば感情の変化だ。その絵の世界に魅了されて、僕らはその絵画に心を動かされる。まるでこの世界の主人公になったかのように、僕らは絵の世界で息をする。すごい、感動した、という賛辞も出ない……今目の前にある伊藤の絵は、芸術という名の最高傑作だった。


 僕らは伊藤の自己犠牲で生まれたその絵画に……残念ながら、魅了されてしまった。


「あ、ああ……」

「こんなの、無理だ……」

「ど、どうしよう……殺されるのっ……?」


 徐々に、僕らの周囲から絶望の声が発せられた。


 男の声。女の声。高い声。低い声。僕らを中心にうねるように波及したそのざわめきは、まるで僕らを震源とする大きな地震のようだった。正確には僕らというより伊藤の影響ではあるのだが、僕にとってはほとんど一緒で……そんなもの考える気にもならなかった。


 ああ、これは、僕らの負けだ。僕らには1位になることはできない。僕らはきっとこの数十分後に、無様な死体として転がるんだ。どういう処刑方法かわからないけれど、でも、そうだ。絶対にそうだ。


 僕らの命は残り数十分。それだけが、たったそれだけの時間が、僕らに残された最後の自由だった。



『えー、この絵ですねー! この絵の良いところはなんと言っても色使い! 超綺麗ですよね? いやー、俺もこんなに上手くいくとは思いませんでしたわー』



 すごい。すごい。怖い。すごい。



 違反者のゴミみたいな演説が耳に入らなくなるくらい、その絵は洗練され、完成されていた。僕らが初めて伊藤の絵を見て魅了された時……その時も同じ感覚になった。この作品にノイズをつけてはいけない、無闇に破壊してはいけない……。僕らは神格化された天才芸術家のファンみたく、あの時もそう思ったものだ。



 ――……あ。何だ、これ…………?

 ――……ああ。僕は今、何を見ている?



 僕はあの時の記憶を何度も呼び起こしては、そんな現実と記憶の狭間に揺蕩っていた。



『俺たちのグループのテーマは……』



 気がつけば、伊藤の描いた絵の発表タイムは終わっていて、また凡人の絵が表示され始めていた。何の魅力も技術もドラマ性も無い、ただ描いただけの、ただの絵が。


 その筆の運びには何の意味がある? その構図には何の意味があり、見るものに何を与えたいんだ?


 僕は、いや僕らはそこからずっと、そんな批評家めいた思考をどうにも払拭することは出来なかった。本来なら上手いと言われるような素敵な絵も、伊藤の後ではただの落書き。


 生き残りをかけた絵画の作品紹介は……ほとんど、お通夜のような雰囲気だった。



♤♤♤



「それでは、次で最後の作品ですね。……ふふ、皆様大丈夫ですか? 生気抜けてますよ」



 数十分後。


 嘲笑うような、しかしどこか愛嬌のある声が響き、僕らはギフト視線を向けた。


 腹が立つようなイケメン顔には、愉快というような微笑が浮かんでいる。その陰りのあるダークな金髪には照明の光が反射し、彼の神々しい雰囲気を引き立てる。


 ギフトはどこまでも高みの見物といった感じで、僕らを静かに見下ろしていた。


 ……ああ。腹立たしい。お前は一体何なんだ。僕らを殺して何になるんだ。天才にしかわからない何かがあるのか。


 というか、元はと言えばこのお通夜のような雰囲気も、お前が作り出したものなんだからな。お前が伊藤の上手い絵を最初に持ってくるからこんなことになってるんだぞ。


 僕はそんな責任転嫁ともとれる恨み言を並べては、ギフトに鋭い視線を向けた。


 しかし、その僕の鋭い視線も、数秒後には緊張へと取って代わられることとなる。


 なぜなら――……



「『えー、皆さんこんにちは! ところで、皆さんは自分のことを天才だと思ったことありますか?』」



 なぜなら、1番最後に紹介される作品は他でもない……。僕ら15人の作品だからだ。

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