第44話【怒りの昇華】
怒り、という感情は……なんて我儘なものなんだろう。自分の世界に反するものを排除しようとしたり、傷つく誰かを庇うために、熱い炎滾らせたり……。自分が納得いかないものを排除するためなら、僕らは誰かを傷つける。
結局怒りなんてただの癇癪に過ぎなくて、そこに愛なんてものは、もしかしたら無いのかもしれない。あるいは、僕らは誰かを愛し守るために、残酷な怒りの刃を振るうのかもしれない。
「……伊藤。このままじゃダメだ。このまま……やられっぱなしで終わっちゃいけない」
僕は重く暗い声を響かせて、伊藤に向けてそう言った。……いや、伊藤に向けたつもりでいるけれど、実際は僕は僕自身に向けて、その言葉を発したのかもしれない。
わからない。僕の真意など。
わかりたくない。怒りの行き先もその種類も。
僕は溢れる憤怒に身を任せて、伊藤と、皆に向けてこう言った。
「…………僕は、怒ってる。ルールを破ったゴミどもに伊藤を傷つけられて……。僕がこんなこと言うのは間違ってるのかもしれないけど、でも、すごく怒ってる」
僕の声は部屋の空気に溶け込み、ドロリと空間を支配する。重く厚みを持った暗い空気感に後押しされ、この部屋の重力は何倍にも増す。誰も視認こそしていないけれど、でも、僕らが見た部屋の景色は、きっと、同じ色をしていたと思う。
「……こんなことされて、黙ってられるわけがねえ」
鈴木の苛立った声が部屋に響く。
「正直、最悪の気分やわ……。まじで、アイツら覚えておけよ……」
山本の怒りを押し殺した声がこの暗がりの部屋に波紋を広げる。
2人のムードメーカーの声に呼応するように、皆の心が団結する。モヤとして周囲を漂っていた空気が凝固し、1枚の鋭利な刃を形作る。その刃は僕らの感情を元に作られた、違反者に突きつける鋭き刃。僕らの仲間を守るために捧ぐ、何よりも美しく、黒光りする刃。
「……アイツらを許さない。伊藤の犠牲で生まれた絵なんかに……もう1票も入れさせない。……伊藤。続きを始めよう。僕らが1位になるために」
僕らの刃で守られた伊藤の瞳は、誰よりも、どこまでも純粋だった。その銀色の光を映す幼き瞳は、暴力など望んでいなかった。痛々しい傷が見え隠れする腕には、憎しみよりも悲しみが張り付いていた。伊藤は僕らがここまで怒っていることに、まだ理解が追いついていないのだろう。
自分がこんなに価値のある存在だと……たぶん、まだ気づいていないのだろう。
僕は言った。伊藤に向けて。何よりも深い……共感を込めて。
「大丈夫。伊藤には……守られるだけの価値がある。安心して僕らに任せていい。……戦力としては頼り無いかもしれないけど」
そう、僕は伊藤で伊藤は僕だ。ただ、その人生の中で出会った人間たちが、今まで正反対だっただけ。ただ、その才能という翼を、育ててきたか折られてきたかだけ。僕らの本質的な無力感や不安、報われない現実に対する感情は……きっと、同じはずなんだ。
大丈夫。大丈夫だ伊藤。僕が……。僕らがついている。君の翼は折らせはしないし、その感情も泣き寝入りさせない。
僕らは互いにそう誓いあって、各々の作業を再開した。ただ、その状況に驚いた様子の伊藤だけが……そこには美しく佇んでいた。
♤♤♤
「違う……もう少し黒入れて」
「あいよっ!」
オーダーが飛ぶ。
「最初に水で下塗りして絵の具落とすと透明感出るからそれやってみて欲しいんだけど……できそう?」
「頑張るでー!」
依頼が飛ぶ。
「あと1時間半……! 皆、ちょっと急ごう……!」
「「「おう!!」」」
時間の通知が飛ぶ。
怒りを携えた僕らの仕事は、流れるように進んで行った。配色の確認。役割のチェック。伊藤によるの全体のクオリティやバランスの確認。そして、作業、作業、作業。
伊藤から事の顛末を聞き終わったタイミングで、時刻は12時近くになっていた。絵の提出は午後14時。プレゼン動画の提出は13時までとなるため、僕らに残された時間は本当に僅かだった。
どれだけ怒りを携えやる気を燃え上がらせたって、僕らの能力が飛躍的に上がるわけではない。ましてや、伊藤が5割くらい描いたであろう違反者の絵に、クオリティで及ばない可能性もある。負の感情を昇華させ作業に望む僕らの実力は、せいぜい平時の1.1倍くらいが良いとこだろう。…………たぶん。
僕らのデスマーチのような絵画制作で、時間は驚くほど早く過ぎていった。作品の完成はギリギリになるだろう。
「才能」というテーマで描きあげられるこの作品。紙の上には才能の象徴……石に手を伸ばす無数の人々の手が描かれていた。背景の森も、水面も、ほとんど塗られているものの、クオリティとしてはやや劣る。
本当は僕もその制作に参加したかったし、完成の瞬間をこの目で見届けて……「ここは僕が描いたんだぜ」なんてドヤってみたかった。……だって、こんなに全力で何かに望んだの……生まれて初めてだったから。
「誠、行くぞ」
「……はい」
でも、僕らには時間が無い。そんな達成感や自己満足に、時間を使うほどの余裕は無い。イラストの制作はまだ途中だ。完成系は、予想外の方向に行くかもしれない。……そんなの、誰にも分からない。
……でも、僕らは伝えなければいけない。この作品の、魅力を。世界を。この映像を通して……評価する誰かに。
僕は悟さんに着いていく形で部屋を出ると、改めて呼吸を整えた。
そう、僕らがこれから向かうのは……この戦いの命運を分ける、プレゼン動画の撮影だ。修正は、できても3回。提出まであと30分。僕と悟さんの緊張は、今、誰よりも高まっていた。
撮影。視聴。反省。
撮影。視聴。反省。
撮影……視聴………………
提出。
♤♤♤
「皆様。2日間のゲームお疲れ様です」
……もう何度目になるだろう。このだだっ広いアリーナのような空間にやってくるのは。すっかり人も減り広さを実感するようになったこの空間には、もう何度目になるかもわからない……同じ光景が広がっていた。
煌めく金髪を持つイケメン……ギフト。その背後に現れるスクリーンと、映像。そして、彼を注視する……無数のモブ。
天才である彼は言った。もう3度目になるだろうその言葉を。
「……では第2ゲーム『何でもメイキング』、結果発表のお時間です」
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